秘密兵器『タンポポ』
さて、作戦は進行中だ。
コクーンは首都星を包囲圏に入れ、各チームは配置についた。
俺は『シュンミン』のブリッジで、窓越しにぼんやりと王宮の灯りを見つめる。
俺は、サーダーに秘密兵器について尋ねてみた。
さすがに何も知らないまま作戦に臨むわけにはいかない。
「サーダーさん、あの時は聞きませんでしたが、今回持ち込んだ秘密兵器について話してもらえませんか。
そうでないと、本作戦中には使えませんので」
「使えない……さすがにそれはないでしょう。
せっかく実践試験ができるというのに」
今、この人は、この命のかかる作戦において、『試験』と言った。『試験』と。
うちのマリアも大概だと思っていたが、この人も……いや、下手をしなくてもマリア以上かもしれない。
「わかりました。
最後まで秘密にして驚かせたかったんだけど、そういう事情も分かりますので、お話しします」
「では、この間積み込んだ『ブソウ』の改良した内火艇について、どんな効果があるのですか」
「いや、あれはただの輸送手段にすぎませんよ……あ、ただし、あれには特別な改良を施してあります。今回の秘密兵器である『タンポポ』を効果的に散布できるようになっており、そのあとすぐに、あれに乗り込んでいる兵士が効果的に降下できるよう、後部に大きなハッチもあります。そう考えると、あれも十分に秘密兵器ですかね」
「ちょっと待ってください。
私はこの組織に所属する前から、花の名の付く兵器には何度もひどい目に遭ってきました」
俺とサーダーとの会話に、近くにいたマリアが口をはさんできた。
「え~、司令。それはひどい。
あの兵器に何度も助けられたというのに」
「マリア、お前の仕事は……まあいいか。
ひょっとして、今回の秘密兵器……『タンポポ』とか言ったか、あれにお前もかかわっているのか」
「私、『タンポポ』なんか知りませんよ。
第一、私が名付ける兵器にそんな地味な名前なんか付けませんから」
こいつ、サーダーの名付けにいきなりダメ出しをしてきたぞ。
まあ、いいか。
話を続けよう。
「マリアさんには気に召してもらえなかったようですが、あの『タンポポ』はこういう地上制圧任務に絶大な効果が期待できますよ」
「まさかとは思いますが、大量虐殺兵器なんか……」
「司令、いやだな。
私がそんな下品なものは作りませんよ。
それに、あれは私の研究の片手間に作ったようなものですから」
研究の片手間……気晴らしで作られた兵器ってどんなものだよ。
「それはどんな効果があるのですか」
そこからサーダーが説明してくれた内容によると、以前コクーン制圧で最大効果があったとされているが、機動隊員をはじめ誰もが頑なに認めない、マリアの作った『ラフレシア』とかいうやつ。
サーダーさんがよくよく報告書を調べると、もっと効果的な使い方がありそうだということで、その『ラフレシア』の改良を始めたようだ。
一番のネックは使用後に残留する匂いについてだが、機動隊の標準装備の防護服でもカタログスペック上では2時間で防護なしに作業ができるとある……カタログなどないが、説明ではそうされている。
しかし実際は、防護服なしで数分ならばそばに寄っても我慢ができるレベルで、あくまでそれも数分だ。
それ以上になると、さすがにきついらしい。
そこをサーダーが改良し、さらに発光と爆音についても、地面に落ちた状態では効果が幾分下がるという研究成果も出ていることから、地上高1mから2mの状態で破裂するように改良を加えているという。
そう、名前の通りタンポポの綿毛のように上空から投下され、地上高1~2mのところで降下速度が落ちて、その高さで破裂するように設計されたものらしい。
それを、あの改良した内火艇からばらまくようだ。
「え?あれを大量にばらまくの?」
俺と一緒に話を聞いていたマリアも驚いたようにサーダーに聞いている。
「大丈夫ですよ、マリアさん。
匂いのほうは十分に改良をしましたし、何より一発の威力を、マリアさんの『ラフレシア』の十分の一以下に落としておりますので」
「それなら……」
俺は、この時は何も考えずに、あのコクーン制圧当時のことを思い出していた。
あれに救われたのは事実だし、二回目以降は俺のほうから使用をお願いしたくらいだ。
まあ、たくさんの敵を前にしては十分に効果はあると認めるし、今回の作戦ではあの時とは比ではないだろう多数の敵がいるはずだ。
それに何より、あの時の効果をぐっと落としたものだという言葉に、俺は秘密兵器から作戦のほうに頭を切り替えた。
俺たちが雑談している間も、周りからは奇妙なほど静かな時間が流れる。
……
情報を収集しているコクーンのメンバーから、司令である殿下に連絡が入る。
「司令、フェノール王国の通信を傍受しました。
我が国のコクーンが国境を越え、フェノール王国内に侵入したそうです」
「よし、分かった。
司令、こちらもそろそろですかね」
「はい、殿下。
かねてからの打ち合わせ通り、帝国の戦隊を出撃させ、首都星の封鎖をお願いします」
「ああ、では始めるか。
おい……」
殿下の一言から、このトンデモ作戦が開始された。
コクーンの格納庫の重たいハッチが一斉に開き、中から帝国最新鋭の艦船が二個戦隊出撃して、フェノール王国の首都星に向かう。
「司令、フェノール王国の通信を傍受しましたが、我が国の戦隊の出現に戸惑っているようです。
通信からは、我が国戦隊の行動を妨げるような指示は出されていません。
第一段階の作戦は成功したものと思われます」




