第二臨検小隊が受ける初めての臨検
俺は航宙フリゲート艦の艦橋中央部にある一段高い場所の立派な艦長席に座って、ここで初めて指示を出した。
「惑星ルチラリアにある監視衛星に向け出発」
「了解しました。
カスミ、こちらの指示に合わせて出発します」
「こちらカスミ。
了解しました」
「進路***、速度+++。」
「復唱します、進路***、速度+++。
駆逐艦操縦カスミ了解しました」
「発進」
ナオは今幸福の絶頂にいるかもしれない。
ナオの好きな軍の募集ポスターにあった提督席じゃないが、それでも現有艦でもあるコーストガードでは絶対に乗れない新しいフリゲート艦の艦長席で艦長ごっこを楽しんでいる。
襲われた輸送船はナオたちが海賊船に乗り込む直前には現場宙域を離れて首都星ダイヤモンドに向かっていたのでこの宙域にはナオたちが占拠した2隻の軍艦しかない。
その軍艦が並んでゆっくりとナオたちの母港に帰って行く。
しかし、駆逐艦を曳航しているので、速度が出せず、普通なら数時間もかからない宙域からほぼ半日12時間かけてルチラリアに到着した。
結局、海賊と遭遇してからだと優に1日以上は経っていたので、当然襲われていた輸送船はとっくに首都星についているし、アッシュ提督が頼んでいた応援も第三機動艦隊の母港の有るビスマスに到着している。
今首都宙域を挙げて大騒ぎになっていた。
考えたらあたりまえで、囮にされた輸送船が運んでいた貴重金属のスカーレットメタルだけでも100Kg近くあった。
金額ベースでも300億ゴールドはくだらない金額になり、金額もそうなのだが、大騒ぎになる理由が、この金属は産業界では今や欠かすことのない金属で、これが奪われれば、少なくとも首都の宇宙産業関連の工場は1か月近く停止してしまうくらいのインパクトがあった。
その輸送船が昨夜遅くに首都星に着き、襲撃の有ったことを関係機関へ報告された。
またこれに先立ち、第三機動艦隊からの海賊菱山一家のカーポネがその輸送船を襲っている事実が報告され、ただちに第一機動艦隊へ応援命令も出されたばかりだった。
そんな慌ただしい状況が首都宙域全体に広がっていた。
少なくともコーストガード全体で、逃げたカーポネの捜索を始めていた。
軍も協力をして、手の空いている艦隊を出して海賊を捜索していた。
そこまで艦船を出して捜索していたのだが、広い宇宙で発見の可能性は無いに等しい位だし、何より超新星ウルツァイトの影響で、特にルチルとの間の宙域ではレーダーや無線の利かない空間が広がっている。
結局何も見つからないで時間ばかりが過ぎて行った。
そんな中をのこのこと海賊船を使って母港近くに帰ってきたナオたちは、この騒ぎに直ぐに取り込まれた。
元々レーダーも無線も使えない宙域を非常にゆっくりとしたスピードで向かっていたので、船の中では本当に暢気なものだった。
母港の有るルチラリアにあと2時間という距離までくると、きちんと仕事をしていた監視衛星に発見された。
そうなると、発見した監視衛星では大騒ぎになる。
まだこの時点ではナオたちが乗っているとは知られていないし、まだこの距離では無線が使えなかった。
これは恒星ルチルの太陽風の影響で、普段は十分に無線が通じる距離なのに、運が無かった。
この場合誰に運が無かったかというと、多分両者だろう。
監視衛星では光通信で、ルチラリアに連絡を出して、惑星の反対側なら無線が通じていたから、そこから連絡が付く艦隊を探した。
たまたま付近を航行中の第一巡回戦隊を捕まえることができたので、該当宙域への派遣を要請し、要請を受けた第一巡回戦隊が現場に急行してきた。
