ルーキーの増員
「分かりました。
しかし、そうなると人事部長もそろそろ仕事をしないとまずくはありませんか」
「人事の仕事と云うと、何を」
「あの船の整備は、受け入れ先のドック次第ですが、報告書で見ますと、直ぐに始まります。
そうなるといつまでも、定員割れ、しかも船を運用するには明らかに足りないくらいの定員割れは問題になりませんか。
少なくとも艦長代理が決まっている船で、乗員も異常状態ですので、今のあの船は偉くバランスが悪すぎます。
これが、我々事務方に船だけを預けられたような、ちょうど陛下より下賜された航宙フリゲート艦のようですと、我らだけで人の手配をして整備だけを先に進めるというのは分かります。
しかしあの船は既に現役艦と同じ体制になっております。
艦長代理に乗員、それにこちらから付けた事務職員。
そうなりますと、現状の乗員不足はそのまま人事の瑕疵になりませんか」
「おお、確かにそうですね。
今まであの船の人事は総監たちの無理強いで私たちが口を挟みませんでしたが、確かにまずいです。
こちらでいくつかの案を出して総監に相談しないといけませんね」
「今回人事部長に借りができましたので、私からアドバイスがありますが要りますか」
「早速ですか。
いいですよ。
それで貸し借りは無しということで。
で、そのアドバイスとは」
「ハイ、普通に総監に話をもっていっても、放って置かれるだけですよ。
元々失敗が前提でお考えの様ですから。
ですので、増員の話は表向き彼らの足を引っ張る形にしておかなければ、まず総監が納得しないでしょう」
「しかし……」
「ええ、実際に彼らを邪魔しようものなら先ほど教えてもらいましたから、我らに責任が及びますでしょう。
だから、表向きにと云ったのです」
「具体的には」
「ハイ、我らコーストガードでは18才未満の隊員も多く在籍していますよね」
「ええ、高校に行っていない連中を集めてリモート学習をさせながら将来立派な隊員にしていくあのプログラムですね」
「ええ、私たちのコーストガードの人材は軍からのお払い箱のせいで偉く偏ったものになっております。
大学修了して準キャリア扱いの隊員職員もおりますが、幸い初代のブルース提督のおかげでこの制度ができました。
主に一般隊員はこのプログラムのおかげで軍よりも優秀な隊員を多く確保できております。
希望者は大卒資格までこのリモート学習で資格を取れますので、かなりの数の準キャリアに進むものがおりますが、総監たち軍からの出向組はこの制度をバカにしております。
ですので、そうですね。
初年生組から優秀なものを30名ばかり選んでみたらどうでしょうか」
「初年生ですか」
「ええ、それなら総監も、初年生の教育をさせられて一石二鳥とお喜びになっても拒否はしないでしょう」
「そう思いますが……」
「大丈夫です。
優秀なものを選んでもバレなければ大丈夫ですし、何よりあの制度をバカにしている総監たちですから初年生なんかまったく気にもしませんよ。
それに何より、彼らにもメリットがあります」
「メリットですか」
「ええ、あの船には兵士の絶対数も足りていませんが、それ以上に一般兵士の数が足りません。
やたら頭でっかちの状態です。
中尉を最高に士官が4人、それ以上に下士官の数が今回の全員昇進によってかなり増えてしまって、それでいて、逆に2等宙兵の数が0です。
これははっきり言って異常ですので、そこを埋めるのにもその話は有効です。
しかもですよ。
考えても見てください。
彼らは皆若いですので、自分たちより年上の部下を扱えるでしょうか。
少なくとも経験を積んだ連中は間違いなく彼らをバカにしてうまくはいかないでしょう。
ですから、全く経験の無い初年生を送れば、間違いなく彼らでも扱えるでしょうから、決して彼らにも利が無くはありません。
しかも、実際にあの船が稼働する段になって経験の不足が原因での問題が出ても、それはあの勲章による弊害ですので、私たちには瑕疵はないというおまけつきです。
どうでしょうか」
「確かにそうですね。
分かりました直ぐに準備を始めましょう」
自分たちの処遇がかかると官僚と云うのはいかんなく自身の能力を発揮する。
総務部長が総監に報告書をもっていってから二日後に航宙駆逐艦『シュンミン』の増員計画案が出来上がる。
