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進路変更


 メーリカ姉さんは適当なところで、王女殿下の話を切って次の士官を紹介していく。


「マリア、今手が離せるか」


「いえ、……」


 メーリカ姉さんは逃げ出そうとするマリアを一睨みして有無を言わさない。


「マリア少尉です、殿下。

 彼女は本艦の機関部主任でもあり、また、この艦の改装の時に中心的な役割を果たした者でもあります」


「すると彼女がこの艦を……」


『え~、全ての元凶がこいつのせいです』と俺は心のなかで王子に答えたのだが、そこは乗員を守るというよりも、しでかさないために必死にフォローしているメーリカ姉さんが答えていた。


「ええ、マリア少尉が中心となり、乗員たちの意見をまとめ、改装を受け持ってくれましたドックの社長と共にドックの技術者たちと一丸になって困難な改装を成功させました」


 メーリカ姉さんも含むところがあるのか、答えに不自然さがにじみ出ているが王子にはわからなかったようだ。


「困難な改装……ですか。

 あ、いや、軍機にふれるような答えを」


「いえ、王子殿下。

 彼女たち、司令もですが当時は前の職場から謂われなのない妨害をされておりまして。

 お恥ずかしい話ですが。我が国では貴族たちの悪しき風習といいますか……」


 王女殿下の言い訳を聞いた王子はある程度察したのか王女殿下に話しかけた。


「多かれ少なかれ、我が国でもあります。

 それこそ私ですら足を掬われた口ですから」


「貴族階級出身でない者にとって、数々の功績は却って邪魔にすらなるようで、降格人事を狙ってかなり無理を言われたようなんです。

 それを彼女たちは見事に撥ねかえして今日に至っております」


「それはすごい。

 ぜひうちにスカウトしたいくらいですね」


「今では私の重要なクルーですから王子殿下ですら、引き抜きはお断りさせていただきます」


 艦橋での外交というか、接待は続いている。

 これがさらにマリアに対して艦内を案内させようかと企んでいるとメーリカ姉さんは悟ったかのように俺に対して秘書のイレーヌさんを貸し出してほしいと言ってきた。


「現在問題なく航行中ですが、異次元航行をしておりますので艦橋内のクルーを使う訳にはいきません。

 せっかくですから艦内の案内を保安主任と一緒に秘書官にもお願いできないでしょうか、司令」


 俺はメーリカ姉さんに企みを邪魔されたと目で合図を送ると、メーリカ姉さんは『マリアに案内させると、帝国との外交関係が破綻しますよ』と目で言ってきた。

 確かに、そうだよな。

 王子殿下をカタパルトに艦載機を送るあの狭い回廊なんかに案内させるわけにはいかないな。

 前の航宙フリゲート艦『アッケシ』で俺は案内されたけど。

 さしずめ、この艦辺りでは排気ダクトの中を案内しても俺は驚かないが、さすがにそれをすれば外交問題にはなりそうだな。

 そもそも、一部の者にはマリアの会話は嵌るだろうが、それはいわゆる『おたく』の世界だけであって、一般人にはきつい。

 俺も遊びすぎたと反省をしながらイレーヌさんの方を見る。


「任せてください、司令」


 すると王女殿下も「ご一緒いたします」と言ってきたので、あとは任せることにした。

 その後何事もなく、異次元航行を終えて殿下たちを招いて夕食会を開いた。

 参加者として、ホスト側には王女殿下を筆頭に俺とメーリカ姉さん、それにマリアだ。

 これは俺の意地悪ではない。


 通常航行中でも艦橋には当直士官を置かないとまずい。

 それも、王女殿下だけではなく、友好関係にある皇室を乗せているので、俺だけの時とは違い艦橋の当直を下士官だけということはできない。


 このようなことは本来宇宙軍ではいけないのだが、俺たちは結構当直に下士官を置くことがある。

 俺としてはというよりもこの艦の乗員の総意に近いかもしれないが、マリアを当直において一人にするのはまずい。


 たいていの場合、マリアの当直時にはしっかり者の下士官も当直させている。

 まあ、この措置はケイトにも言えるのだが、それだけ俺たちには人材というか、層が薄い。

 まあ、今回も当直に副長のケイトが付くので、3席のマリアが歓迎の食事会に参加するのはごくごく普通のことだ。


 尤もメーリカ姉さんは今からかなり心配そうにはしているが、俺は問題にしていない。

 何せ、今のマリアを見ると借りてきた猫そのままの状態になっている。

 暴走する余裕すらなさそうだ。


 まあ、歓迎の方は王女殿下に任せきりで時折俺たちに会話が回ってくるくらいだ。

 王女殿下も最近は俺たちの内情をよく理解しているのか、この食事会ではほとんどマリアに口を開かせなかった。


 しかし、この塩梅は本当に見事だ。

 気が付く人ならば善く善く注意していれば気が付くかもしれないが、本当に自然な流れで危険を避けている。

 貴族の行いというのか、王女殿下は本当にバケモンだとつくづく思う……あ、睨まれた。


 無事に夕食を終え、皆それぞれの個室に帰っていく。

 俺も、部屋に戻りたかったのだが、仕事が残っているので一人作戦検討室に向かう。

 そこで仕事を片付けているとメーリカ姉さんが俺の下に通信記録をもってやって来た。


「司令。

 今帝国側から通信が入りました」


「今更、何か言ってきたのか」


「はい、目的地の変更を指示してきました」


「俺たちは帝国の指示に従うしかないな。

 明日にでも王子に伝えるか」


「わかりました、私はすぐに進路を変更してまいります」


 艦長のメーリカ姉さんはそういうとすぐに作戦検討室から艦橋に向かった。

 その後、艦橋にいる乗員に対して進路の変更を命じているのが丸聞こえだ。

 扉を閉めようよ、メーリカ姉さん。


 メーリカ姉さんが進路を変更しているほぼ同時に王女殿下が部屋に入ってくる。


「司令、どうも予定が変わりそうですね」


 王女殿下は帝国からの進路変更の件を知っているようで、俺に話かけてきた。


「ええ、私も今艦長より帝国からの無線を聞かされ、命じられたように進路の変更を指示したばかりです」


 俺が王女殿下に状況を説明していると艦長が開きっぱなしの扉を通り作戦検討室に戻って来た。


「殿下。

 今、司令の指示の元、帝国から指定されたポイントに目標進路を変えてきました」


「艦長、ご苦労様です。

 今回の件は、帝国側の事情もおありでしょうから、我々の想定通りにはいきませんので、今後もこのようなことがあるやもしれませんが、よろしくお願いします」


 コンコン

 作戦検討室の通路側にある扉がノックされた。


「司令、帝国の王子殿下が司令との面会を求めていらっしゃいますが」


 俺の秘書官であるイレーヌさんが、王子の件で俺に伝えてきた。

 俺は、王女殿下の方を見る。

 王女殿下も、今回の進路変更の件での話と考え、俺の方に向かって頷いてくれた。

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― 新着の感想 ―
マリアもケイトも趣味人ですからね~ 王女殿下が取り繕った言い訳と同様な出来事が、帝國でも王子殿下を相手に起きていそうですね!
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