位打ち
この情報はナオたちが本部を離れた2日後にもたらされた。
この情報を得た総務部長は直ぐに総監に知らせた。
ほぼ同時期に総監にもこの情報が持たらされていた。
尤も総監の方は総務部長よりもちょっと複雑なしがらみがあったようで、大変お困りのようだった。
総監は総務部長に命じて関係者を直ぐに招集して事態の打開を図った。
例の会議室に関係者を集めた総監が開口一番にこう話して会議が始まった。
「諸君。
急な呼び出しに応えてもらい感謝している。
例の件ではあるが一連の対応でやっと終わりが見えてきたが、最後の最後になって問題が、それもかなり根の深い問題が発生した。
詳しくは総務部長から説明が入る。
すまんが、先の話をここでもう一度してくれ」
「ハイ、総監。
では、総監からお話がありました最後の問題ですが…」
こう話して、第二臨検小隊の叙勲について説明を始めた。
会議に集まった首脳陣の中にはこの話を既に知っているようなものがいたのには驚いた。
その知っていそうな連中の全員が軍からの出向組の者で、なおかつ貴族階級に属するものばかりなのは、背景に何やら感じる者があった。
一応の説明を終えると最初に口を開いたのは人事部長だ。
「総監。
その勲章ですが、生者の場合でも昇進はさせないといけなくなります。
流石に2階級は無いと聞いておりますが、ブルース少尉の場合はどうなるのでしょうか。
こちらだけでの昇進にはならないのでは」
「人事部長。
どういうことか」
「ハイ、彼の場合、軍からの出向扱いです。
今軍に戻れば確か一階級落として准尉になるかと。
だとすれば、軍での昇進もあるのでしょうか」
「正直分からん。
軍での昇進は軍の人事部が扱うはずだ。
今はここだけの問題として考えればよいだろう」
「そうでしたね。
すみませんでした。
だとすると、彼は少尉ですから中尉に叙勲と同時に昇進させます」
総務部長がこの場で問いただす。
「私の提案からでしたが、彼は今総務部付きです。
中尉になった場合の配属先はどうなりますか。
まさかこのまま飼い殺しと言う訳にはいきますまい」
「しかし、どこに配属させるというのか。
ただでさえ、ここに来た時にも散々苦労して第二臨検小隊に配属先を決めた奴だぞ」
「しかし、いい加減な人事では王室が黙ってはいないでしょう。
軍でも、問題が出るのでは。」
そう言うと、総監と先に叙勲の話を聞いていたらしい人たちの表情が一斉に曇った。
訳アリのようだ。
監査部長も危機感をにじませた。
「今回の場合、いい加減には済ませられませんね。
一応国民に対しては報道しないようですが、秘密にした訳では無いでしょう。
なんでも、直ぐには官報に乗せないようですが、時期をずらしてきちんと官報には載せるようです。
もしも、後で扱いが妥当でないと国民にばれたら、それこそここに居る全員が陛下より処罰されることを考えた方が良いかと思います」
「しかるべき部署なんか有れば最初から苦労はしなかったはずだ。
あいつは疫病神か」
「しかし我々は彼に救われた事実があります」
会議は堂々巡りでなかなか結論が出せずにその日は終わった。
結局この後2日かけてやっと結論を出した。
何より軍関係者の思惑が非常に面倒だった。
彼をこれ以上目立たせるなというのだ。
何より彼は軍が放出した人材だ。
それが目立てば軍の面目がつぶれる。
先に彼の叙勲を知っていた軍関係者は彼らの実家の貴族が属する寄り親から強い圧力を掛けられていたのだ。
それは彼が軍のエリートを養成するエリート士官養成校の出身だということが問題にされる。
この卒業生は何よりエリートとして扱われるので、他の士官よりも出世するスピードが異なる。
その中でも本道と言われる参謀コースは軍の高官の子弟か上級貴族の子弟に限られてきた。
ナオは彼の特性上、そのコースが尤も彼の力を発揮できるはずだが、彼の出自の問題で、現場部門に配属先を打診したのだが、現場が彼のあまりに極端な特性を嫌ってどこも受け入れなかったという経緯がある。
そんな彼が軍の窓際族のための部署として用意してあるコーストガードに配属早々に大金星を挙げたとなると、軍上層部や貴族連中には面白くない。
