本契約
「隊長、隊長。
私は、私も一緒に行っても良いかな」
「え?
何でそこにいるマリア。
研修はどうした。
まさかエスケープしたとか」
「酷~い。
違うもん。
研修は1日で終わりだって」
「何だって??」
「なんでも生徒が私とケイトの二人だけだから、簡単に済まされた。
ちゃんと修了証も貰ったもん。
主任に渡しておいたから、私の研修は終わりだよ」
「は~~。
まあいいか。
マキ主任。
悪いがそこのマリアも一緒に連れて行ってくれ」
「分かりました。
ケイト准尉はいかがしましょうか」
「え?
ケイトもそこにいるのか。
ちょうど良かった。
ケイトと話せるかな」
「ハイ、変わりますね。
ケイト准尉、艦長代理が准尉にお話あるそうです」
「ハイ、ケイトです」
「良かった。
これからマリアと一緒にこの船のドックに挨拶に向かってくれ」
「構いませんが何故ですか」
「当然、マリアの暴走を止めるためだよ。
もし暴走しそうになったら締め落としても良いぞ。
ただし殺すなよ」
「艦長代理、もういい加減許してくださいよ」
「ああ、分かった、悪かった。
でもマリアは暴走させるなよ。
もうそこが最後の砦だ。
暴走しそうになったら本当に腕の一本や二本折っても良いから……腕はまずいか。
なら足だな。
足の二本や三本折ってでも暴走はさせるなよ」
「隊長、酷~い。
私化け物じゃないから足は三本もありませんよ」
「お前が暴走しなければ良いだけだ。
それに俺は隊長では無く艦長代理に出世したので、お前の言う酷い隊長はここにはいないよ。
それよりも、良いかマリア、頼むから俺やメーリカ姉さんが行くまでは大人しくしていてくれ。
良いな」
「分かりました。
なんだか納得ができませんが、お約束します。
艦長代理」
「そういう事だ。
マキ主任。
君たちも多分仕事場がニホニウムになるから移動の準備も始めておいてくれ。
仮契約はできるだけ早急にな」
「はい、分かりました。
これからすぐにここを発ちます」
首都からだと俺が逆コースで首都に来たように最速船で12時間あればつく。
まだ昼前なので、夜には先方に着くので、俺がここを発つ前に結果が出るだろう。
俺のやり取りを完全に呆れながらマークは聞いていた。
「いくら軍隊ではないとはいえ、ちょっと酷くないか」
「ああ、マリアたちの件か。
俺もそう思う」
「ならどうにかなるだろう。
仮にもお前は……」
「さっきも言っただろう。
俺はお飾りだよ。
ここの実質的な親分はメーリカ姉さんだ。
彼女に任せている」
「しかし、いくらなんでも規律が保てないだろう」
「そこはほら、ここがコーストガードのさらに要らない子のたまり場だからだよ」
「へ??
なんだ、その要らない子って」
「だからコーストガードの中の左遷部署だということだ」
「え?」
「だから、今回のケースだって、いらない子だから生贄にされただけだ。
たまたま彼女たちがすごかったんで助かったが、上が腐っていたので、俺らには死んで来いと命じられたんだよ。
たった30人の臨検小隊がほとんど武装らしい物の無い内火艇で軍艦2隻を相手させられたんだ。
彼女たちは凄いよ。
こんなに酷い扱いを受けてもモラルとモチベーションだけは維持してきたからな。
モラルとモチベーション、それに規律の中でどれかを捨てるのなら俺は迷わずに規律を捨てるよ。
モラルもモチベーションも捨てた連中からの扱いが酷かったからなおさらだ」
「確かに一理あるかとは思うが、お前軍に戻る気があるのか。
こんな生活を続けていたら軍に戻れなくなるぞ」
「そうかもしれないな。
まあ、そもそも勢いと成り行きで軍人になっただけだから、生活ができるのならどこでも良いよ、俺はな」
それに、そんなに長く生きるつもりも無いしな。
「お前は初めからそうだったな。
分かったよ。
これからも頑張れな。
なんだかな、俺らと全く違ったコースを進んでいるから、この先何が待ち受けているかは全く分からないが、俺ができることならなんでも協力するからな」
「ありがとう。
俺も、と言っても俺にできることなんか何もないだろうが、俺の力が必要な時には言ってくれ。
メーリカ姉さんたちにも協力してもらえるように頼むこともできるから」
「なんだかな~、聞いていて情けなくなるぞ。
まあ、ナオらしいともいえるがな。
俺もその時には遠慮なく頼むことにするよ」
「ああ、絶対にメーリカ姉さんが首を縦に振ってもらえるように土下座もしてでも頼むから安心してくれ」
