スカウト
俺はメーリカ姉さんと一緒に殿下と向かい合わせに座った。
俺らが座ってから、殿下が話し始めた。
最初にこの船の外観についてお褒めの言葉を頂いた。
「この船のことは報告を頂いておりましたから、存じておりましたけど、外観については驚きましたのよ」
「外観ですか。
ああ、コーストガードのシンボルカラーである赤と白で塗装しましたから、目立ったのでしょう」
「ええ、でも威圧する訳でもなく、それでいて、充分な存在感がある船に仕上がっているので、初めて見た時に、本当にきれいな船だと思いました。
でも、他の御船にはそんな塗装はされていませんですよね」
「ハイ、他のコーストガードの僚艦は軍からの払い下げをそのまま使っておりますから塗装などはしておりません。
しかし、この船は違います。
正直申しますとこの塗装は、塗装の下の外壁の色をごまかすためにしてあります。
そのためにこの船だけこのようになりました」
「ああ、あのスカーレット合金で周りを覆っているためですか」
「良くご存じで。
その通りです。
なにせ、私も最初に見せられた時には驚きました。
金一色でしたから。
流石にこれでは色々と問題が……」
「艦長代理の判断は適正だと思います。
流石にそれでは、そのままでは使い難いでしょう。
そのための塗装ですが、この色合いとデザインですがセンスも良いですね。
まさに王国の治安を守るシンボル的な色合いかと思います」
そんな感じで話をしているとギャレーから知らない女性が人数分のお茶を持ってきた。
どこにそんな高価な茶器があったんだよと云いたくなるくらい贅沢な茶器で人数分のお茶を持ってきた。
多分、殿下のお付きが事前に用意してあったのだろう。
「紹介するわね。
私付きの女官で、マーガレットと云うのよ。
よろしくね」
「ブルース中尉、メーリカ少尉。
マーガレットと申します。
殿下のおそばにおりますのでこれからは何かと接する機会もあるでしょうから、よろしくお願いします」
「はあ、こちらこそよろしく」
「よろしくお願いします、マーガレットさん」
「お茶も用意できたことだし、飲みながら本題に入りましょうか。
実は、今日私がここに来たのはあなた方をスカウトする為なんですのよ」
第三王女殿下がそう切り出してから、説明してくれた。
なんでも、かねてからあった話だが、王国内の治安を守るのに、各星系に分かれた警察本部では星系を跨る犯罪を取り締まるのに色々と不都合があるのだとか。
特に海賊対策では首都宙域だけは別組織があるが、それ以外では軍の片手間で警備している状態だ。
そのために、主な取り締まりは各星系にある警察本部が情報を取りまとめてから軍への討伐依頼という格好になっている。
しかし、その情報の取りまとめと云うのが警察による捜査になるのだが、星系をまたがると全く機能していない。
現に今回のカーポネ一味を取り逃がして今もってその行方が分からない現状になっているし、首都宙域から逃げられてしまえば手も足も出ないのが現状だ。
軍が王国全体を漏れなく捜査してくれれば良いのだが、そんなことは当然できない。
軍本来の存在理由が国防であって捜査でないからだ。
しかも、捜査が王国全体となると、貴族領への介入にも成り兼ねないこともあって、なかなか議論も進んでいなかった。
しかし、ここに来て先の菱山一家の件で、王宮では一挙に必要性が再認識されてきたのだ。
いきなり組織を立ち上げてとなるとそのリスクも計り知れないということもあって、事前に組織の有用性を調べるための調査をすることに成った。
そこで、名乗りを上げたのが第三王女殿下だという話だ。
彼女は王位継承順位がかなり低く、そのために比較的自由になる身の上で、それでいて王室の権威を利用できる立場を生かして、各星系にある色んな機関に対して殿下からの要請と云う名目で、ほぼ無理やりに協力させることができる。
今すぐにでも、それをより積極的に使えば、王国全土をくまなく捜査できる立場にある。
その立場を利用することで、貴族連中に対してはそれほどのインパクトを与えることなく、調査部署を立ち上げることが可能なので、今日に至った。
喩えどんな大物貴族であっても王室からの要請は無視できない。
それがどんなに王位継承順位が低くても、内親王であっても要請があれば従わざるを得ない。
もし、要請を無視しようものなら陛下より謀反の嫌疑すら掛けられないとも限らない。
しかも、今度の場合は捜査対象が将来的には分からないが、当分の間は海賊に限られての話だ。
なので、非協力では海賊との癒着も疑われてしまう危険性があるので、大物貴族であればあるほどより積極的に殿下に対して協力せざるを得ない訳だ。
「ですから、私を責任者として『広域刑事警察機構設立準備室』を立ち上げましたのよ。
そこにあなた方を、お船ごとスカウトに来ました」
「そこに出向ですか」
メーリカ姉さんが思わずつぶやいていた。
「メーリカ少尉。
できれば移籍してもらいたいのですが、なにせまだ準備室扱いなのです。
