それぞれの気にする先には
「分かりました。
こちらからご無理を言って契約してもらう立場ですから、直ぐに契約をしましょう。
艦長室で構いませんか」
「俺はここでもいいが、あんちゃんがそう言うならどこでも良いぞ」
俺はみんなを連れて艦長室に向かった。
応接で直ぐに契約を結ぶことになり、マキ姉ちゃんから契約書を貰った。
ここでもお役所仕事なもので紙ベースなのだ。
お役所の契約では条件などは電子ベースで確認されて、電子署名をした後に、紙ベースの確認書にそれぞれが署名して本契約となっている。
これは王国が生まれてから変わっていない。
「これで本契約が済んだ訳だ。
あんちゃんに頼まれた通り、嬢ちゃんたちは俺が鍛えてやるよ。
その代わり、この船の整備の手伝いもさせるぞ」
「ええ、その通りお願いしておりますから。
何かあれば私に直接でもマリアたちを通してでも構いませんから何でも言ってきてください。
出来うる限り意に添うようにいたします」
「それでは早速だが、そこの嬢ちゃんに案内させて艦内を見て回りたい」
「私が案内しましょうか」
「一々めんどくさいことはしないよ。
あんちゃんよりそこの嬢ちゃんの方が詳しいのだろう。
あんちゃんはあんちゃんしかできない仕事もあるだろう。
マキさんに頼まれていたから、ここにあんちゃんたちの事務所も用意してある。
部下たちの住居も用意したからマキさんにでも聞いてくれ。
それではマリア、案内してもらおうか」
「それじゃあ、行ってきますね艦長代理」
「ああ、くれぐれも……」
「分かっています。
暴走はしませんから、ここでケイトとのコンビは解消しますよ」
「分かった。
ケイトはメーリカ姉さんとこ行って、自分の班を連れてきてくれ。
マリアの班以外は艦から出よう。
せっかくだから用意してもらった事務所に向かおう。
全てはそれからだ」
俺はマキ姉ちゃんに連れられて船の外に出た。
ドック脇にプレハブが建てられており、そこが事務所に貸してもらえたとのことだ。
尤も契約で、事務所のレンタル費用も契約に含まれているとかで、変に利益供与などで叩かれない措置は取られたとある。
本当によくできた事務員だ。
しかし、この事務所、どこからどう見ても旅客船の一部にしか見えない。
「はい、社長が言うには前に解体した旅客船の一部を使っているんだそうです。
なので格安で借りられました。
最初はただでも良いと言ってくださったのですが、利益供与となるので、きちんと契約を結んでおります。
私たちの住居も隣に用意してありますが……」
「ああ、そこも解体船の再利用ね。
寝ることができればいいよ。
ありがとうね」
どうやらここの社長は実利を取る人の様で、無駄に人目を気にするような人ではなさそうだ。
俺と気が合いそうだ。
俺らは早速コーストガードの本部に本契約が済んだことを報告した。
尤も、これも報告書をマキ姉ちゃんに書いてもらい、署名だけ俺がしたものを総務部長宛てに送る。
これで、期限までは色々と言われることは無さそうだ。
しかし、この報告書を受けた本部は大変だった。
『位打ち』の計略が破られる恐れが大きくなったのだ。
総務部長に届いた報告書は、部長自身の手で総監に届けられる。
「総監、あの連中ついにドックを見つけました」
「それは本当か」
「はい、今しがた本契約したと報告書が上がってきております」
「これはまずいぞ。
軍閥貴族連中が騒ぎだすかもしれないぞ。
いったいどこの奴らが連中にドックを貸したというのだ」
「報告書によると、いわゆる解体屋と呼ばれているところだそうです」
「解体屋か。
ふ~~、助かったかな。
それなら、どうにかなるか」
「それはどういう……」
「整備が終わったら連中に整備報告証明書を出させろ。
解体屋ならC級までは出せてもB級まで出せるとこなんか聞いたことがない
ましてやA級なんか絶対に無理だろう」
「そうですね。
しかし……」
「なに大丈夫だ。
報告書を貰った時にA級でないことを責めて、あいつの落ち度にすればいい」
「それでは降格までは厳しいかと」
「いやなに大丈夫だ。
