組織の苦労人
総監はそのまま陛下に謁見を申し込んでいたが、総務部長は、彼の副官たる副部長と一緒に、査察部に出向いて一連の顛末を説明して、納得してもらうよう折衝を続けた。
結局深夜までかかって、一応の納得をしてもらい査察部を出た。
そんな彼を待っていたのが、彼と一緒に大学で学んだ中の一人だった。
彼は王宮で管財部の課長をしている。
この場合コーストガードの総務部長と王宮の管財部の課長とでどちらがより出世しているかは微妙だ。
彼はステータス的に評価が低いコーストガードの部長で、もう一人は政治の中心にある王宮での課長だ。
まあ、そんな訳で軽い口調で総務部長を捕まえて、話を始めた。
「ボードン、久しぶりだな。
こんなところで会うなんて珍しい」
「見え透いたことを言っているんじゃないよ。
君がこんな深夜まで俺を待つなんて何かあるのだろう。
……
どうせ知っているんだろう。
俺らが今苦労しているのを」
「悪い悪い。
許せよ。」
「で、何の用だ。
お前も暇じゃないだろう」
「ああ、仕事の話だ。
コーストガードにご褒美がある」
「褒美だと。
それって拒否はできないよな」
「褒美の内容を聞かなくてもいいのか」
「どうせろくでもないものだろう。
不幸はできるだけ聞きたくないよ」
「何を警戒しているか分からないが、まあいいか。
明日、またここに来てくれ。
管財部で待っているよ」
「ああ分かった」
翌日、総務部長は副部長を連れ立って、また王宮に出向いた。
昨日、管財の課長から呼び出されたためだ。
「良く来てくれた。
早速で悪いがご褒美の話をしよう」
そう言うと管財課長から一枚の行政文書を渡された。
「これを読んでくれ」
「おい、これって……」
「ああ、そうだ。
君たちが鹵獲したフリゲート艦だ。
これを君たちへと陛下からの思し召しだと」
「理由を聞いても良いかな」
「ああ、俺の知っている範囲で構わないなら」
と言って説明してくれた。
彼の説明では、今回の件はコーストガードに重大な瑕疵はあったが、それ以上に賞さなければならない功績もあった。
あの海賊菱山一家に少数で勝ったという事実だ。
なにより海賊から艦船を2隻も鹵獲したことが大きい。
目に見える形での成果を挙げたために国民に見える形で賞さなければならなくなったという話だ。
しかし、ナオたちへの叙勲は国を挙げて祝う訳にはいかなくなった。
理由はナオたちが何故少数で立ち向かわなくてはならなくなった訳も国民の目に触れてしまうため、これを嫌った政府上層部は、叙勲はする方向だが地味に行うつもりで、コーストガードには、鹵獲したまだ新しい船を下賜することで国民に功績に応えたことを示そうと今回の処置となった。
それ以外にも理由はありそうだが、そこまでは分からないが引き取り手が無いというのもあるようだ。
明日、大々的に目録を使って総監に軍艦の下賜をする式典を行うという。
王宮でも鹵獲した軍艦が直ぐに使えるようなものじゃないことは理解しているので、陛下より、軍艦と一緒に修繕改装費用も下賜されるとある。
「それで、俺にどうしろと」
「ああ、うちも鬼じゃない。
修理整備用ドックを持たないコーストガードに急に修理しろと言っても無理だろう。
そっちもこちらで用意してある。
しかし、俺らができるのはここまでだ。
そのドックまであの船を運ばない訳にはいかないが、それをコーストガードで責任を持ってやってほしい。
明日の式典以降ならすぐにでも移動してもらって構わないとのことだ」
「ああ、分かった。
そういう事なら直ぐにでも作業にかかろう。
もう一度確認するが、明日式典以降なら船を移動させても構わないと言う訳か」
「いや、先ほど式典の後にはとは言ったが、これは建前だ。
どうせ式典では目録だけで行われるので、移動ならいつでも構わないだろう。
だってあの船は現在お前らの管理下にあるのだから。
その所在が今回の式典で正式に決まるだけだ」
「そういう事ならあいつらを使いませんか」
ここまで黙って話を聞いていた副部長が耳元でささやいてきた。
「あいつら?」
「ブルース少尉の小隊です。
今なら総務の権限で好きに動かせます」
「ああ、それなら手間は省けるな。
しかし、あいつらに動かせるのか」
「大丈夫です。
報告書では、海賊襲撃現場からルチラリアまではあいつらだけで動かしてきておりましたから」
「そうか、ならすぐにでも命じよう。
あいつらも暇を持て余していたから、ちょうど良いな」
「どうした。
