殿下からの初命令
俺はカスミに工業団地で昼食を奢ってから宇宙港の自艦に戻った。
戻った早々に拠点を自分のクルーザーに移していた殿下からの伝言を当直していたマリアから聞いた。
「艦長。
殿下が相談したいことがあるのでクルーザーに来てほしいそうです」
「クルーザーって、隣に止めてある奴か。
正直初めての訪問になるな、あの船には。
船長とは面識があるのが救いか。
厄介ごとでなければいいが、出かけて来るわ」
「行ってらっしゃい、艦長」
俺は一つ下の階のロビーからチューブを使って一旦船外に出てから隣に泊めてある殿下のクルーザーに向かった。
殿下のクルーザーは『シュンミン』とほぼ同じサイズの豪華クルーザーである。
正確には若干小さめだが、武装についてはほぼ丸腰。
『シュンミン』の左右にあるパルサー砲が辛うじて前後に一門づつある程度の船で、当然船内には武装関連の施設はほとんどない。
全てが居住者である殿下やそのお客様を快適に過ごせるための施設であふれた船だ。
俺の艦もそうだが、殿下の船までもかなり厳重に警護されており、地元の警察官に胡乱げな目を向けられながら大した距離も無い隣のゲートに向かった。
確かに俺のような若造がさも偉そうな制服を着て殿下のクルーザーに向かって一人で歩いていたら怪しさ満点だ。
それもあってこの制服は好きになれない。
まるで子供のコスプレのように周りには見えていることだろう。
殿下のクルーザーの前では殿下直属の百合の園の部隊員が警護していた。
彼女は、昨日まで俺の艦にいた子なので、何ら問題なくフォード船長に俺の来船を伝えてくれた。
流石に無条件には乗船させてはくれないらしい。
これも様式美のようなものか。
本当にめんどくさいし、何より俺には絶対になじめない慣習だ。
だいたい、俺の初仕事からして、乗艦は後部ハッチから勝手に歩いて入るのが普通だった。
後部ハッチの傍には格納庫も含めて誰かしら作業していたから、彼らが一応のセキュリティーを担当していたことになっていたのだろう。
しかし、あいつらは絶対に乗り込んでくる人の確認などしていなかったはずだ。
これもこれで大丈夫かといいたいところもあるが、なにせ要らない子を集めた艦なのだからで、全てが片付くし、何より楽なことこの上ない。
俺の艦でも、せめて殿下が来艦していない時にはもう少しセキュリティーレベルを下げてくれないかな。
俺がそんなくだらないことを考えていたら、先の女性がフォード船長を連れて来た。
「ナオ艦長。
良くいらっしゃいました。
ナオ艦長の来船を許可します
殿下のところまでご案内いたします」
フォード船長直々に案内してくれるらしい。
搭乗ゲートからロビーを通り、殿下の部屋までフォード船長と歩いて向かう。
途中SPやら保安要員の百合の園の女性たちが警護している。
この船も豪華に作られており、調度品に至ってはいくらかけているんだというくらいに高価そうな美術品であふれている。
しかし、内装に至っては少々物足りなく感じている。
俺の艦の方が豪華でないか。
そんな疑問を感じながら殿下の部屋の前についた。
フォード船長がドアをノックして中に入る。
部屋の広さはともかく、地味な感じに俺は驚いていた。
調度品の一つ一つの物は良さそうだが、それでも会社の威信をかけた豪華客船には敵わなかったのだろうか。
これが国王や皇太子などでは違うのだろうが、王女殿下だとこんな感じか。
それだけに俺の『シュンミン』のあまりのでたらめさが余計に目立つ。
だって、俺の艦長室より、殿下の部屋の方が地味に見えるくらいだから、マリアたちのやりすぎに今更ながら頭が痛くなる。
「艦長、驚いたでしょう。
『シュンミン』の方が遥かに豪華な造りよね。
でも私はここも気にいってますの。
あ、誤解しないでくださいね。
『シュンミン』のあのお部屋は本当に快適で、大好きなのは変わりはありませんから。
それよりもお仕事を始めましょうか。
こちらにお座りください」
と殿下が応接に俺を招いた。
直ぐに殿下付きのマーガレットさんがお茶を用意してくる。
殿下は御茶を一口飲んでから、話を始めた。
「明日からの訓練ですが、かねてからの計画通りに情報室からの依頼をお願いしますね」
そう、俺はここに来る前に情報室長から一つの依頼を受けていた。
首都星域と隣のレニウムに向かうには商用の航路がきちんと整備されているが、それ以外にも隠れた航路があるらしいというのだ。
