大人たちの悪だくみ
今関係者を集めての会議がそれだ。
「大事なのはこれからだ。
わがコーストガードはどうするかということだ」
総監の問いに監査部長が答えた。
「明らかに我々の側に瑕疵が判明した以上、処罰は必至ですね」
「その処罰が問題だ」
「だいたい何についての処罰だ」
「ここで絶対に触れてはいけないのが、囮作戦だ。
こればかりは国に知られる訳には行かない」
「いや、国よりも世論だ。
世論に注意しないと、国がひっくり返るくらいのインパクトがある」
ここで言われている囮作戦というのが、あの輸送船の詳細な運航計画を海賊に流したことだ。
元々は海賊たちがどこから仕入れたのかこの輸送船の計画を知ったことから始まった。
知ったと言っても大まかの計画で、襲撃が成功する確率はかなり低いと思われるような内容だった。
そこで、コーストガード側が海賊たちの行動を自分らの都合に合わせて動かそうと、詳細な計画を流したことから始まる。
元々あの辺りはレーダーも無線も使えないエリアが広がっているので、目視でしか発見できない。
なら、広い宇宙で確実に見つけられるように、海賊が輸送船を襲う場所をコーストガードの方で誘導させるために流したのだ。
これなら、輸送船の航路に沿って探していけば必ず海賊を見つけられる。
確かに第三機動艦隊は海賊の発見には成功したのだ。
問題は発見した後に逃げ出したことだ。
そもそも軍やコーストガードは、圧倒的に不利な状況でも、逃げ出すことは許されないことになっている。
しかも、今回はほぼ同程度の戦力での逃げ出しなので、どう考えても行動を正当化はできない。
そこで、現場の三人からは虚偽の報告がなされたのだろう。
ナオたち第二臨検小隊の生存は絶望と思われたので、それこそ『死人に口なし』とばかりに三人が同じ供述をしたので、一応の真実味があった。
ナオたちが生きて保護されるまではだが、こうなると全てを明らかにされてしまう。
最低でも囮作戦だけは隠し通さなければならないので持たれた会議だ。
「何か妙案はないかね。
このままだと王室の査察部にばれるぞ。
そうなれば警備隊そのものが破滅だ」
『そんな原因を作ったのはあんたたちだろう』とこの会議に出席している事務官たち全員が思ったのだがさすがに声は出さない。
今この場で震えているのはこの計画を進めていたラインと呼ばれる現場責任者たちだ。
全員が全員軍からの出向か転籍組だ。
彼らの考えは、この機会に大きな功績を立てて軍への復帰か自分らを追い出した連中を見返すためだった。
ここで、監査部長が声を掛けた。
「やはり目に見える形で処罰は必要でしょう」
「き、き、君は総監に責任を取れと……」
「総監にはしかるべき責任は取ってもらわないと、この件は収まりませんが、何も責任を取って辞任しろとまでは申しません。
総監が取るべき責任は部下の監督責任だけと申し上げます」
「どういう事かね」
「はい、例の囮作戦については、我々全員は知りませんし、そもそもそんな計画はありません」
「な………」
「今回の責任の所在は業務放棄と無謀な命令に対しての2点です。
これについては現場にいた最高責任者のアッシュ提督が負わねばなりません。
また、基本法にあります、部下を死地に追いやる命令にたいしてポットー司令やダスティー艦長も相応の責任を取るべきです。
この三人については正式に査問委員会を開きその結果をもって陛下に奏上して総監自らご説明に上がる必要があります。
その際に、監督責任として総監自ら相応の責任を取る格好で陛下に許しを請うしかないと考えます」
「君はそれで今回の騒動が収まると思うかね」
「いいえ、まだ足りません」
「ここで世論操作が必要になります。
そう思いませんか総務部長」
ほらきた、こんな面倒ごとを俺に押し付ける。
世論操作などは広報など使える手段を総動員しても成功するかどうかなのだ。
そうなると俺の仕事の範疇になるが、胃が、胃が痛む。
「今出た三人の扱いだが、どの程度が妥当だと思うかね」
「ハイ、査問委員会を開いた結果によりますが、相当に重くしないと王室が納得しません。
そもそも無い筈の囮作戦も知る所になるでしょうから、それを見てみぬふりをしてもらわないといけません。
