本作戦の肝
その場で、王女殿下から今繰り広げられている大謀略についての全貌を聞いて驚いている。
「確かに、今回のフェノール王国の侵攻については不可解なことが多すぎだ」
「ええ、なぜあれほどまで強気に出られるのかが不思議でなりませんでしたが、開戦当初の教育戦隊相手の戦火であれほどの被害を受けますと、かなり我々の内情を詳しく知られていると考えておりましたが」
「ああ、あの時は……そういえばあの時も諸君らに助けられたのだな」
「ええ、ですがあれは私がこの場でも申してよいか憚られますが……」
「お父様、私も司令にお聞きしましたが、あれは酷い、指揮官の無能があれほどまでとは考えておりませんでした」
「指揮官の無能……そんな報告は聞いていないぞ。
長官、どういうことかな」
「私もあの件は報告書だけでしか知りませんが、あの時の戦隊指揮を執っていた者の指揮命令に著しく問題があったとしか……」
「マリア、どういうことだ?
さすがに、司令に聞いても答えにくいことなのだろう」
「はい、私が詳しくお聞きしたときに、司令はおっしゃりました。
教科書通りに対処していれば、あそこまで被害は出なかっただろうと」
「相手の指揮官が優秀だとは考えなかったのかな」
「いえ、どこまで報告書が正確に上がっているか存じませんが、すぐに司令が人事部長の意を受けて現場に急行して対処しましたので」
「ああ、その話は私も聞いた。
だが、私が読んだ報告書にはそんなことは一行も書かれてなかったな。
確か、けが人の救助の方針でもめたとか」
「ああ、あれもひどかったですね。
トリアージでしたっけ、司令」
「ええ、より重傷者で助かる見込みのある者から治療していくことですね」
「ええ、その時の責任者は、我々の呼びかけにも応じず、あくまで自分の見えばかりを優先していましたので、助かるはずの者もかなりの人数を失っていましたね」
「長官、その話は知らんぞ」
「陛下、私もです」
「本当に……、自分らのまずい情報は上に挙がらないようになっているようですね。
そんな状態で、よく戦端を開きましたね。
少しでも不利な状態になれば簡単に首都まで……」
「いうな、マリー。
話を戻そう」
そこから、前に俺から殿下に愚痴を交えて報告したことを、そのまま報告していったのは驚いた。
だがそれ以上に驚いたのは宇宙軍長官を含め、ここに集う人たちの顔色の変化だ。
どんどん血の気が引いていくとかいうやつ、顔から色が消えていくのがよく分かった。
「フェノール王国の侵攻はわが軍の情報が筒抜けだったといいたいのか」
「いえ、確かに筒抜けでしたら、今回ばかりはというのもわかりますが、それにしては相手側も大したことがない……これは実際に戦った司令の感想ですが」
王女殿下、絶対に最後の要らないでしょ。
今の言い分だと、俺ってどんな嫌な奴だよ。
大したことがないのに粋がるような……あれ、そういうの今までもたくさん見てきたような気がするが……
「違うというのか」
「ええ、今回の件はあまりに大規模に構想が練られているような気がします。
グラファイト帝国との接触で初めて知ったのですが、コランダム王国がアミン公国を狙っていると考えると、今回の筋書きはコランダム王国が書いたものにフェノール王国が乗ったような……」
「確かに、マリーの言うことはわかるが……」
「そうですよ、それならなぜ破綻……と呼んでもいいのか、まだわかりませんが……」
「そこは、司令の想像になりますが、私もその話を聞いて納得がいきました。菱山一家が依頼を受けた格好でグラファイト帝国からコクーンを盗んだことによって齟齬が出たのでしょうね」
「どういうことだ」
王女殿下は、また俺を出汁に説明を始めた。
フェノール王国の侵攻計画には、ダイヤモンド王国領域内の国境付近での騒乱も計画していたようで、基地設営が絶対の課題になっていた。
フェノール王国側にも基地を作っていたが、こちらは国境を挟んでのことなので、割と難しくない。どこからかはぐれの小惑星を持ち込んで実際に作り始めたのを俺たちが阻止したのだが、これが真逆となるとはぐれを探すのも運ぶのも大変になり、いくら暗黒宙域があるといっても、俺たちに見つからずにことを済ませるのは不可能だ。
グラファイト帝国のコクーンがあれば、ことは一挙に片付くと菱山一家がフェノール王国の依頼を受けて盗み出したのが、齟齬の始まりだ。
「え、それだと、コクーンの盗難にはコランダムの意は含んではいないと」
「ええ、コランダム王国にとっては、フェノール王国の侵攻が成功しようが失敗しようが関係ありませんので、グラファイト帝国側の政情不安など必要ありません。
いや、そこは安定したほうがグラファイト帝国の注意をひきつけないので、邪魔になるでしょうが、侵攻作戦にまでは口をはさんでいなかったのがアダにでもなったのでしょう」
「それで、コクーンの件があったから、我々もグラファイト帝国との不戦条約を含む全て、フェノール王国の侵攻に余裕をもって対処できようというのだが」
「我々の持つ情報と、コランダム王国を危険視しているグラファイト帝国の持つ情報から、今回の侵攻の本当の姿が見えてきたというのだな」
「ええ、ですがそこから見えた世界は、まさに破滅に向かっております」
「破滅だと……」
「アミン公国にコランダム王国が手を出せばグラファイト帝国は黙って見ては置けませんので、アミン公国を巻き込んでコランダム王国との戦端が開かれます。
これは皇帝陛下より直接聞きましたから間違いはありません」
「安全保障上、アミン公国との中立がグラファイト帝国の長い国境を維持するうえで必要だということだな」
「ですが、あの辺りには別の大国があり、今の均衡が崩れれば其処との戦端も開かれるとグラファイト帝国の者たちは考えております。
ですが、それが解っていてもコランダム王国との戦端を開かない訳にもいかずに、そのまま宇宙全体を巻き込んだ大騒乱に発展すると分析しているようですね。
しかも、その様相は私も司令に聞かされてからは、そうとしか考えられませんので、此度の計画に至りました」
「計画の肝というのが、早期解決だというのだな」
「ええ、それだけでなく、我々もフェノール王国も含めて極めて被害を最小に留めてという条件が付きます」




