予期せぬ再会
翌日は、ドック内を見回ってからマキ姉ちゃんと一緒に宇宙港に向かった。
ここは民間の会社なので公用車などの類は一切ない。
ここの車を借りても良かったのだが、流石にそうすると帰りに問題が出る。
なにせ帰りには30名の新人を連れて来ないといけないから、乗用車ではかえって邪魔になりかねない。
そういうこともあるので、ここは素直に公共交通機関である電車を利用して宇宙港に向かった。
ここは、はずれとはいえ、有数の工業団地内だ。
少々距離はあるが歩いて通う範囲に駅はあるので、俺はマキ姉ちゃんと一緒に歩いて駅に向かった。
途中の車窓からは俺らが育った孤児院のある街も通り過ぎて、俺はあの嫌な出来事を思い出してしまった。
本当は俺の予定ではとっくに鬼籍に入っていたはずなのに、どんどん部下が増えて行く。
まあ、ここまで来れば最後はあれだな。
俺一人艦に残って突撃する奴だ。
最後は『故郷か、何もかも懐かしい』なんて一人艦長席に座ってつぶやく奴。
あのシーンは何度読んでも泣けたよな。
俺もあれをやるだけだ。
もう少し頑張ろう。
ナオは士官養成校時代に読みふけったファンタジーノベルの一シーンを思い出して、先に浮かんだ嫌な思い出を忘れていた。
「ナオ君。
懐かしいわね、ここ」
「え?」
「孤児院の最寄り駅よ。
卒園してから訪ねたことあるの」
「いや、とにかく忙しかったし、なんだか行き難くて」
「まあ、私もそうかな。
前に一度だけ訪ねたことはあったけど、私もそれだけね。
ナオ君の事をとやかくは言えないね」
乗っている電車が駅に着くと、大学生の一団が同じ車両に乗ってきた。
時間的に通学には少々遅いとは思うが大学生ならそれもあるだろう。
「懐かしいわね。
私もこの星の大学に通っていたからわかるけど、ちょうど今の時期に少しばかりの休みがあるのよ。
この時期には大学で、新入生などの歓迎と親睦を兼ねてサークル単位やクラス単位で小旅行する習慣があるの。
ナオ君は知っていた?」
「いや、俺は全く……
俺は首都星ダイヤモンドにある士官養成校にいたから、ほとんどそこから出なかったな。
出るとしたら、敷地内から宇宙への実習航海位だったよ」
「そんなになの。
それってナオ君だけなの」
「まあ、俺だけだったかな。
でも、他の人もそんなには余裕が無かったよ。
なにせ3年間で士官にするまでの教育がされるのだから、余裕なんかほとんど無かったな」
俺とマキ姉ちゃんが少しばかりノスタルジックな気分に浸っていると、先ほど車内に入ってきた大学生の一団から一人の女性が近づいて来る。
「もしかして、マキね~なの。
私テツリーヌだよ、忘れていないよね」
「あら、テツなの、久しぶり。
私がコーストガードに入ってから孤児院を訪ねた時以来かしらね」
そこから女同士の話が続いた。
当然俺は加わることなく少しばかり距離を取ったので、てっちゃんには俺がマキ姉ちゃんと一緒にいることがバレなかった。
どうも俺のこの態度は一緒の出張に来ているコーストガードのお偉いさんが気を利かせたように見えたようだ。
確かに気を利かせたがそれは、彼女たちのためではなく俺自身が会いたくなかっただけだが、それでも宇宙港の駅に着くまで二人は話していた。
幸いなことにてっちゃんは最後まで俺に気づくことなく元居た大学生の仲間たちの元に戻っていった。
確かに今の俺たちの格好は、マキ姉ちゃんはスーツ姿なので、社会人ならばと云う感じで見ればすぐにでも見分けがつく。
しかし俺は、一応軍に入ったと言って孤児院を出たので、コーストガードのお偉いさんの格好をしていたので分からなかったのだろう。
なにせ俺の格好は第一級礼装で勲章の略章まで付けており、帽子も艦長代理としてのしっかりした格好の良いものを深々とかぶっていたのだ。
これならどこからどう見てもコーストガードのお偉いさんにしか見えない。
しかし、全く気が付かなかったというのも少々癪にはなるが、俺との関係ってそんなものだったのかと少し落ち込んだ。
電車が宇宙港の駅について俺らは電車を降りた。
ここは宇宙港の整備場などに通う人達用の駅なので当然先ほどの大学生はこの先の一般旅行客などが利用する駅まで電車に乗っている。
そのためか、ここで降りる人はそれ程多くは無い。
俺はマキ姉ちゃんと並んで歩いている。
すると急にマキ姉ちゃんは何を思ったのか昔の話をしてきた。
その最後に俺に聞いてきた。
「ナオ君はてっきりビジネス方面に進むかと思っていたわ。
何で軍人を志したの」
「え?
