金ぴかボディーと監査報告
「なら本部へは何も言わんでおこう」
「え?」
「整備終了まで黙っておこう。
終了後に全部報告して、後は向こうに任せる」
「そんな無責任で大丈夫でしょうか」
「な~に、何も命令違反はしていないよ。
そもそもあの予算では中古再生部品を使わないと何もできなかったしね。
軍ならいざ知らず、ここコーストガードでは使用部品について何ら規定なんか無かった筈だが」
「ええ、軍に準拠すると言った記載もありませんね」
「なら大丈夫だ」
「でも……」
「ああ、問題が出るとしたら、常識的に考えてとかいう奴だろう。
それなら大丈夫だ」
「それは何故でしょうか」
「学校を卒業して三ヶ月もたっていない若造に常識なんか有るものか。
それを理由に問題にするなら、そんな奴を抜擢した連中が問題にされるよ。
何より過去に常識から外れたことで処罰されたのを俺は知らない。
まあ、人事面で飛ばされるのは枚挙に暇は無いがね」
俺とマキ姉ちゃんの間で、今後の方針が決まった。
とにかくぎりぎりまで報告しないということで。
その後、予想通りマリアから稟議が出された。
船体補強のために合金を使って船体全体を覆うと言うのだ。
使用する合金も今解体中の船から入手するので、費用面でもものすごく格安の見積もりもある。
この稟議には珍しく格安な理由も付けてあった。
その合金の入手を我々自身がすることで格安になると言うのだ。
はっきり言って不安が残るが、ここで止めようものならいつまでたっても証明書が発行されないことは火を見るよりも明らかなので断腸の思いで稟議にサインして改造工事を了承した。
それから10日後に、船が完成したと報告があったので急ぎドックに入り船体を確認した。
見事に期待を裏切らないマリアと親方のコンビだ。
船体全体が金ぴかだ。
何というド派手な外観。
流石にこれはまずくないか。
驚いている俺の傍にどや顔のマリアが近づいてくる。
俺はマリアが何も言わないうちからあいつの頭に拳骨を落とした。
「お前は何をした。
いったいこの船をどうするつもりなんだ。
何なんだ、この外装は」
「痛~~い。
酷いよ艦長代理。
せっかくこの船最強にしたのに」
「だから何なんだ」
「すごいでしょ。
この船、船体全体をあのスカーレットメタル合金でカバーしてあるから、まずそんじょそこらのレーザー砲では太刀打ちできないよ。
何よりあの超新星から降り注ぐ恒星風へも抵抗が最小だからほとんど船速のロスが少なくなるよ。
これで親方の心配していた最速への到達時間が相当短縮された筈だからね」
「お、お、あ。なんてこと。
どこの世界に船全体をあの高価なスカーレット合金で固めるやつがあるか。
いったいいくらかかると思っているんだ。
陛下も座上できる超弩級戦艦ですらそんな贅沢は許されていないんだぞ。
精々艦橋や陛下のお部屋位しか囲わないというのに」
「そんな大きな船だから無理なんだよ。
この船くらい小さければ、それこそあの客船で使われていたやつでおつりがくるよ。
現にそこからの流用品だけでできたから。
ほとんど余らなかったけど」
「だからと言って、このまま外に出すわけにもいかないぞ。悪目立ち過ぎる。
ちょっと待て。
良いな、この船はここから動かすなよ」
そういうと俺は急いで事務所に駆け込んだ。
仕事中のマキ姉ちゃんを捕まえて、事の顛末を話して、船体全体を塗装してごまかすことにした。
幸い予算に余裕があったので、そこから事なきを得たが、塗装作業に3日を要したのは良しとして、新たな問題が発生したとマキ姉ちゃんが俺に報告してきた。
なんでも今回の塗装に要した費用、しかもその塗料の金額が問題になった。
実は今回の一連の整備に関してエンジンの換装の次に費用が掛かった。
何と塗料代金は8億ゴールドもかかった。
尤もこれは宇宙線に対応している特殊塗料の中でも親方推薦の最高水準なものだったというのもあるが、船体塗装の費用としては大体そんなものだと言う。