「今の言葉のどこに安心できる要素があるんだよ。
もう少し何とかならないのか。
だいたい……」
「だって、さっきから言っているように、俺はお飾りだよ。
今回のケースだって、さっき聞こえただろう。
ケイトと云う部下に締め落とされたからなんだよ。
そうでなければ今頃はもう一階級上の大尉になっていただろう。
尤もこの世にはいなかっただろうけどもな」
「それこそなんだかな。
まあいいか。
俺の役目は終わったかな。もう帰るよ。
なんだか今日は異様に疲れたよ」
「そうか、どうする。
船に直接送ることもできるが」
「いや、久しぶりの休みだ。
コロニーで少し遊んでくるよ。
とにかく今は軍事から少し離れたい気分だ」
「そうか。
ならここでお別れかな。
次会えるとしたらマークがニホニウムに来た時かな」
「そん時は今度こそゆっくり酒でも飲もう。
ナオも飲めるようにはなっただろう」
「多分な。
実はまだ飲んだこと無いんだよ。
あ、いや、そう言えば最初の歓迎会で飲まされたか。
うん、量だけ気を付ければ大丈夫だ」
「それなら良いとこ連れて行ってやる。
ニホニウムは俺の庭のようなものだ。
次会うのを楽しみにしているよ」
そんな時にお茶をもってリョーコが部屋を訪ねて来た。
「お客様はお帰りでしたか。
すみませんでした、用意が遅くなり、十分なおもてなしができませんで」
「いや、私が疲れただけで、あなたに落ち度はありませんよ。
それよりもせっかく用意してくれたお茶を無駄にしても、あなたに申し訳ないな」
「マーク、茶くらいは飲めるよな」
「ああ、せっかくだからお茶を頂いてからサヨナラしよう」
結局その後二人でお茶をしてからマークはコロニーに戻っていった。
俺らの方は、整備も目途がついたので、ニホニウムに向けて出発したのだ。
普通の軍艦なら数時間で着く距離だが、いかんせん整備不良により、最徐行運転であるため、結局2日かけてニホニウム宙域に着いた。
ニホニウム管制室の指示で、タグ宇宙船をここで停船して待つ。
軍関係のタグ宇宙船が到着して無線が入る。
前にもあったことだが、案内人が乗り込み今回はタグ宇宙船数隻のアシストもあってのドックに入渠した。
ここは本当に小さな会社で、実質的にドックは一つしかない。
そのドックを俺らが使うので、現在解体中の船はドック脇にある広場に移動させられていた。
そんな様子を見たら本当に申し訳なくなってきた。
マークを使って親会社からの依頼とはいえ、かなりここに無理させたようだ。
船が完全に入渠を終えるとすぐに事務所に向かおうとしたら、向こうから船に乗り込んできたようだ。
割と小さな人だが、ガタイはしっかりとしている。
どうやら王国では珍しくドーフ人のようだ。
ドーフ人とは、この宇宙がかつて一つの大帝国に治められていた時代に辺境になるドーフ星に住むかなり手先の器用なものつくりの盛んな民族の末裔だ。
宇宙が荒れ、どこでも平穏に暮らせる地などなくなり、辺境と云えども、いや、辺境であるが故、彼らの故郷は相当に荒らされて各地に散らばったと聞いている。
今では勢力を誇るジルコニア帝国やグラファイト帝国などは早くから彼らの保護を宣言して積極的に受け入れてきた歴史がある。
その彼らのおかげで、現在強大な軍事力を誇るまでなってきているから、モノ創りに特化した優れた民族なのだろう。
その彼がうちのマキ主任と、マリアそれに彼女の御目付として付けているケイトを連れて艦橋に入ってきた。
「オ~、あんちゃんがここの責任者か」
「すみません艦長代理。
どうしても社長が聞かなくてここまで来ました」
「ハイ、挨拶が遅れまして申し訳……」
「そんな建前のような挨拶は要らんよ。
あんちゃんが艦長か」
「いえ、私は艦長代理です。
しかし艦長が不在なために最高責任者と云う意味では間違ってはおりません」
「なら、さっさと本契約をするぞ。
時間は待ってくれんからな」
「は?」
「艦長代理。
なんだかこの仕事をかなり気に入ったようで、親方は直ぐにでも仕事がしたいそうなんですよ」
「艦長代理。
それにマリアの奴、訳わからないことに、親方にかなり気に入られているようで、あることないこと色々と吹き込んでいましたから、何かしたくてしょうがないんでしょうかね」
「え?
そうなの」
と俺はマキ姉ちゃんを見た。
すると彼女は本当に申し訳なさそうに頭を下げただけで何も言わなかった。




