軍に志願した筈が
俺はその足で宇宙軍募集センターに向かった。
宇宙軍募集センターはこの国ではどこにでもある。
絶えず人員が不足している軍に兵士を供給する目的で、町の目立つところに必ずあるというやつだ。
俺は一番近い場所にある募集センターの門をくぐった。
軍に志願するのは非常に簡単だ。
この国の凄いところは、個人の情報がきちんと管理されていることだ。
そのおかげで自分のカードを見せIDナンバーを伝えるだけで、軍への入隊には他の手続きは要らない。
俺のIDナンバーを伝え、軍に志願したい旨を伝えたら、受付の女性が端末を操作した。
端末を操作したとたんに彼女は慌てて直ぐに席を離れ、上司のもとに向かった。
どうも俺の経歴に問題があったようだ。
俺は軍にも入れないのかと諦めかけていたら、彼女が戻ってきて、俺に一枚の書類を手渡してきた。
「明日、宇宙港から出発する専用機に乗り遅れないようにしてください。
首都に向かってもらいます」
そう言われた。
明日とは偉く急な話だ。
しかし、どうにか軍には入れるらしい。
俺は孤児院に戻ってから孤児院の先生に大学を落ちたことを伝え、軍に入ることを話した。
その上で、明日にはここを出ることも伝えて別れを告げた。
もうここには戻れないだろう。
今まで良くしてもらっていた先生方には今生の別れとなるので、丁寧にお礼を述べてから部屋に入った。
先生方も俺から聞かなくとも俺の大学入試が失敗していることは知っている様子だった。
俺の軍入隊については何も言わずにただ見守ってくれるだけだった。
正直俺に対するこの扱いには感謝しかない。
今更何を言われても悲しいだけだ。
自分の情けなさをここで改めて見せることもなく助かった。
でないとまたここでも大泣きをしていただろう。
しかし解せない。
俺以外がなぜか俺よりも先に大学の合否を知っているのかが分からない。
翌朝早くに僅かばかりの荷物をもって昨日指定された宇宙港に向かった。
朝早いというのに割と宇宙港は混んでいた。
何やら同年代と思われる男女が数人と、その血族と思われるその他大勢がいる。
俺と同年代の男女は同じ船に乗りそうで、その見送りに来ているようだ。
それにしても大げさだと思うし、何より解せないのが俺と同じ年恰好の男女の身なりが良い人ばかりだ。
俺と同じように軍に志願したとは明らかに違う。
そうなるとどういう事だ?
俺と一緒に首都まで行くだけで、別の用事なのかな。
まさか首都にある大学に進学する連中か。
だとすると、今回ばかりはちょっとだけきまりが悪いな。
なにせ大学に落ちて自殺もできずに、軍へ志願した俺と一緒だなんて。
どう見ても俺がみじめだろう。
まあ一期一会じゃないけど、彼らとは今回ばかりだ、二度と会うことのない連中だ。
空気だと思って首都まで我慢しよう。
そうこうしているうちに、軍港係員がアナウンスをしている。
どうやら搭乗の許可が出たようだ。
俺は昨日貰った書類をもって係員のところに向かった。
ゲートの周りには俺と同じ年頃の男女が10名、この辺りに集まった周りの人の数からしたら偉く少なく感じたが、どうやら今回俺と一緒に首都星に行くのはこの10名のようだ。
皆俺と同じような書類を手にゲートにいる職員に見せ指示を仰いでいる。
俺は指示された場所に周りの人たちと一緒に向かった。
向かった先にあったのは、多分この国でも高速艇に分類される小型の旅客用宇宙船だった。
周りから声が漏れる。
「ヒュー、これは豪勢だな、」
「すごすぎね。
まさかこれ程優遇されているとは、流石にこれはエリートとして扱われている感じがするね」
確かに停めてある宇宙船を見たナオの感想も同じようなものだ。
