殿下の来艦
チューブの衝撃からほとんど時間を空けずにメーリカ姉さんが背広姿の人達を連れて来た。
メーリカ姉さんの後ろにいた、いかつい背広姿の男女5人が俺の前で整列をして、一番右端のこの中では多分一番年上だろうと思われる男性が敬礼後、俺に挨拶してきた。
「はじめてお目にかかります、ブルース中尉。
私は王宮警備部第5課所属の主任、シーノメであります。
本日は我々の要請を快くお聞きいただき感謝いたします」
「シーノメ主任。
私がブルースです。
現在この艦の艦長代理をしております。
それで、私たちに何かご協力できますか」
「はい、できましたら私の部下に、ここから艦内を査察させたいので」
「では、指揮権をお渡ししましょう」
「いえ、我々にはその資格はありません。
査察する許可だけを頂きたいのです。
また、艦内を調べている部下たちに、ここから指示を出していきたいのですが、その許可も頂きたく……」
「分かりました。
許可します。
私もこの艦を改装したばかりですので、機材の操作に不安がありますから、私の部下を付けます。
自由に使ってください。
……
カスミ曹長、ここに」
「ハイ、艦長代理」
俺に呼ばれたカスミが艦長席の傍に来る。
「ここから、シーノメ主任の指示に従って、艦内をセンサーで調べるように。
シーノメ主任。
この席をお使いください。
私は後ろで控えておりますから。
他の方も艦橋内を自由に使ってください。
傍にいる隊員に何でも聞いてくださって結構です。
ですが、皆新しいシステムですので慣れていないところはご了承くだされば幸いです」
「艦長代理。
この船の整備については我々にも報告を頂いております。
お気になさらずに。
……
では、艦長代理からの許可も出たので、作業手順に従って作業にかかってくれ」
シーノメ主任が連れて来た4人の背広組の男女は艦橋内に散らばって、近くにいた兵士を使ってコンソールパネル類を操作していく。
シーノメ主任たちが作業を始めてから物の5分と掛からないうちに、無線の前にいた女性が主任を叫びながら呼ぶ。
「主任!
ゲートに殿下がお見えになったようです」
「え?
打ち合わせと違うじゃないか。
しかし、殿下を待たせるわけには行かないな」
「シーノメ主任。
私がお迎えに上がります」
「そうですか。
では私も行きましょう。
悪いが残りは作業を進めてくれ」
「「「ハイ」」」
俺と一緒に階下のエアロックエリアに向かう途中にシーノメ主任が声を掛けて来た。
「艦長代理。
それにしてもきれいな船ですね。
まるで新造艦のようだ」
「お褒めにあずかり恐縮です。
幸いに、我らの使っていた民間のドックの社長が非常に協力的でしたので、また何より、解体中の船があの豪華客船の『ジュエリー・オブ・プリンセス号』でしたので、そこからかなりの部品を使わせてもらいましたから、下手をすると内装のレベルはそれに近いものがあります」
「それでですか。
一応その辺りも報告を頂いておりましたから、聞いてはおりましたが、確かに豪華客船を無理なく小さくした感じですね」
「軍艦なのに、ちょっとと云う気持ちはあります。
しかし、何分にも予算の関係上、再生部品を使わざるを得ませんでしたから、私たちには選択肢は無かったんですよ。
まあ、部下たちのやりすぎも多少はありますが……アハハハ」
一応言い訳はしておくが、言い訳になったかどうかは疑問だ。
我々は直ぐに階下のメインゲートとして使っているエアロックエリアに来た。
ここもあの豪華客船から部品を使ってホール風にしてある。
乗り込むときには、それどころじゃ無かったので感じなかったが、改めて見ると明らかにやりすぎだ。
これでは何の艦かわかったもんじゃない。
金持ちの持つ豪華クルーザーと揶揄されても言い訳ができないレベルだ。
開いているゲートからかなりの数のSPと思われる一団が入ってきた。
彼らは俺らを気にすることなく周りを警戒してから合図を送る。
すると、これもSPに囲まれて女性が歩いてこちらに向かってくる。
確かに見覚えのある女性だ。
俺に勲章を渡してくれた第三王女殿下その人だ。
彼女はホールに入ると、思わず感想をこぼした。
