マキ姉ちゃんとの再会
俺は王女殿下に声を掛けられ、その意味を考えている。
どういうとこだ。
いつまで考えてもさっぱり意味が解らん。
社交辞令だとしても何か変だ。
その場で固まっていると、マリアが俺のところまで来た。
「隊長、あ、違ったんだよね。
艦長代理」
「なんだ、マリアか」
「なんだは酷くありませんか。
まあいいです。
ところで、私たちはこれから本部に戻って辞令を貰うことになっていますが、艦長代理はどうしますか」
「どうするも何も無いよ。
何をするにしても一度本部に行って、詳しく話を聞かないといけないしな。
何より、あの船、乗員は居なかった筈だし、俺一人でどうしろというのだ。
その辺りも、あの総務部長にでも聞いてみるよ。
だからお前らと一緒に本部に行くか」
「そうですね、それよりも艦長代理は変だと思いませんでしたか。
艦長代理の貰ったあの船、あの船の名前おかしいですよ」
「おかしくないかと聞かれたら『シュンミン』ってふざけた名前だとは思うよ。
戦船なのに昼寝と同じような意味の付いた船名なんか、明らかに悪意を感じるよ」
「え、艦長代理、別におかしく無いと思いますよ」
戦艦フェチのカスミが俺らの会話を聞いて加わってきた。
「何がおかしく無いんだ」
「既に航宙駆逐艦と云う艦種としては無くなって久しいですが、あの艦種が現役当時には艦名に季節を表す言葉が与えられていたようですよ。
春ですと春雷とかですかね。
旋風なんかもあったように覚えています」
「春雷も旋風も戦船の名としては勇ましく良い感じだが、春眠はどうかな。
これは明らかに、お前ら仕事しないだろうって云う感じで付けられたとしか思わないが」
「艦名なんかどうでもいいんですよ。誰も意味なんか気にしませんから。
それよりも船体ナンバーの方が気になりますね」
「船体ナンバー?
何でだ」
「だってそうじゃないですか。
王国では船体ナンバーの付け方に決まりがあるのですよ。
うちでは軍からのおさがりを使うから、軍で付けた艦名や船体ナンバーをそのまま使いますが、ナンバーには決まりがあるの知っていますか」
「なんだい、それは。
ひょっとしてあれか、戦艦は1000番台とかいう奴か」
「ハイ、そうです。
民間などの宇宙船はアルファベットと数字の組み合わせで色々とありますが、軍は数字だけです。
戦艦は今艦長代理が云った通り1000番台で、超弩級戦艦だけが1100番台で順番に付けて行きます。
うちの旗艦でもある巡洋艦が次の2000番台で、イージス艦が3000番台。
それにフリゲート艦が4000番台です。
うちではこれ以外にはありませんが、軍ではこの他にFキャリヤー艦や補給艦などには次の次で6000番台があてられていますが、絶対に9000番台なんかあり得ないんですよ。
あるとすれば5000番台が多分それだったんじゃないかと思っています。
しかも何ですかあの9999って番号は。
もうこれ以上ないよって番号じゃないですか。
絶対に使うつもりのない仮ナンバーのような番号。
流石にあれには悪意を感じましたね」
「俺には番号なんかまったく気にしないからいいけどな。
人によって気にするポイントが違うのだな」
まあ、カスミの話を参考にしても、あの船には悪意しかないと言う事か。
俺はこの不吉な組み合わせを実は喜んでいた。
俺の殉職は船から総員退艦を命じて俺だけが残ると言う、艦長にしか許されない贅沢になるかもしれないという秘かな予感が俺を喜ばす。
流石に学生時代では艦長の決め台詞は考えていない。
これは、これから考えないといけないな。
そんなことを考えながら歩いていくと、本部に着いた。
受付ではまたサーシャさんが待っていて、俺らを案内してくれる。
「皆様は前にご案内しました11階C会議室です。
そちらからどうぞ。
あ、ブルース中尉。
中尉だけは別のところに案内するように言われております。
こちらにどうぞ」
「隊長、本当に短かったけどここでお別れかな」
「ああ、どこに配属されても頑張れよ」
「メーリカ姉さん、何で隊長とお別れなの」
「そんなの決まっているだろう。
みんな階級が上がるんだよ、階級が。
特にお前とケイトなんか士官になるんだぞ。
大丈夫かな」
「え?