思わず、手に持っている書類を見直したが、そこには何も書かれていない。
只ゲートで渡された座席の指示票だけが頼りだ。
不安そうにしている俺に後ろから声がかかる。
同じような年だと思える男性がいた。
「君、何しているの。
時間も押しているし、さっさと乗ろうよ」
と俺を宇宙船にまで引っ張っていく。
初めて会うのだが感じの良い男だ。
宇宙船に乗り込んだ俺は、この船の係員に先ほど貰った座席表を見せ案内をしてもらった。
俺が準備を済ませて座席に座ると、それほど間を開けずにこの宇宙船は宇宙港を出発した。
先ほど声を掛けてきた彼の言っていたように時間がかなり押していたようだ。
しかし解せない。
たかが志願兵一人を首都星に運ぶのに、こんな豪華な宇宙船を使うのなんて、どこかおかしい。
もやもやしていると、また隣から声がかかった。
先ほど俺に声を掛けてきた男だった。
「どうやら本当に時間が無かったようだね。
ここで遅れでもしたら、最初から教官たちに何を言われるか分かったものじゃないな。」
俺はただボーっとして彼の言うことを聞いていた。
「あ、悪い。
俺はマーク、マーク・キャスベル。
よろしく。
で、君は?」
「あ、すみません。
私はナオ、ナオ・ブルースと言います」
「え?
ブルースと云うとあのブルース提督のご子孫とか」
ブルース提督とは俺の育った星では有名な英雄の一人だ。
軍で活躍後に初代コーストガードの長官として余生を過ごし、晩年には福祉にも力を注いだ篤志家でもあった。
晩年を汚さずに、この戦乱の時代で幸せに生涯を閉じた数少ない英雄の一人だ。
なので、彼の出身地でもあるニホニウム星では一番人気のある偉人だ。
「ち、違うよ。
俺は、ブルース提督の慈悲で作られた孤児院の出身さ。
苗字も分からない者は孤児院の名前を名乗らせてもらっているんだ。
それよりも君、キャスベルと云ったよね。
あのキャスベル工廠の関係者か何かなの」
キャスベル工廠、この会社はこの国では割と有名な兵器産業の大手だ。
財閥とまではいかないがそれでもかなり大きな会社だ。
「キャスベル工廠の社長は俺の叔父さんさ」
「え!
すごい。
君って良いとこの出なんだね。
そんな君がなぜ。」
俺は思わず考えていることが声に出た。
この王国で有名な大手企業の御曹司が俺のような一般兵として志願などしない。
絶対にありえないことなので、他の大学に行くという可能性も頭から飛んで、思わず声に出してしまった。
「なぜかって、それは無事にエリート士官養成校に受かることができたからだよ。
まあ、運が良かったのかもしれないね。
俺の成績ではかなり厳しかったのだけども、無事に受かったので、本当に良かったよ」
彼マークは一般兵士じゃなく、エリート士官養成校に行くようだ。
彼もエリートの仲間入りだな。
「すごいな。
でも……」
「ああ、分かっているよ。
俺のような商人の子供がケイリンでなく士官を目指したかだろう。
俺には運が無かったんだよ。
いや逆か。
運があったのだから、辛うじてエリートの端に乗ることができたんだからな」
また運の話か……
「ごめん。
俺のような孤児がなれなれしく君のような上流階級の人に向かって」
「何を言うんだ。
この船に一緒に乗った瞬間から、もう仲間じゃないか」
「え?
仲間……確かに俺は軍に志願したけど、仲間って、だって君士官になるんだよね」
「え?
ナオもだろう。
ナオは面白いこと言うね」
え?え?
どう云ことだ。
確かに軍には志願したけど、一般兵士としてだよな。
俺はエリート士官養成校なんか受けていないぞ。
どういうことだ。
どうしても分からないことが多すぎる。
マークの方がこういった世事に通じているようなので、不躾なのは承知で、思い切って聞いてみた。