絶対に必要な部署になるでしょうが、何分にも貴族全体に必要性が認識されておりません。
ですので、当分は出向扱いとさせていただきますが、決してあなた方には不利益の出ないように配慮します。
他の方たちも同様ですからね」
「ほかの方たちって?」
「ああ、説明が足りていませんでしたね。
先にも申しました通り、捜査及び逮捕するための組織ですので、捜査力が無ければ話になりませんから、各星系から優秀な刑事の方たちにもお声を掛けております。
また、王室直属の諜報機関からもエージェントを手配しておりますのよ。
本当は軍や政府の諜報部辺りからも人を出してほしかったのだけれども、そちらの方は色々と紐が付いて来そうなので、今は遠慮してもらいました」
「で、私たちに要求される役割についてですが……」
「あなた方には海賊逮捕時の実働部隊としても期待しておりますが、主なものとしては捜査のための移動手段として活躍されるかと思います」
「移動手段?」
これは、俺の描いた人生からどんどん離れて行く予感が。
机に座っての事務職では無いだろうが、それにしてもバスの運転手か。
俺が顔には出さなかったと思うが、落ち込んでいるとフェルマンと云った初老の男性が補足してきた。
「当分の間、各星系に対する捜査に関して、殿下から要請する形になりますが、これは殿下ご自身が赴かないと話が進みません。
親書を使う手もありますが、どうしても親書を持つ者の身分により軽く扱われます。
ですので、ブルース中尉には殿下を安全にかつ素早く運んでもらう仕事をお頼みしたいのです」
「私の持つクルーザーを使っても移動はできますが、どうしても警護を頼まないといけなく、その関係上、日程の調整が発生してしまいます。
海賊相手の捜査でそんな悠長なことを言っていたのでは全く成果など出せる筈もなく、どうしても単独で移動する手段がほしかったのです。
私の願いを受けては下さりませんでしょうか」
「命令があれば、如何様にでも。
しかし、私の身分は軍からの出向扱いです。
その辺りがどうなりますことやら」
「その辺りはフェルマンが如何様にでもできます。
私はブルース中尉のお気持ちがお聞きしたいのです。
王国の英雄に加わってもらえれば、とにかく懐疑的な貴族連中にもそれなりに説得力を持たせられます。
ブルース中尉、私のお願いを聞いては下さりませんか」
流石に学校を卒業してからまだほとんど時間の経っていない孤児出身の俺に殿下からのお願いを断れるはずは無い。
そんなことは殿下ご自身も百も承知なのになぜか俺の答えを聞いてくる。
俺の答えは『Yes』一択なのだが、俺にどうしろと云うのだろうか。
唯一の救いは先ほど殿下は海賊逮捕の実働部隊としてもお使いくださるという話だ。
もう、俺にはこれに賭けるしかないだろう。
そもそも、首都宙域に居たって、早々海賊とやり合える筈も無い。
ましてや第三巡回戦隊なんて、仕事のほとんどが密漁船や、違法操業などの宇宙船の取り締まりだ。
前回が異常だったのだ。
本当に千載一遇のチャンスだったのだ。
それなら、完全に対象が海賊になった組織にいた方が今後もチャンスがあるだろう。
尤も、そのチャンスは殿下を船に乗せていない時に限られるが。
そうなると先の整備の折にやたらに贅沢に内装をしてしまったことは、もしかしたらこういったことも考えにあったのかと疑いたくもなる偶然だ。
「分かりました。
身分についてはお任せして、私自身は殿下のお話をお受けします。
しかし、部下についてはどうなりますか」
「ですから、この船丸ごと頂きます。
メーリカ少尉もそのようにお願いできますか」
「私としても艦長代理と一緒に仕事ができるのならどこでも構いません。
それに何より命令があればそれに従うだけです」
「うれしいわ、フェルマン。
まだ、国民には知られてはいませんが、王国の英雄たちが加わってくださるのよ。
もう、この組織の成功が約束されたものじゃないかしらね。
直ぐに手配して。
くれぐれも、協力してくれる方たちの不利益にならないようにね。
正式な組織ができるまでは皆さん出向扱いになるのだからね」
「畏まりました。
直ぐに手配をしてまいります」
「ありがとう、中尉。
直ぐに手配しますので、明日にでも私の部署に異動になると思います」
「明日ですか。
随分と急な話ですね」
「普通なら難しいでしょうが、あなた方の扱いがどうもコーストガードでもお困りの様で。
ですから、あちらは直ぐにでもあなた方を船ごと寄こすわよ。
私としても、この船の性能が知れ渡る前に押さえておきたかったから」
「性能と云っても、まだテスト中ですよ、殿下」
「でも、通常航行で王国最速を出したと聞いておりますのよ」
いったいどこから情報が洩れているのだ。
尤も秘密にはしていないことだが、それでも俺らに全く興味の無い上層部とは偉い違いだ。
これほど評価されているのはメーリカ姉さんたちにとっても良い事だろう。
正直俺自身でも経験の無い事で、うれしくもあるが良く分からない感情だ。