私はマリアと一緒に士官になるのか」
「ケイト~、お前は何を聞いていたんだ。
お前の階級は下士官の上限なんだよ。
その上は今の俺と同じ准尉だ。
准尉からは士官待遇となるんだ。
多分お前らはこの後すぐに研修が入るな」
「え?
何で今更研修なの」
「当たり前だろう、下士官から士官になるんだ。
俺も受けたが、ほんの2~3日だ。
やってもやらなくても意味の無い研修だが、軍の養成所に入れられての研修だ。
な~に、士官の心得なんかをありがたく聞くだけの研修だから安心しておけ。
軍では戦場で昇進もあるようだけど、そんなときには現地での簡易任命だけだそうだからこの研修が本当に意味があるかは不明だけどもな」
「そんな研修なんか受けたくないよ」
「それもこれもこの後会議室に行けば分かるよ」
「メーリカ姉さん。
それよりもなんで隊長とお別れなの。
みんなで仲良く昇進でしょ」
「だからだよ。
どこの世界で、士官が4人もいる小隊があるんだ。
しかも下士官に至ってはどれだけいるんだよって感じになるだろう。
1等宙兵なんか皆下士官だよ。
どれだけになるか考えても見ろ。
なので、あの小隊はここで解散となるさ。
おまけに隊長は艦長代理となるしな」
「私、隊長と一緒ならあのオンボロ駆逐艦でも良いよ」
「ああ、そうなるといいな。
さあ、そろそろ行くか。
隊長も元気でな」
「ああ、メーリカ姉さんも頑張れよ」
エレベーターホールで俺は彼女たちと別れた。
「賑やかな人たちでしたね。
中尉はこちらのエレベータで向かいます」
俺は今回ばかりはサーシャさんと一緒に9階にある総務部に案内された。
事務机がたくさん並べられた場所を通り抜け、ミーティングスペースのような会議テーブルの置いてある場所まで案内された。
確かにここなら、案内が居なければ来れない自信がある。
中尉、ここでお待ちください。
すぐに担当の者が来ます。
そう言い残すとサーシャさんはどこかに行ってしまった。
暫く椅子に座って待っていると、びしっとスーツを着こなした女性が部下を連れてやってきた。
部下の人たちは情報端末を抱えている。
後から来た人たちはせっせと情報端末をスクリーンに繋げている。
「お待たせしました中尉……あれ、ひょっとしてナオ君?」
俺は、その時に初めて俺に声を掛けて来た女性をまじまじ見てしまった。
「あ!
マキ姉ちゃんなの」
俺の明らかに場違いな言葉に周りにいた全員がその手を止めて俺らを見守った。
眼鏡をかけたクールビューティーな女性は一見するとできるエリート官僚のように見えるが、よく見ると昔の面影があった。
5つ年上の同じ孤児院で育ったマキ姉ちゃんことマキ・ブルースその人だ。
彼女もどちらかと云うと俺と同じように物静かな人で、良く俺らに勉強を教えてくれた。
俺なんか彼女に一番かわいがられた口だった。
そんなマキ姉ちゃんは俺よりも5年も早く孤児院を卒園していった。
それ以来会っていない。
「まさかとは思ったけど、ナオ君なの。
びっくりしたわ」
「俺も、びっくりだよ。
まさかこんなところでマキ姉ちゃんに会うなんて」
「こんなところは酷くない。
ここは私の仕事場よ」
「それよりもなんでここに居るの」
「それこそ仕事よ。
ああ、準備が整ったようだから、初めに紹介しておくわね。
彼女たちは私の部下なの。
まだまだ学校を卒業したばかりだから分からないことが多いけど、そんなところは大目に見てね」
「ああ、でもその意味が分からないよ」
「え?
ひょっとして、まだ何も聞かされていないの」
「何の事?
俺は式典で辞令を貰っただけだよ。
あ、初仕事も一緒に貰ったかな。
あのオンボロ船の整備だったっけか」
「ひょっとして、それだけ」
「ああ、この紙一枚と、せいぜいこの勲章かな」
「な、何しているの。
それ大事な物でしょ。
無くさないうちにきちんと仕舞いなさい」
ここで急に昔のお姉ちゃんに戻られた。