「聞いていた以上に綺麗な船ね。
すごいわ、気にいったわ」
王女殿下は本艦が気に入ったご様子。
コーストガードから王室に献上でもされるかな。
しかし、いくらきれいだと言っても、使われている部品は皆中古品だから、献上するにしても何かと問題にされないか心配だ。
王女殿下が俺のほうに歩いてくるので、俺は最敬礼の姿勢で待った。
「殿下のご来艦、大変栄誉なことと感謝いたします。
ホールでは何ですから、直ぐに上の部屋にご案内いたします。
上には些末な部屋ですが、用意しております。
まずはそちらでご休憩いただきたく……」
「殿下、大変申し訳ないのですが、まだこの艦の保安点検が済んではおりません。
誠に申し訳ありませんが、艦長代理の進言に従って頂けますよう、お願い申し上げます」
「大丈夫よ。
私の方が我慢しきれずに来てしまったのは理解しておりますわ。
艦長代理、案内してくださるかしら」
俺の胃が急にキリキリと痛みだす。
だいたい孤児の俺に何で声なんか掛けるんだよ。
せめて誰か本艦に艦長がいればそいつの役目なのに。
俺は、封印をしていた艦長室の隣にある部屋に殿下を案内した。
本艦で一番豪華な造りとなっている、あの作戦司令室とか言った部屋だ。
俺は豪華な扉を開けて、殿下を中に通した。
まあ、俺が扉を開けると、誰よりも先にSPがなだれ込んで、中の様子を確認後、みんなで中に入ったのだが、どうにも絵にならない。
しかし、殿下はそんな様子を全く気にもせずに中に入っていった。
こんなことは日常茶飯事なのだろうか。
とにかくVIPとは面倒な人種だと感じたが、ここは俺の知る限りの丁寧な対応を全力でするしかない。
ぎこちなくなるが、それもやむを得まい。
「殿下、中にどうぞ」
「まあ~、凄い部屋ね。
軍艦だからもっと武骨なイメージを持っていましたのよ。
まるで、王室専用のクルーザーか、王国きっての豪華客船のスイートルームのようね。
飾り付けがシンプルな分だけこちらの方が好感を持てますわね」
「お褒め頂き、ありがたく存じます。
せっかく殿下にお褒め頂いたのですが、ここはその豪華客船のロイヤルスイートから部品を調達しましてサイズを合わせております。
流石に調度品の類はありませんが、その船と同様な造りになるかと。
しかし、全ては廃船となりました豪華客船からの流用ですので、正直申しますと、中古品で作られた部屋に殿下をお通ししてもいいものかと思っております。
尤も、本艦の全てがその流用品で賄われておりますが……」
「艦長代理、お気になさらないで下さい。
知っておりますわよ。
私も、この船については報告を頂いておりますの。
今日来た目的も、この船の出来栄えの確認と、艦長代理たちのスカウトですから」
「へ?
スカウト……ですか?」
「まあ、お話の前にお茶でも飲みましょうか」
「あの……殿下。
誠に申し上げにくいのですが、本艦にはそういった類の品は……」
「ああ、そうでしたね。
フェルマン。
お願いできますか」
「ハイ、直ぐにでも」
殿下に声を掛けられた初老に近い男性が、今度は俺の方に向き直り許可を求めてきた。
「艦長代理。
ここのギャレーを使用しても構いませんか」
「ギャレー??」
するといつのまにか俺の後ろにいたメーリカ姉さんがそっと教えてくれた。
「艦長代理。
ギャレーとは、ここのキッチンですよ」
「おお、そうか。
ありがとうな」
俺は小声でメーリカ姉さんに礼を言ってから、フェルマンさんに答えた。
「ええ、構いません。
そこなら使えるようにはなっている筈です。
もし使用できないようでしたら、隣にある私の部屋のをお使いください」
「では、お茶が来るまでゆっくりしましょうか。
私が言うのも変な話ですが、座ってお話しませんか、艦長代理」
「あ、すみませんでした。
是非、そこの応接にでも座ってください」
「では、艦長代理もお座りくださいな。
あ、そこの……確かメーリカ少尉でしたっけ。
少尉もお座りください。
これからお話しすることにはあなた方全員の話ですから、ぜひご一緒ください」
「ハイ、殿下。
それではお言葉に甘えてご一緒させて頂きます」