さっき、てっちゃんに何か言われた?」
「いえ、何も。
そういえば昔から仲が良かったわよね。
何であの時に話さなかったの」
俺は覚悟を決めて正直に話した。
「確かにビジネス界を目指して大学に挑戦したけど、見事に落ちた。
そうしたらてっちゃんに嫌われたのか振られたんだよ。
やけになって軍に入隊を申し込んだら、こうなったんだ」
「ちょっと、今の話でどこでどうなればエリートコースに乗るのよ。
普通ならよっぽど苦労しないと受からないでしょ、あの学校は」
幸い俺の説明で、振られたことよりも、初めから目指していなくて何でエリートコースに乗ったのかが不思議でならないらしい。
「俺も良くは分からないけど、マークの話によると、あ、このマークって今のドックを紹介してくれたキャスベル工廠のお偉いさんの息子だけど、俺の成績が国のコンピュータに記録されているからだろうと言っていたよ」
「そんなの当り前じゃないの。
私の成績だって国に記録が残っているわよ。」
「あ、言い忘れていたけど、俺、卒業の時に王立第一大学のキャリア官僚養成コースに推薦を貰っていたんだ。
でも、あそこはほら……、だから俺はケイリン大学を目指したんだけど落ちたんだ。
振られたこともあってそのまま軍に入隊を申し込んだら、いきなりあそこに連れて行かれた」
「それでなのね。
だからあの成績だったのかしらね。
ナオ君の性格では真逆の選択だったし、なんでかなとは思っていたのよ。
それが巡り巡って、本当に数奇な運命なのよね、ナオ君は」
「ああ、運がいいのか悪いのかは分からないけど、本当にいわゆる普通からはかけ離れたコースを進んでいる自覚はあるよ。
あ、着いたね。
ここからどうする、マキ姉ちゃんは。
俺と一緒に挨拶に行くの」
「一緒は止しておくわ。
だってナオ君は司令官のところに行くんでしょ。
私には関係ないから。
私は私で先輩のところに挨拶に行ってから色々と情報を仕入れて来るわ。
新兵たちの引き取りのところで落ち合うわね」
「ああ、分かった。
じゃあ、ここで一旦お別れかな。
またあとでね」
マキ姉ちゃんと別れて俺は機動艦隊司令官に会った。
事前に約束は取り付けていたのだが、散々待たされての塩対応。
俺もまさか歓迎はされないとは思っていたが、あまりの露骨さに流石に引いたぞ。
前にマキ姉ちゃんがこぼしていたが、僻みからなのだろうか。
にしては何か違うような。
少なくともここは敵地だ。
邪魔されることはあっても協力は望めない。
初めからそう考えていれば大丈夫だろう。
俺は機動艦隊司令官との会合を終えて、同じ建屋にある巡回戦隊の司令にも挨拶に行ったが、こっちはもっと酷かった。
まあ、あの時の作戦に参加していたから、何かしらのペナルティーは在ったのだろうが、それって俺のせいじゃないだろう。
なのに、こっちは本当にわかりやすい逆恨みだ。
あの作戦で参加者が一様にペナルティーを科せられたのに、俺らだけがご褒美をもらった格好だ。
しかもそのご褒美が格別と来れば僻みもあろう。
しかし、いい大人がこれではちょっと頂けない。
最後にここの事務方のトップであるニホニウム支局長を訪ねると、こっちは今までの対応が嘘のような歓迎をしてくれる。
一体全体訳が分からない扱いだった。
支局長と楽しくお茶をしていると、待っていた新兵たちが到着したと連絡があったので、支局長の元を離れて、空港の到着ゲートに向かった。
軍関係者専用の到着ロビーがあるので、それほど混んでいない。
俺らは到着ロビー脇にある会議室で待つことになった。
ほどなくして、本部の就学隊員担当者が30名の2等宙兵を引き連れて部屋に入って来る。
彼らと同時にマキ姉ちゃんも入ってきた。
どうやら彼らと一緒というより本部の就学隊員担当者と面識があったようで一緒に来たようだ。
俺は、マキ姉ちゃんに言われるままに引き継ぎを済ませて、彼らを連れて行くことになった。
幸いなことにマキ姉ちゃんは基地に掛け合って、軍用バスを一台運転手付きで借り受けていた。
なので、帰りはバスで帰れる。
俺は気にしていなかったのだが、就学隊員が使うリモート学習で使う端末は個々人が持っているので問題は無かったが、肝心のネットワークへの接続に問題があった。
軍艦なら無線が通じる場所ならどこでも問題は無いのだが、あいにく俺らは民間の施設に間借りしているので、そのネットワークに簡単には接続ができない。
尤もあの社長やうちの連中ならやりかねないが、それをやると絶対に問題になる。
そこも、流石にできる事務職員だ。
マキ姉ちゃんはきちんと対応を済ませていた。
一般回線を使っても問題ないようにコーストガード用の暗号処理のできるサーバーを本部から借りていた。
それも今回は運ばなければならない。
さほど大きな物じゃないが、一応機密扱いのものだし、それを俺が手で運ぶのも色々と問題にされそうだったので、正直助かった。
俺らはカルガモよろしく並んでコーストガード専用駐車場に行き、用意されたバスに乗り込んでドックに帰っていった。
ここからドックまでは距離的には大したことは無い。
元々ここ宇宙港も町の郊外にあるし、それに隣接する格好で工業団地がある。
俺らが間借りしているドックもその工業団地内にあるので車なら20分もあれば着く。
行きは電車を使うから時間がかかっただけだ。
だがそのために色々とあったので、俺はかなり疲れた。




