複雑な世界情勢
俺達が連れてきた王子が、王女殿下に説明する体を取りながら俺に説明してきた。
「王女殿下。
帝国から出ました『影』というのは、陛下直属の諜報組織を言います。
元は、帝国内にある諜報組織は複数ありますが、それらを監察する部門で発足しました」
彼はそう言って、簡単に歴史から説明してくれた。
なにせ、肝心の陛下は、ボソボソと隣の人と話し合っているので、俺たちはひとまず大人しくしていないといけない。
その合間で王子が説明してくれた。
王子殿下の説明に依ると、『影』と言われている組織は、本当に最初は監察部門として発足したようだ。
それなら、正規の組織として発足させればと俺は思うのだが、帝国内の不正を取り締まる監察部門は宰相の直属としてすでにあるが、そこは諜報機関だ。
簡単に不正などもすり抜けるために色々と不都合の歴史があったようだ。
この場合の不都合とは、帝室の暗殺を指しているようなのだが、余りに物騒だ。
幾人もの帝室の犠牲のもとに帝室、この場合陛下が自身直属の組織として諜報部門だけを監察する組織を作ったのが、ほんの30年前だとか。
今の皇帝陛下が皇太子殿下の時に父であった皇帝から命じられての話だとかで、現皇帝はその影に絶対の信頼をおいていると見受けられる。
「やあ、済まなかった。
それでだ、今もたらされた情報を、私が持っている情報を合わせると、王女殿下の懸念するように、他国の関与があるのはほぼ間違いないだろう」
「その他国に心当たりがありますか」
「ああ……まあ良いじゃろう。
悪いがそのあたり上手に説明してもらえるか」
陛下は先ほど相談していた隣に座る人に説明を任せた。
すぐにその人が、俺達にかなりディープなところまで説明してくれる。
その説明に依ると、ことはかなり厄介だ……いや、厄介を通り越して危機的と言ってもいいくらいだ。
すでに手遅れかとも思うが、帝国が敵対しているコランダム王国が関与しているらしい。
このコランダム王国は、さらに帝国と国境を接し、関係もほぼ敵対と言って良いくらいに悪化しているジルコニア帝国とも関係が深く、そのジルコニア帝国も大筋でコランダム王国の行動を認めているとか。
流石に、黒幕とは言えないだろうということだ。
で、なぜここでコランダム王国が出てくるかというと、このコランダム王国はダイヤモンド王国の唯一の同盟国で姻戚関係にあるアミン公国の併合を狙っているとか。
この、アミン公国はグラファイト帝国とも国境を接しており、アミン公国がコランダム王国に併合されると、かなり両陣営にとって軍事バランスが崩れるとその人は説明してくれた。
今まで小国のアミン公国との国境はほとんど警戒の必要が無かったが、これがコランダム王国に併合されるととたんに状況が悪化する。
帝国とすればいきなり警戒しないとまずい国境領域が増え、警戒するための軍事力がそこにも割かれるために他に隙が生まれるようになるためだ。
「すると、そのコランダム王国はこの宇宙の大騒乱を願っていると」
「いや、そこまで考えていないだろうが、次に狙われるのはアミン公国から国境を接する我が星系だろうな」
「今陛下のお言葉に上がりました星系ですが、最悪三星系を想定しております。
と言っても、それらの分析を始めたのはごく最近ですので、どこまで正確かはわかりませんが、この三星系を取られますと、コランダム王国も我が国に対して同等レベルの国力を有することになりますから」
「それは、平和的に取られた場合に限りますわよね」
「平和的……?」
「ええ、平和的にと申しましたが、流石に星系を丸々取られて何もしないはずはありませんわね。
ダイヤモンド王国でも、少なくとも形だけでも軍は出しますし、ましてやこのあたりの覇者であるグラファイト帝国ともなりますと、泣き寝入りなんかは考えられません」
「ええ、もしもの話ですが、そうなると……いや、アミン公国ですか、あそこの併合を行えば間違いなく……」
「ええ、ですので、その段階まで行きますと私の思惑は破綻します。
その先は誰もが勝者とならない破滅の道しか残りません」
難しい話だが、コランダム王国はだから国力の増強を急ぐのだ。
しかも、できるだけ出血を避けてだ。
今でも、コランダム王国の国力ならば強引にアミン公国に対して侵攻できない話ではない。
問題はその後だ。
先の想定されたことではないが、その段階で間違いなくグラファイト帝国が出張らざるを得ない。
なにせ、事は安全保障の問題に直結しているから。
当然、そうなるとグラファイト帝国とコランダム王国の間で紛争が勃発する未来しか無い。
地域紛争だけで済めばいいが、どう考えても両国が全面的にぶつかり合う未来しか見えてこないのは俺だけだろうか。
当然、同盟国のアミン公国のことがあるのでダイヤモンド王国もその紛争に巻き込まれ、そうなると漁夫の利を狙うジルコニア帝国まで出てくるが、事がそれだけで終われば……いや、無理だろうな。
そこまでことが大事にでもなれば、ジルコニア帝国が素直に漁夫の利を得られるかというと、そこまで世の中は単純にはできていない。
俺が噂に聞いていることだが、辺境に近い星系では政府に対する不満が相当高い状態で溜まっていると聞く。
国が戦争に前のめりになれば、歴史を見るまでもなくそういう不満のマグマがたまっている辺境では、独立の機運が高まるだろうし、当然ダイヤモンド王国も、いや、グラファイト帝国もその独立運動を影からサポートするだろう。
もう、混乱という表現が可愛くなるレベルで、世の中が乱れる世界しか見えてもない。
これも俺が、できるだけ状況を甘く考えての話だ。
下手をすると、物理的に星系の一つや二つが無くなる事があっても俺は驚かない。
本当に、為政者たちは、そのあたりのことを考えて行動してもらいたい。
うちの貴族の多くは……何も見えてないのだろうな。
いや、自分らの見たい世界しか見ていないから、無茶ができたのだろう。
少なくとも紛争にしろ外交にしろ相手があることなのだ。
為政者には、最低限交渉事や紛争には相手がいることだけでも理解していてほしかった。
皇帝陛下との話し合いはそれぞれの持つ情報を出し合うだけで、話し合う必要などなく、俺達の賭けに陛下自らその場で賛同してくれた。
後ろに控えている中には、反対なのか外交の場面でそんな顔したらだめだろうというくらいに嫌そうな顔をするものや、俺や殿下を睨みつけてくるものまでいたくらいだ。
帝国も相当毒されているようで、この場にも他国と戦争をしたくて仕方のない連中が少なくない数混ざっている。
あんたらは、戦いたくともすでに戦えないことくらいわかりそうなものなのに、軍人の性なのだろうな。
少なくとも外交で完全勝利を収めないうちは他国に仕掛けることは無理だ。
そんなことくらい、最前線で頑張る一兵士じゃないのだから、それくらいは理解してほしかった。
これは先に上げた為政者全員にも言えることだが……