約束の3か月はあいつらに自由にさせておけばいい。
そうなれば公金の不適切使用で追及すれば監査部で処罰できるだろう。
あ、このことは整備が終わるまではあいつらに言うなよ。
もし我らの計略がばれるようなら何かしらの対応が取られるかもしれない。
今のあいつらは、こちらの予測よりも優秀なようだからな」
「はあ、分かりました」
報告を終え総務部長が総監の前から去ったが、これにより少なからず本部内で関係者に動揺が走った。
もしかしたらと云う感情が無いわけでもない。
しかし、本部で騒いでいる連中の中に温度差があるようだった。
主に騒いでいるのは軍からの出向や転出組で、軍閥貴族連中から圧力がかかっているような連中だけだ。
文官出身者たちはかなり冷静に見ている。
元々軍部の意向など全く関係が無い。
そもそも、事の初めが今騒いでいる連中のお粗末な計略からの話であるので、ここでまた下手な計略を掛けていることにおかしさと危なさを感じているのである。
それに何より文官の官僚たちは、軍部や軍閥貴族では無く、王宮の方を見ている。
その王宮から流れてきている噂の方が気になっているのだ。
先の叙勲の折に第三王女殿下が彼らに興味を持たれていることと、その第三王女殿下が何やら水面下で動き出しているという噂だ。
もし、王女殿下が彼らのことを気に入っているのなら、そして、その彼らに対して悪意をもって接すれば、自身が危なくなるのだ。
もともと自分らの責任でもない騒ぎに関わりたくはないという感情も出てこよう。
現状、総務部長を始め人事部長などの文官出身者の官僚たちは様子見のスタンスである。
そんな折に、先の報告書が回ってきたのだ。
別の意味で文官連中も心穏やかではない。
総監室から下がってきた総務部長を人事部長が捕まえた。
「総務部長。
少しお時間を頂けますか」
「あ、人事部長。
構いませんが、人目をはばかる話ですね」
総務部長がそう言うと、人事部長は静かに首を縦に振った。
そこで総務部長はこの建物の一階まで降りて、合同庁舎の共用応接室を借りた。
ここには首都星の治安を守る警察本部もあるので、盗聴などのふざけたものが無い安全な場所だ。
しかも、他部署も利用する場所とあってコーストガードの連中も急に押し入れるような場所じゃない。
そんな場所柄のために、コーストガードも警察本部も派閥がらみの人目を憚るような話し合いに頻繁に使われている。
「それで、お話とは」
「総務部長はいつまで総監側についておられるのか」
「私は別に、総監についている訳ではありませんよ」
「それなら、そろそろ総監とは距離をお取りになった方がよろしいかと思いますよ」
「それは、あなた一人では自身が危なくなるという理由からですね」
「確かにそれもあります。
しかし、それだけではありませんよ。
前の会議で、あの船の整備で失敗しても総務に汚点は残らないと総監はおっしゃっておられましたが、どうも王室はそうは見ていないようですよ」
「それはどういう」
「私はあなたの同期の、王室の管財課長に頼まれたのですが、管財では財産の管理はその管理部門の責任と見ているようです」
「それは、つまり……」
「はい、我々の管理下にある船もすべて王室の財産です。
その管理がずさんなら、その管理部署の責任になるようですね。
それを心配されていたようですよ、あなたのお友達は」
「ありがとうございます。
まあ、それだけの理由じゃなさそうでしょうけれども、あの船の整備を失敗させるなと云う王室からの圧力がかかり始めたという訳ですね」
「彼らの能力のせいで失敗なら、まだこちらとしても言い訳が立ちますが、我ら側からの計略で失敗でもしようものなら、ここが王室に睨まれます。
貴方だけでなく我ら文官全員の将来に影響も出ましょう。
どうやらあの噂は本当の様ですよ」
「あの噂と云うと、第三王女殿下の話ですか」
「ええ、殿下は新たな組織を御創りになるお考えの様で、そこに彼らもと考えている節があります。
ですので、私からも総務部長にはくれぐれも彼らの邪魔はしないようにお願いします」




