無駄なやり取り
それからまもなくして、『シュンミン』は指定されたポイントに到着した。
到着したのは良いのだが……
俺は眼の前に広がる景色に圧倒されていた。
俺だけでなく艦長のメーリカ姉さんを始めとしたほぼ全員の艦橋クルーが、目の前に広がる光景を前に呆然としている。
そりゃそうだわな。
俺達に視線の先に『コクーン』が鎮座している……が、そのコクーンを取り巻くように帝国の精鋭2個戦隊が、それこそ蟻の這い出る隙間もないくらいに警戒しているのだ。
宇宙空間に蟻など這い出るはずはないが、これぞ完璧と言って良いくらいの警戒態勢が敷かれていた。
先ほど、俺が艦橋内のほぼ全員のクルーがと言ったのは、一人だけ異様に浮かれて仕事をしている者がいるからだ。
先程からカスミが、眼の前に集まる軍艦たちを詳細に観察しては報告を上げてくる。
どこまでもマイペースな乗員に俺は信頼感を増した。
『仕事をきちんとしてくれれば、それだけで俺は何も望まないよ』
ただ、そんな艦橋内で、非常に困った声を出すものが居た。
「艦長、前方の帝国からなのですが……」
通信を担当しているカオリが艦長のメーリカ姉さんに報告してきた。
どうも俺達を警戒範囲の中に入れてくれないようなのだ。
しきりに所属と要件を伝えているようだが、一向に埒が明かない。
困った艦長は俺に指示を仰いできた。
「司令、困りました。
どうも我々を警戒しているようで……
いかがしましょうか」
「そりゃそうだな。
帝国の惑星上ならば、一旦宇宙港に入れてから警戒すればいいが、宇宙空間ともなると、ましてや同盟関係か怪しいダイヤモンド船籍の宇宙船が、陛下が座乗する宇宙船に近づこうとすれば誰でも警戒はするな」
「しかし……」
「ああ、ここで何もしないという選択肢は我々にはない。
王女殿下と、帝国の王子殿下に頼むしかないか」
俺はそう言ってから、お二人を艦橋に案内してきた。
隣の作戦検討室でも良かったのだが、カオリの使っている無線システムを王子殿下に直接使ってもらい状況の打開を図る。
王子殿下はカオリの隣に立ち、カオリから借りたヘッドセットを使ってしきりにコクーンに向け無線を出している。
「こちらは辺境コクーン戦団司令の……
……
君では埒が明かない。
すぐに君の上司、できれば佐官以上の者と話がしたい」
それから5分ほどして、眼の前に展開している戦隊の一つ、一番俺達に近い軍艦から、内火艇がこちらに向かってきた。
無線で、その内火艇が乗船を希望してきているのだ。
俺はカオリに許可を出すよう指示して、後部格納庫に艦長と一緒に出迎えに行った。
格納庫に着く頃には、すでに帝国の内火艇が到着しており、今まさに扉を開けようとしていた。
「良かった、間に合ったようだな、艦長」
「ええ、こういうところの連携は、もう少し見直さないといけませんね。
今回は間に合いましたが、これが間に合わないようでしたら、ちょっとした問題になっていたかもしれませんしね」
「それもそうかも知れないか。
しかし、こういう機会って、俺達には……いや、寧ろそのあたりの訓練にも……」
俺が、縁がないと言おうかと思ったが、そんなことはなさそうだと思い直し、言葉を言い直そうとしたら、内火艇の扉が開いた。
こういうところなんだろうな、連携が必要って。
俺と艦長は、保安員数名を連れて、内火艇の前まで出向く。
「ようこそ、『シュンミン』へ」
「急な訪問で申し訳ない」
「いえ、こちらこそ急な面会を申し込み、お手数をおかけします。
貴国の王子殿下と、我が国の王女殿下がお待ちしておりますので、ご案内させてください」
艦長のメーリカ姉さんの挨拶から俺が引き継ぎ、みなさんを殿下たちのもとに連れていく。
王子殿下の居室に案内するよう言付かっているので、王女殿下がいつも使う部屋と同じグレードのあの部屋に連れて行く。
あの部屋も、最近になって稼働する機会が増えて喜んでいるだろう。
その分、俺達の気苦労も増えそうだが……
王子殿下に用意した居室の前で、メーリカ姉さんが扉をノックする。
そう、この部屋やたらとハイテクなんだよね。
宇宙船のしかも最高級の装備を誇った豪華客船から流用しているだけあって、防音には抜かりはないが、ノックの音だけは中に伝わる。
原理はいたって簡単で、監視カメラ等でノックの音を取ったら、そのまま疑似音で作られたノックの音を部屋の中にあるスピーカーで再生しているだけらしい。
俺も詳しくは知らないが、前にふと疑問に思い聞いたことがある。
俺の部屋もそうなっているらしいが、それ以外にはそもそもそれほど防音に気を使われていなければこんな面倒な仕組みは無いとも聞いている。
作戦検討室なんぞ、その典型で艦橋との扉は薄いので、怒鳴り声でも通るくらいだ。
メーリカ姉さんのノックを聞いたのか、すぐに殿下の部屋の扉は開かれた。
「や~、急なことで済まないな。
前に連絡した通り至急陛下と面会したいのだが」
王子殿下はやってきた、多分帝国の高官と思われる人達に向かっていきなり要件を伝えてきた。
王子殿下の隣にいた、今回帝国側として唯一王子殿下の同行してきた元軍の高官で、今は相談役に就いているあの老人も社交辞令なんぞに時間をかけるつもりもないとばかりに、王子殿下のやりように隣で頷いているだけだった。
「殿下。
我々はそのつもりで、今回ここに来たわけでして」
「なら、さっさと中に入れろや」
相談役の元高官も、流石に今回ばかりは余裕がない。
そりゃそうだな。
あの時首都に向け出発したのは帝国の軍艦もあった。
あれには多くの高官たちも乗っていたが、それも『シュンミン』の行動を偽装するために色々と面倒なことをして今ここには居ない。
初めから間に合わないことを前提で動いていたくらいに、状況は切迫している。
なのに、それを理解しない者たちが王国帝国両国ともにあまりに多い。