一応あの船の所管する総務部長も同席する格好で人事部長は一緒に総監室を訪ねた。
「総監。
航宙駆逐艦『シュンミン』の増員計画案が出来上がりました」
「増員計画だと」
「ハイ、あの船は今の状態ですと、人員不足を指摘されかねません。
格好だけでも体裁を整えませんと、いつ何時王室からにらまれる恐れがあると危惧しております」
「航宙フリゲート艦は何もしておらんではないかね」
「ハイ、あちらはまだ、現役艦として認められてはおりません。
我らに下賜されておりますから、総務部預かりとして一つの課を新設して整備に当たっておりますが、あの船は仮称はあっても正式な名称も船体ナンバーも持っておりません。
ですので、所属隊員がいる必要がありません。
何より艦長すらおりませんので」
「しかし、『シュンミン』は正式に艦名及び船体ナンバーを持っており、しかも艦長こそおりませんが艦長代理が任命されており、かつ隊員も偉く中途半端に配属されております。
扱いではもうすでに現役艦と同じです。
ですので、これではさすがにまずくはありませんか」
「確かに、そうかもな。
しかし……」
「総監が何を気になさっているかは存じませんが、うちには就学隊員制度があります。
高校レベルの学習を続けながら仕事をさせる制度ですが、そこの1年生を見繕ってあります。
彼らは精々基礎教育している最中ですので、どこでもやっている内容は変わりません。
そのうち30名ばかりを彼らに教育させれば、形式上あの船の乗員数はまともに見えます。
何より、あの船にいない2等宙兵を配属させることができます」
「え?
あの船に2等宙兵はいないのか」
「ええ、全員があの叙勲により一階級上がりましたから、居たはずの2等宙兵はルーキーを含めて全員1等宙兵になっております。
それに何より見た目でまずいのが下士官の数です。
今あの船には一般兵士よりも下士官の方が多く見えております。
なにせあそこにいた1等宙兵全員が下士官になったのですから」
「確かにまずいな。
ここで何もしないと王室から睨まれる恐れもあるという話はうなずける」
「軍閥貴族には就学中の子供の教育をさせていると話せば納得されるのではないでしょうか。
実際その通りなのですが」
「確かにそうだな。
使い物にならない連中を何人も送っても力にはならないだろうし、何よりあいつはその教育をさせないといけない責任も生じるから整備にかかりっきりにはなれないな。
うん、これは良い考えだな。
良し、その人員補充計画書を見せろ」
「これです」
と言って人事部長は30名の経歴の入った補充計画書を総監に手渡した。
尤もこれはデータを送っただけの話で、総監は自身の端末でそのデータを確認している。
全員が1年生就学隊員であることを確認した後に、承認した。
「これを速やかに実施して、我らに瑕疵の残らないように対処せよ」
総監の言葉に二人の部長は腹の中では別のことを考えていても顔には出さずに総監の指示に従う旨を表して、お辞儀をしてから総監の部屋から出て行った。
ナオたちが船をドック入りしてから3日間はとにかく忙しかった。
しかも、事務仕事ばかりだ。
住む所や事務所の手配はマキ姉ちゃんに済ませてもらっていたので、助かったが、それでも30名もの部下を率いているので、彼女たちの勤務シフトを決めたり、訓練計画を造ったりして忙しくしている。
幸いなことに整備の方は親方とマリアの班員とが協力しながら見積もりを作っているので、当初恐れていたマリアからの厄介ごとはまだ一つも上がってきていない。
しかし、ナオにはかえってこれが嵐の前の静けさに思えて恐ろしくも感じているのだった。
そんなナオに、本部の総務部長から指示が来た。
「ナオ艦長代理」
そう言ってマキ姉ちゃんが俺の部屋にやって来る。
この事務所、客船の一部を使っているので無駄に豪華だったりする。
俺の部屋も船長室だったところと思われる部屋があてがわれているのだ。
マキ姉ちゃんはその部屋の扉をノックしてから入ってきた。
「ナオ艦長代理。
本部から、増員があるそうです」
「増員?」
「ハイ、航宙駆逐艦『シュンミン』の隊員として30名の2等宙兵の増員です」
「いきなりの増員か。
しかも全員がルーキーって何?
これってちょっと大変かも」




