王女殿下の悪あがき
グラファイト帝国からダイヤモンド王国の辺境を通りフェノール王国との国境付近まで行くのに、できる限り暗黒宙域やその接続宙域を通るルートを俺達が帝国側に示すと、会議室に集まった帝国側の高官が一斉に顔をしかめた。
「暗黒宙域の中に入るのですか」
「しかも、艦隊行動を伴ってだと」
「いやいや、コクーンの中に艦隊を入れているので、コクーン単体だけで移動すれば……」
「それでは護衛の意味がないだろう」
「それに、暗黒宙域の中ではどうやって付近を警備すれば良いのだ」
などなど、とにかく反対意見しか出てこない。
帝国の王子も、弱気になって王女殿下に聞いてきた。
「別のルートではいけませんか」
「はい、出来る限り隠密行動が必要ですので……」
「いくら隠密行動と言っても……」
そこで、俺から提案していく。
付近の偵察と護衛については我々『シュンミン』を旗艦とする艦隊で行い、必要に応じて応援を頼むということで。
「いや、応援を頼むと言っても、どうやって連絡を取り合うのだ」
「無線など通じないのだぞ」
とにかく、軍人たるもの、特に王国以外の軍人には暗黒宙域はそれこそ地獄の中のように忌避されていた。
わからない話ではない。
我が国でも、宇宙軍はとにかく最低限しか近寄らないし、軍事行動など全く考えてもいないエリアだ。
流石に宙域内に入らないことはないし、航行訓練は受けて入るが、それにしてもだ。
色々と説得と説明をして、俺達と通信手段を確立するからという約束で、この航路が決まった。
通信手段の確立に関しては、俺達は誰も心配などしていない。
俺達が持つ内火艇の内で一艇をコクーンの外に貼り付け、そことコクーンとを通信ケーブルで繋ぐ事で光通信が使える状況を作り出す事を説明していく。
帝国側の軍人は信じられないとばかりに納得していないようなので、とにかく、すぐにでも暗黒宙域の中に入り一度通信のテストをすることで、この場は収まった。
その後はすぐに、護衛のために俺の艦隊を外に出すことになったが、俺は、いや俺と王女殿下に秘書官など数名がコクーンに残された。
そりゃそうだ。
俺の艦隊はコクーンの護衛の任につくのだから、外に出ないと仕事にはならないが、俺達は護衛の人よりも重要な……俺にはそう思えないが、外交というお仕事がある。
確かに外交は重要だが、それは俺でなくとも、いや、俺以外の仕事だろうにとも思うが、王女殿下が許してはくれそうにないので、素直にこの場に残った。
カスミが残していった就学隊員の二人が本当に気の毒になるくらい固まっているが、それでも通信手段を構築していくので、俺はそれを眺めている。
王女殿下はこのコクーンの司令である王子殿下と話し合っているが……あ、そういえば、国境を越える前に王女殿下をコクーンから降ろさないとまずいな。
陛下との約束もあるし、どうするか……いざとなったら『シュンミン』だけ一度戻すか。
そんなことを悩んでいると、就学隊員が秘書官に報告するのが聞こえてきた。
「秘書官殿。
『シュンミン』との通信回線が確立しました。
今、カスミ准尉とテスト通信も終わりましたので報告します」
報告を聞いて、秘書官が俺に伝えてきたが、俺もその報告を聞いていたので、直接就学隊員達を労う。
「ありがとう。
これから暗黒宙域に入るから、この通信だけが頼りになる。
もうしばらく頑張ってくれ」
「司令。
わかりました。
精一杯、司令のお役に立つよう頑張ります」
俺と、就学隊員とのやり取りを直ぐ側で聞いていた王子殿下がうちの王女殿下に話しかけてきた。
「王女殿下。
あなたのところの兵士は実によく鍛えられておりますね……ただ、かなりお若いような気がしますが……」
「気が付きましたか、王子殿下。
彼女らは、就学隊員と言いまして……」
王女殿下がコーストガードにある就学隊員の制度について説明していくと、王子殿下はかなり驚かれたようだ。
「司令、少し良いですか」
ついに我慢しきれなかったのか、王子殿下は直接俺に聞いてきた。
俺は、出来る限りわかりやすく答えていく。
「ええ、我軍は、王国三番目の軍隊として発足はしましたが、基本の仕事としては海賊を取り締まる警察ですので、軍隊ほど修羅場に遭う場面が少なく……なるよう発足はしました。
ですが、取り締まる海賊の規模が大きくなるにつれ、どうしても戦闘は避けられませんで、年端もいかない者達には正直申し訳なく思っております」
そこから、実際に艦船同士の戦闘についても報告しておいたら、しきりに感心していた。
その後も順調にコクーンを中心においた俺達の混成艦隊は、順調に暗黒宙域の中を進み、もうすぐ国境に到着するエリアまで来ている。
ここは暗黒宙域から出てしばらく進んだこともあり、接続宙域ですらない。
なので、問題なく無線通信が可能であるので、護衛も俺達から帝国の戦隊に交代してもらい、俺達の戦隊はコクーンの中に収まっている。
「王女殿下、国から通信が入りました」
連絡将校が王女殿下に無線のあった事を伝える
すでに、帝国の外交船団は自国の首都を出ており、先ほどアミン公国内に進入してきたとの報告をダイヤモンド王国の王宮経由でもらっている。
帝国の王子殿下には、無線が回復したときに本国から作戦の開始の命令とともに伝えられたらしく、王女殿下の無線が終わるのと同時にコクーンの司令である王子殿下からも伝えられている。
王女殿下はここに戻り、すぐに俺に話しかけてきた。
「司令、時間のムダもありますし、そのまま突き進みましょう」
え??
「殿下、一度殿下を首都星にお帰ししませんといけませんので、『シュンミン』だけで、お連れします」
「いえ、司令。
時間の無駄にもなりますし、このまま……」
あ、そういうことか。
でも流石にそれは無理だろう。
丁度カリン先輩も居たので、そのあたりの説得を任せる事にした。
「殿下!
『シュンミン』に限らず、殿下の用意してくださいました我が艦隊ですと、国境を越えるまでに十分に首都まで行って戻ってこれます。
時間的に何らロスはありませんので。
ああ、『シュンミン』の様な豪華な部屋は用意できませんが私の指揮する『バクミン』でお連れします。
道中、ゆっくりとお話もできますし」
「カリン……戻らないと……ダメなのかな」
「陛下とのお約束もありますし、無理ですね」
流石、カリン先輩。
俺ならあんな素気なく断る事など出来そうにないが。
散々駄々をこねたが、付き人のマリアさんにまで怒られて渋々カリン先輩が連れて帰る事になった。
無線で、陛下より宇宙軍の陸戦隊の一個中隊も貸してもらえることになったので、それのピックアップもあり、『バクミン』を戻すのは都合が良かった。
どうも宇宙軍長官や宰相辺りのお考えのようで、王女殿下と交換に陸戦隊の貸出を申し出たようだ。
王女殿下が駄々をこねて戻らないと言い出すことまで見越していたのだろうな。




