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出向の最短記録

 

 やっぱり嬉しいのだろうか、人は他人から正当に評価されれば嬉しくなるものだ。

 ましてや俺は、出自の関係で望んだ人生からどんどんかけ離れて行くのに、ここに来て俺を、そのまま評価してもらえたのは正直嬉しい。


 ………

 ………

 ………


 ちょっと待て、殿下の評価は先の海賊相手だったよな。

 だとすると、間違った評価だ。

 あの時の俺は伸びていただけだぞ。


 それを思い出したら、うん、複雑な気持ちになってきた。 

 しかし、メーリカ姉さんたちは正当に評価されても良い筈だ。

 マリアやケイトも正当に評価されてお叱りを受けると良い。


 そんなことを考えていると、作戦司令室?のあの豪華な扉がノックされた。

 殿下のお付きのマーガレットが扉を開けてシーノメ主任を中に入れた。


「殿下、大変お待たせしました。

 艦内の安全が確保できましたので、報告します」


「あら、ずいぶんと早かったのね。

 シーノメ主任、ご無理をさせてすみませんでした。

 では、中尉」


「ハイ、殿下」


「艦内を案内してくださりますか」


「ハイ、では私が案内させて頂きます。

 メーリカ少尉。

 悪いが艦橋を頼む」


「了解しました、艦長代理」


 俺にとってはとんだ罰ゲームとなったが、殿下のSPたちも連れて案内して回った。

 艦内各部署の配置は、だいたい決めてはいたが、それでもきちんと決めた訳では無く、各部署の責任者も決めていない。

 何より就学初年生隊員の教育は始めたばかりで、兵士としては当然見劣りがする訳で、一々俺が言い訳していた。

 殿下はそんな些末なことには一切興味を示さなかったがSPの中にははっきりと顔に出すものもいた位だった。


 案内する俺自身も初めての場所も多く、正直俺の方が驚いている。

 尤も顔には出さないようには注意しているが、何でこんな隅々まで豪華に仕上げているんだよと、俺は心の中でマリアとあの社長に悪態をつきながらの査察となった。


 小さな艦なので、それほど時間はかからなかった。

 俺と一緒に殿下を先ほど案内した作戦司令室に連れて戻ってきた。


「殿下、お疲れ様です。

 以上で艦内の案内は終わりです。

 何かご質問はありますでしょうか」


「いえ、中尉。

 でも隅々まで本当にきれいに仕上げられたのですね」


「お恥ずかしい話で……」


「あら、決して皮肉で言ったのではないですよ。

 これなら、私が乗り込んでも、どこからも苦情は来ないでしょうね。

 多分、これ以上の船はこの国には無いでしょうからね」


「内装だけでしたら、多分、この国の中で、軍艦としてはありえないくらい豪華な造りとなってしまっております。

 これを手掛けたドックの社長が申しますに、安全面でもこの国一番と自負しておりました。

 逃げ足の速さだけなら文句なく一番ですし、何より、先ほども話に出ましたスカーレット合金で覆われておりますから、奇襲があっても、逃げ切れるのではないでしょうか。

 そういう意味では社長の申す通り、一番安全にできているかと思います。

 しかし、それはその性能に見合う乗組員がいたならばの話です。

 あいにく私の部下はそのレベルにはありません。

 殿下をお連れして各星系に参るときには問題は無いでしょうが、捜査に入る場合

 には、殿下の乗船はご遠慮願いたいと思っております」


「分かっております。

 私もそこまで無茶はしませんよ。

 ですが、今の話は中尉からの協力の快諾とお受けします。

 それでは私は一旦帰りますね」


 その場で殿下との会談は終わった。

 俺らは、ここでしばらくの足止めとなる。

 フェルマンさんや、シーノメ主任の話では、自由にしていて良いそうだが、船を空けるのだけは遠慮してほしそうだった。


 交代で、町に出す位は問題ないという話で、俺は順番に自由時間を与えて下船の許可を出しておいた。


 俺らの宿泊先についても殿下付きの事務方から打診もあったが、船に部外者を近寄らせたくないということと、何よりこの船の内装が異常に快適で、これと同等かそれ以上の宿泊先は直ぐには用意できないという話なので、外への宿泊は止めておいた。


 まあ、それもそうだよな。

 二等宙兵ですらあの豪華客船の二等客室とほぼ同様な部屋なのだから、以前に軟禁されたファーレン宇宙港に併設されている宿泊先などと比較すれば、佐官レベルで泊まれる部屋と同等か下手をするとそれ以上の部屋なのだ。