そのためにはお三方には降格は必至ですね。
その上で、退職金返納の上、依願退職でしょうか」
「そ、そんな重い処罰が……」
「それでは三人が納得しないのでは」
「虚偽報告が判明した時点で、それくらいの処罰はあってもしかるべきかと。
それに軍出身ならご存じでしょうが、軍なら明らかに軍法会議ものです。
しかも、最悪、最高刑すら考慮される案件ですよ。
なんならあのお三方を一度軍に戻した上で、軍法会議で処罰を決めてもらいますか。
可能かとは思いますが、これだと総監も無傷とはいかなくなるかと思います」
「分かった。
内部がこれにより要らぬ混乱が生じないように手当てをしておいてくれないか、総務部長」
更に面倒ごとを押し付けられた。
「方針としてはこれで行こう」
「ちょっと待ってください。
今までの事だけでは国民に対しては足りません。
現に輸送船が襲われたのですから。
ですので、国民の目を他に向ける必要があります」
「どうしろというのかね」
「英雄が必要です。
海賊に襲われた輸送船を圧倒的不利な状況で救った英雄がいるじゃないですか。
彼らに叙勲のお願いを王室にしないといけないかと思います」
「この案件も総務部扱いか。
仕事が多くなるが頑張ってくれ」
「ちょっと待ってください。
今の話だと、ダスティー艦長にも英雄に対して命令を発したという功績が発生しますが、それでいいのでしょうか。
ダスティー艦長だけが功罪合わせて減刑されるようならアッシュ提督やポットー司令が黙っているとは思いませんが」
「どう思うかね総務部長」
勘弁してくれ、これ以上俺にどうしろというのだ。
え~い、どうとでもなれだ。
要はブルース少尉たちには功績を賞させて、その功績をダスティー艦長が少しでも得られなければ良いだけだろう。
「無理を承知で申し上げます。
ブルース少尉たちだけに功績を認めるのなら、命令を受けた時点まで遡り、ブルース少尉を異動させてはどうでしょうか。
直属の上司と云うだけの功績なら、功績が発生した時点での上司でなければ良いだけです」
「そんな無茶苦茶な」
「ですから無理を承知で申し上げたまでです」
「ちょっと待て、案外行けるのでは。
法務部長、この場合問題が出るか」
「少しお待ちください。
………
結論から言いますと、法律的には時間を遡っての異動命令は違法ではありません。
また、ここコーストガードの就業規則にも抵触しませんので、可能かと云えば可能です。
しかし……」
「ああ、前例がないという奴だな。
この際構ってはいられない。
直ぐに手配しろ。
人事部長、良いな」
「辞令を作るだけならすぐにでも出来ますが、組織内での混乱を考えますと正直不安が残ります」
「多少の混乱は今回の一連の騒動の処理で押し切れ」
「分かりましたが、異動先は如何様に」
「ここは司令部付きが妥当か」
「いえ、そのようなことが許されますでしょうか。
もし、司令部付きにしますと、功績の一部は司令部にも発生します。
ご自身で処分を下すのに、他から文句が出ないか心配です」
「………
え~~い、分かった。
この際前例が無いのだ。全員総務にでも付けろ。
あとは人事と総務とで決めておけ。
良いな。
これで解散とする」
そんなことがあり、前日まで、人事と折衝を重ねて無理筋なのは百も承知だが、総務部付きの実働部隊を誕生させたのだ。
質問が出たが、俺ですら何をやらせたらよいかなど思いもつかない。
どうせ、上から何か言ってくるだろうからそれまで飼い殺しを覚悟しておけ。
そう言えたらよかったのにな。
そんな俺の苦労が少しでも汲んでもらえればな~。
総務部長のボードンはナオたちに辞令を渡して逃げるように部屋を出た。
その彼を副部長が捕まえる。
「部長、総監がお呼びです」
「用件は分かるか」
「先ほど査問委員会の結果が出ました。
ですので、その件かと」
ああ、分かった。
これをもって陛下に言い訳に行くのだな。
となると俺はその御守りか。
「分かった、これから総監に会いに行くとするよ。
もし王宮に行くことになるようなら君も同行を命じるから、出かける準備だけはしておいてくれ」
総務部長は彼の期待を裏切らずに総監に連れられて王宮に出向いた。