問題なのは今までの費用はすべて中古再生部品であったことと、その工賃の部分が自分たちで賄ったことで、他では考えられないくらいの格安で済んでいたことだ。
そのために塗料の代金だけが突出したのだ。
流石にこれをまとめていたマキ姉ちゃんが心配して俺に相談に来たのだ。
悩んだ末に、監査報告書も添えようとなり、社長を通してキャスベル工廠に監査部から人を貸してもらい、かつ、マキ姉ちゃん経由で民間の監査法人にも監査してもらうように指示を出した。
結論から言うと、流石キャスベル工廠の社員だけあって、中古再生部品についての見識は見事なものがある。
かなり金額的には不満があるが、廃船のいかなる部品も扱いはスクラップになるので、そこから取り出した部品には金額が付かないと判断を下していた。
しかし、それと同時にそこから取り出して中古再生したものになると、この金額ではあわないが、その整備をしたのがマリアたちであったので、その限りでないという話で済んだ。
その意見を踏まえて監査法人も不適切事項は無いと判断を下してくれた。
なんとこの監査にかかった費用は、今までかかった費用のベスト10に入っているのが皮肉でしかたがない。
まあ、塗料には中古は無いし、監査費用もかなりの高額に見えるので、報告書もどうにかなりそうだ。
しかし、その結果は、今ドックにあるが、その見た目も、内装、性能に至るまで最新のテクノロジーで作られた新造艦と言っても良いものにまでなっている。
流石に今回ばかりはやりすぎたと思ったが、ここまでくると、もう成り行きに任せるしかない。
俺は艦長代理であって艦長ではない。
まさかここまでの船になれば、本部も俺から取り上げるだろうから、この船の報告と一緒に俺はお役御免になりそうだ。
そんな覚悟をもって、最後までしっかりと仕事をしようと、2回目の試運転に入る。
流石に今回は時間的に余裕があったので、部下たちに仮の役目を与えて、実戦に近い形で試運転に入った。
まだ武器のテストはしていないが各部署に人を配置している。
前と同様に社長も同席しての試験航海だ。
「今回は、ここからそのまま発進して恒星ルチルを回って帰って来る。
何もなければ日帰りの予定だ。
各部報告」
「は、艦長代理。
艦橋、報告せよ」
「航行システム異常なし、エンジン始動。
異常ありません」
「機関室」
「出力順調に上昇中。
離陸出力に達しました」
「了解。
操舵手、離陸せよ」
「航宙駆逐艦『シュンミン』離陸します
………
間もなく成層圏を脱します。
惑星管制エリアから脱しました」
「これより通常航行に入ります。
速度3AUへ」
………
「まもなく予定している地点に到着します」
この辺りは船の航行も少なく何もない空間だ。
それでいて軍や、一部輸送船が稀に通るし、何より無線の環境が良い。
もしテストで何らかのトラブルが発生して漂流することになっても救助を得られやすいと言った、まさにこういったものの試験にはもってこいのエリアだ。
今回は事前にきちんと管理局にも申請してあるので、他の船もしばらくは入ってこない。
「速度の上昇試験を行う。
最終チェック」
「航路上の安全確認。
レーダー手、報告せよ」
「この先1光年、何もありません。
航路グリーン」
このレーダー手に補助としてあの新兵を二人ばかり付けている。
そう、今この艦橋には8人もの新兵がいる。
ほとんど見学状態だが、皆真剣だ。
ここだけでなくそれぞれの部署に新兵を付けての訓練だ。
ここでもし何かあったらすぐにダメコンの訓練に入る。
自分の命を懸けての訓練になるからできれば何もないことを祈るばかりだ。
「機関室」
「機関オールグリーン」
「よし、最初は5AUからだ」
「目標ルチアに向け、速度5AU」
「速度5AU、了解」
艦は直ぐに5AUの速度に達した。
機関室から満足げな社長が声を掛けて来た。