何か問題でもあるのか」
「いや、回航の目途がついたのだ。
直ぐにでもドックに向けて回航させる準備に入るよ。
ここはお礼を言っておくべきなのかな」
「どちらでも。
まだまだ大変そうだが頑張れよ」
「ありがとう」
総務部長が王宮から本部に戻ると、その足で総監を訪ねた。
先の船の回航の件で、一応総監の耳に入れておくためだ。
流石は組織人。
総務部付きの人間をどう使おうと彼の仕事の範疇であり、どこにも許可などを取る必要はないが、ことが事だけに一応総監に相談した格好を取った。
簡単に総監から許可を取った後に、その足でナオを訪ねて来た。
ナオたちは本当に暇そうに与えられた部屋でそれぞれ好きなことをしながら屯していた。
『こいつら本当に言わないと何もしない連中だな』
俺がこれほど苦労しているのに、その原因を作ったお前らは……
総務部長は部屋に入り眉間のしわをさらに深くしてナオを呼んだ。
ナオはちょうど大好きなファンタジーノベルの新刊を読んでいたところだった。
部長に呼ばれてきまりが悪いのか、悪さを見つけられた生徒が反省のぞぶりを先生に見せるように急に姿勢を正して部長の前に出た。
ナオは敬礼した後に、部長に聞いた。
「総務部長殿。
命令でしょうか」
「ああ、早速だが、君たちにうってつけの仕事が出てきた。
これが命令書だ」
ナオは命令書を受け取る前に、部下たちを整列させた。
整列後に、また部長と向き合い命令を受けた。
「ナオ・ブルース少尉。
貴殿に仮称航宙フリゲート艦『ブッチャー』の艦長代行に命じ、貴殿の部下を率いて月面上にある宇宙軍工廠の第13号ドックまで回航させよ」
「はい、謹んで命令をお受けします」
この命令だけを伝えた部長は、忙しそうにこの場を去っていった。
「隊長、今度は何をするのかな」
いつものように全く緊張感を感じさせない口調でマリアが聞いてくる。
「航宙フリゲート艦の回航だと。
しかし、この『ブッチャー』って船、うちらのところにあったっけ。
そもそも、名前の付け方が違うような」
「これはあれだね。
うちらが乗ってきたやつ」
「ああ、あの海賊から奪ったやつか」
「そうですね。
さっきも部長は仮称と言っていたし、鹵獲した船の名前ですね。
それがコーストガードに来たのでしょう。
まだ名前が決まっていないから仮称として前の名前を使ったと思いますよ」
「要は、それをうちらが修理のためにドックへ運べというやつか」
「そうですね、メーリカ姉さん。
どうせ上の連中は暇しているうちらにこんな雑用させとけば良いと考えたのでしょうね」
「でも、でも、おかしくないの。
あの船は航宙フリゲート艦だよ。
それをうちらだけで曳航させるなんて」
「マリア、曳航じゃないよ、回航だよ」
「何が違うんですか」
「あの船を自走させて運べって言ってるんだよ、ケイト」
「あの船をうちらだけで」
「実際に運んできたじゃん。
上もそれを知っているから命じたと思うよ」
「まあ、そんなとこかな。
とにかくあの船に戻らないと話にならないな。
カスミ、悪いが至急移動手段を見繕ってくれ。
どうせ定期便経由でルチラリアに行って軌道エレベーターあたりのルートだろう」
「ここから宇宙船で運んでもらえなければそれしかありませんね。
幸いここは総務部ですからすぐにでも手配はできるでしょう。
全員分の手配をしてきますね」
そういうとカスミは出て行った。
「さあ、次にここに来るのはいつになるか分からないので、部屋をきれいにして明け渡すぞ。
もしかしたらあの新しめの船に修理後も乗れるかもしれないからな」
「どうせうちらにはそんなの回ってこないよ。
まあ、仕事と言われればやらない訳にはいかないけれどもね」
「そういうことだ。
またよろしく頼むよ、メーリカ姉さん」
「ああ、それじゃあ、カスミが戻るまで掃除しておくよ」
「「「はい、メーリカ姉さん」」」
色々と手配が大変だったようで、カスミは部屋を出て行ってから1時間後に帰ってきた。
「隊長。
1時間後に民間の輸送船がありましたので、乗せてもらえることになりました」
「民間?
どこの港に行けばいいんだ」
「ファーレン宇宙港で大丈夫です。
民間と言っても軍の仕事をしているやつで、ファーレン宇宙港からルチラリアに戻るやつでした」
「そうか、わかった。
それじゃあ、ここの掃除も終わったことだし、持ち物を持ってファーレン宇宙港に集合だ。
取り敢えず、ここは解散としよう。
後で港でな」
「「「はい、隊長」」」