そんな彼が同期たちよりも先に出世していくのは今まで培ってきたエリート養成における慣習の崩壊に繋がることを恐れているのだ。
そんな連中がコーストガードにいる知り合いなどを使って圧力をかけてくるのは自明の理だった。
総監すらそんな貴族たちから『どうにかしろと』圧力があったようだ。
しかし、この会議に出席している全員が、外部から『どうにかしろ』と言われても、どうしてよいかが全く思いつかずに時間ばかりが過ぎて行った。
2日目の午後になって、ある出席者からこんなことが言われたのだ。
「関係ない話かもしれませんが、大昔の貴族社会において『位打ち』というのがあったそうです。
もしかしたら使えるかもしれませんよ」
「なんだね、その位打ちとは」
「はい、なんでもその当時のライバルを蹴落とす手法で、ライバルに身の丈に合わないより上位の位を授けるそうです」
「ちょっと待て、それではかえって問題を大きくしないか」
「位打ちの神髄はそこにあるのだそうです。
だいたい能力の無いものにより上位の職種をさせれば必ず自滅します。
なにせ、能力もそうですが、それまでに培うはずのノウハウまで無いうちに上位の職責を与える訳ですから、自滅するのだそうで、この位打ちのいやらしい所は、狙い撃ちされている本人には全く悟られないとか」
「それは何故だね」
「蹴落としたい側から出世を勧められるのですから、普通なら喜んで出世を受けていたそうです。
すぐに自滅するとも知らずにです」
「それが今回のケースでも使えそうだというのか」
「彼の場合は、より簡単です。
異動先に関しては彼には拒否権はありません。
我々の命じたままです。
そこで、より重責の部署に異動させ、無理難題を命じておけば自滅するかと思います。
しかも、この場合ですが、王室の意向にも沿ったと胸を張って説明できるのが最大の利点です」
「確かにそうだな。
彼を飼い殺しなんかできない以上、自滅させる方向で考えるか」
「いっそのこと船を与えるか。
幸い陛下より下賜された船があるし、現体制のままなら余裕がある筈だ」
「いや、しかし、それはあまりに無理が。
中尉程度では艦長職の任命には無理があるかと」
方針は決まったが、実際の職場の選定となるとさらに難問だ。
侃々諤々の議論の末、総務部長の一言で会議が決した。
「そう言えば、もう一隻の船の処理を考えないといけませんね。
話が飛びますが、どうしましょうか総監」
「もう一隻だと」
「ハイ、ブルース少尉は2隻の船を鹵獲しました。
もう一隻は既に王国では使われていない艦種であります『航宙駆逐艦』という小型艦です。
この船の廃棄も費用が掛かりますし、何より現状でも無駄に費用が掛かっておりますので、私としては彼に命じて処理させたいかと。
これなら数か月は時間が取れますが」
「ちょっと待ってくれ、総務部長。
その話は聞いていない。
陛下より賜ったのは一隻だぞ」
「はい、使えそうな艦が一隻でしたので。
もう一隻は今話したように王国では数十年前に使用しなくなった種別の艦です。
ですので、王宮の管財からは、鹵獲した部署が責任をもって処理しろと言われました」
「それ、使えないか」
「どういうことです」
「我らは軍ではない。
軍で使われなくなった小型艦でも巡回などのパトロールに使えそうだと言うのだ」
「では、その艦をどこかの巡回戦隊に所属させて使うおつもりで」
「それでは『位打ち』にならんだろう。
独立させるんだよ。
単独で行動させて自滅を待てば、それを理由に降格もできる。
そうすれば貴族連中からも文句は出まい」
「人事部長。
できそうか」
「小型艦とはいえ艦長ですよね。
内火艇や救命ボート程度ならそれも可能ですが、せめて大尉の階級はほしい所です。
………
あ、いい方法を思いつきました」
「何かね」
「はい、艦長は無理でも、艦長代理ではどうでしょうか。
正式な艦長を任命しなければ実質艦長です。
しかも、中尉で、艦長職をさせればかなりきついかと」
「それは名案だな。
なにせ彼は学校を卒業してからまだ一月と経っていない。
艦長でなくとも他の仕事でも圧倒的に経験が足りないので、直ぐにぼろを出すぞ」