表現があやふやなのは、あくまで噂の域を出ていないから。
情報室で掴んだ話によると、噂の航路はいわゆるアウトローご用達で、かなりやばい物を運ぶ航路として機能しているとか。
さらに厄介なのは、この航路上にそのアウトローを狙う海賊までいるとかいないとか。
まあ、海賊や密輸業者などの連中がどうなろうとも構わないが、国の治安を乱すようなものを運ばれてはかなわない。
当然、国の情報部などを通してしかるべき組織には注意喚起は行っているが、そこまでだ。
星域を跨ぐので、コーストガードでは興味すら持たずに放置されている。
軍では軍で、一つにはコーストガードに遠慮もあるだろうが実情としては自分らの功績に繋がりにくいパトロールなどしたくないという理由で、これまた放置されている。
それでいて、色々と厄介な武器や薬などが運ばれてここニホニウムやレニウムでは治安が悪化し始めているとか。
地元警察も正直警戒を始めているが、宇宙のことになると、証拠でも掴まない限りお手上げの状態が続いている。
それなのだろうか、先のパーティーを通して、警察関係者からの依頼を受けた捜査室長がうちの情報室長に依頼して、情報室がかなり詳しく調べていた。
その成果を元に俺に航路調査の依頼が入った。
それで、今日は俺の所属する組織の長である殿下から正式に命令が下されたわけだ。
さらに殿下は本日まで調べ上げられた最新の情報も俺に渡してくる。
「分かりました。
最善の努力をいたします」
俺の返事がという人もいるだろうが、これは俺の正直な気持ちの表れだ。
広い宇宙で、ただでさえレーダーもあまり役に立たない場所での調査だ。
広い畑の中に落とした針を探すよりも難しい事は殿下も理解している。
「あと、もう一つお仕事をお願いしないといけないのよ」
「仕事ですか」
「そう、やっと、準備の遅れていた機動隊が準備できたのよ。
彼らの宇宙空間での訓練もお願いね。
調査を優先してくれて構わないけど、彼らを乗せて訓練にも協力してください。
これは準備室長としての命令です」
「機動隊訓練の件、拝命いたしました」
その後、機動隊について殿下と話し合った。
今回はアイス隊長率いる機動隊の初仕事といった感じで、とにかく宇宙船に慣れてもらうことに重点が置かれている。
通常航行中の生活に慣れてもらうのが目的なので、とにかく同行させればいいだけだ。
機動隊員の面倒は全てアイス隊長が責任を持つし、保安要員も手伝うから俺の負担は何もなかった。
一応、艦内では権限の最上位者は俺になるという話だった。
大丈夫か俺で、まあ何事も無いことを祈ろう。
これから実際には海賊船に突入などもあるだろう。
その時の基本方針は捜査室長に命令権があるそうだが、今回は訓練なので俺が仕切る事になるらしい。
年齢的にも経験的にも明らかに場違いなことだが、殿下の説明ではお客様といった感じで構わないそうだから、この時は俺も大して気にしていなかった。
この時、後であんな目に遭うとは思ってもみなかった。
それにしても、その時に悟ったことだが、俺は絶対にトラブル体質なのだろう。
いや、俺ではない。
マリアかケイトがいるからトラブルに巻き込まれるはずだ。
とにかく、俺らは誰が原因かは分からないがあんな事があったからには、その誰かはとにかくトラブルに好かれていることが判明した。
俺は殿下と別れてクルーザーを降りたら、既に搭乗ゲート前にアイス隊長が機動隊員30名を率いて待っていた。
今日の民間の船で着いたらしい。
「ナオ艦長。
今回はお世話になります」
「あ、アイス隊長。
殿下から聞いております。
直ぐに艦に案内します。
お部屋はどうしましょうか」
「部屋ですか?
何故ですか」
「え、今回3日の予定で宇宙に出ますが、お休みになる部屋についてです。
あの艦やたらに豪華な部屋を作ったやつがおりまして、正直皆さんには評判がよろしく無いのですよ」
「ええ、聞いております。
しかし、その心配は無用に願います」
「え?
無用とは……」
「ええ、今回は訓練です。
これからのことを考えて、待機場所にて過ごそうかと。
できればブリーフィングできる場所があれば」
「分かりました。
多目的ルームをご用意しましょう。
とにかく皆さんをこちらに。
船に入ってから説明します」
俺はそう言ってから機動隊員30名を連れて『シュンミン』に入っていった。