 今考えても頭が痛くなる。

 ちなみに艦長室に至っては、コーストガード旗艦よりも広さは当然控えめだが、圧倒的にこちらの方が贅沢だ。

 この事実一つとってもバレたら大事に成り兼ねない。


 そういう意味では殿下からのお誘いの話は渡りに船だったのかもしれない。


 後は、この事実が他に漏れないうちに移籍が終わって、絶対に他には漏れなければ幸いなのだが、どうなることやら。


 翌日になって、殿下の話していたように、早速コーストガードの本部より呼び出しを受けた。


 しかし、先に殿下側からの話で、この船の無人化だけはできないこともあり、悩んでいたら、朝からシーノメ主任が部下を連れてやってきた。


「艦長代理。

 殿下より命じられて、この船の警護に当たります」


「警護ですか?」


「はい、しかし我らは船に関しては素人であるので、殿下所有のクルーザー乗員から数名連れて来ております。

 予備動力だけの運転を任せて頂ければ、我らは入り口で警備いたします」


「分かりました。

 では、クルーザー乗員の乗船を許可します」


 正直、この船の現状は非常に微妙だ。

 この船は昨日殿下の言われた通りに本日付けで王室に寄贈されている。

 まだ、俺の艦長代理としての権限が解除されていないので、艦長代理としての権限で許可を出したが、王室が所有権をタテにとって何か言ってきたら、どうなっただろうか。

 法律的な話は俺には分からない。

 しかし、シーノメ主任とは友好的に話が進んでいるので、問題なく俺らはそろって全員コーストガードの本部に出頭した。


 例によって本部11階のC会議室に通されて、今度は総監直々に辞令を貰った。

 尤も辞令を総監から貰ったのは俺とメーリカ姉さんだけで、後は人事部長からの発令だったが、メーリカ姉さん以下全員が王宮への出向扱いで、俺だけが、出向停止の命令だった。


 何だ、これは??

 俺が訝しがっていると、総務部長が教えてくれた。

「君の場合、我らに出向させる権限が無いのだ。

 この後君だけは軍本部への出頭命令が出されているので、そちらに向かってくれ」


 俺は総務部長の言葉で納得した。

 確かにそうだ。

 俺はここでは軍からの借りものなのだ。

 出向者をさらに出向させられる筈がない。

 ましてや軍の天下りと揶揄されるくらいの場所なら当然で、総監たちからしたら、厄介者を軍に返せると安心しているのだろう。

 俺にしても未練など全くないのだが、それにしてもこれほど面倒になるとは俺も思っていなかった。


 これから行く軍の関係者に皮肉の一つも言われる覚悟はしておかないといけないな。

 ここで、メーリカ姉さんにみんなを任せて、特にケイトやマリアを御せるのはメーリカ姉さんしかいないので、くれぐれもお願いしてから別れて、軍の本部に向かった。

 僅か四ヶ月前のことだが、かなり昔なように感じる道を今度は逆方向に歩いていった。


 宇宙軍本部はコーストガードの本部から直ぐなので、あっという間に着いた。

 受付で用件を伝えると、ここでも前に案内された部屋に通された。


 軍のお偉いさんが出てきて、俺に辞令を渡してくる。

「君は最短記録を作ったようだ」


「最短記録ですか?」

 何のことかと思ったら、コーストガードに出向されたものの軍への復帰までの時間だそうだ。


 尤もコーストガードへの出向自体が左遷なので、よほどのことが無い限り軍へは戻れない。

 戻れるケースで一番多いのが派閥争いの結果によるものだ。

 ほとんどの場合、派閥争いに敗れて出向に出されたものが、その後の派閥争いで情勢が急変したなどというケースで戻ることがあるが、そんな事情でも無い限りそう簡単には戻れないそうだ。


 前に俺に出向の辞令を渡したあいつはいい加減なことを言っていたということだ。


 実戦でも経験させればすぐにでも戻すとか言っていたよな……あれ??

 直ぐに戻ってきたところを見るとあいつの云う通りになったけど……これって絶対に違うよな。


 まあ、目の前の偉そうな人はもったいぶるように俺に辞令を渡してきた。

 人事を所管する部署の少将だというから、やっぱり偉かったのだが、さももったいぶるように辞令を渡してきた。


「ナオ・ブルース少尉、貴殿の出向を解き、かつ、先の功績により中尉に任ずる。

 また、王室からの要請により、王宮への出向を命じる」


 ??? 

 俺って、戻れば准尉だったはずだが、あ、あの勲章のおかげで昇進したのか。

 しかしそれでは今度の中尉への昇進て何???


「ほれ、何をしている」


「は、失礼しました。

 謹んで拝命します」


「しかし、お前もずいぶん数奇な運命を持っているよな。

 コーストガードへ出されたかと思ったら、今度はあの殿下の道楽に付き合わされるとはな。

 まあ、昇進したことだし、それで我慢するんだな」


 え?

 何この人。

 思ったことを口にするタイプか。

 そんなんで、何で人事なんか担当できるんだよ。

 それよりも、そんな性格ならなぜ将官まで出世できたんだ。

 実に不思議な人だ。

 しかし、言い方はあれだが、嫌味が無いんだよな、この人の言うことには。

 しかも、俺への差別的な感情も感じないし、ましてや敵意も感じない。

 俺なんか歯牙にも掛けないって感じか。

 でも、そういうの俺は嫌いじゃないな。


「決して悪い子じゃないし、頭は良いんだがな。

 悪いが、良いように付き合ってくれや」

 あれ?

 この人、第三王女殿下の知り合いかな。

 言葉の端に愛情を感じるのだが、親戚なのかな。

 となると、有力貴族か何かか。

 それなら頷ける話だ。


 結局誰だか分からないうちに辞令を貰って俺は本部から出された。


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― 新着の感想 ―
[一言] あの、王族にこれだけの口が聞けるってことは、この人も王族か、最低でも公爵か辺境伯だと思うんすけど・・・。
[一言] やったねナオくんロイヤルコーストガードに進化したよ!
[良い点] 周りに翻弄されつつ、無自覚でエリートコースを駆け上っている主人公をニヤニヤしながら見守っています。 今は周りに翻弄される事が多いですが、本来なら参謀コースが適正と言われた能力の発揮する場面…
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