ナオたちは毎時1AUでの移動に対して第一巡回戦隊は最大船速の5AUで急行してきたので、目的の監視コロニー衛星まであと一時間のところで第一巡回戦隊と遭遇し、ナオたちは巡回戦隊から停船を命じられた。
「隊長、あれ第一巡回戦隊だよね。
私知っているよ、『アカン』と『クッチャロ』だよね」
「ああ、でもあれ、私たちに停船を命じて来たヨ」
「おい、停船を命じられたら直ぐに停めろよ。
敵と間違われるぞ」
「分かった隊長。
カスミ聞こえる。
停船するよ」
「聞こえているよ。
停船します」
「隊長、あれ」
船が止まってから、何かを発見したメーリカが俺に言ってきた。
「ああ、分かっているよ。
まあ当然の処置だろうな」
「まさかね~、私たち第2臨検小隊が他の隊に臨検を受けるとはね。
冗談だとしても、笑えないよね」
「何馬鹿言っているんだ、マリア」
「は~い、隊長」
「メーリカ姉さん、臨検に備えてくれ。
カスミ、聞こえるか」
「ハイ、隊長。
何ですか」
「臨検を受けるから、そちらの指示に従ってくれ。
あと、臨検隊が来たら、捕虜と死体もその場で引き渡せ」
「え、ええ~。
それって……」
「ああ、いい顔されないがそれが俺らの仕事だ。
まあ受けた方はびっくりだろうがな」
「それって恨まれませんか。
私たちって、ただでさえ要らない子と言われているのに」
「どうかな。
でも、今の俺らは漂流者とそう変わらない。
組織として働いている上級の部署に仕事を引き渡さないと、後でもっと面倒になる。
多分俺だけだけどな」
「それって隊長の面倒を私が代わるって話じゃないですか」
「ああ、そうだな。
こちらの臨検の許しを得たら俺もそっちに行くからそれまで我慢してくれ」
「分かりました。
船を止めたから仕事もないですし、臨検と隊長をお待ちしております」
船を止めたら俺らにはやる事が無い。
なので、ここは勉強とばかり、第一巡回戦隊の先輩たちの仕事ぶりを観察することにした。
俺たちの前に現れた第一巡回戦隊の2隻の航宙フリゲート艦は実に絶妙な位置取りで、俺らの進路をふさいだ。
船が停船したことを確認にすると、二隻の航宙フリゲート艦から同時に内火艇がこちらに向かってくる。
「臨検の時って、二隻で同時にするものか」
「普通はそうですね」
「姉さん、普通じゃないですよ。
決まりで、そうしないといけないんです」
「あれ、そうなの。
ならなぜ海賊相手の時に俺らだけだったんだ」
「それはアレですね」
「アレだろ」
「だから、アレってなんだ」
「ポットー司令の計略??」
「ポットー司令が逃げるためだろうな。
俺たちを向かわせたら一応の言い訳が立つとか」
「聞かなきゃよかったよ。
あ、着いたようだ。
後部ハッチを開けておいてくれ」
「ハイ、分かりました」
「それでは、ここはメーリカ姉さんに任せて俺は後部格納庫に行くよ」
「それじゃあ、私がお供します」
ケイトが俺に付いてくると言ってくれた。
「ケイト、数人連れて行けよ。
格好がつかないからな」
後部格納庫につながるエアロックエリアの内側で臨検隊が来るのを待った。
「我々はダイヤモンド王国首都宙域警備隊だ。
船長に会いたい」
入ってきた臨検隊の隊長だと思われるコーストガードの少尉の階級章を付けたおっさんが型通りの挨拶をしてきた。
おっさんは、ケイトたちのスーツを見て驚き、所属の確認を始めた。
「え?
君たちはいったい、どこの部署のものだ。
所属と階級、姓名を述べよ」
俺を無視する格好で、いきなりケイトに尋問口調で始めた。
ケイトは驚き俺の方を見るが、俺が静かにうなずき、ケイトに質問に答えるように促した。
「私たちは第三巡回戦隊、航宙フリゲート艦『アッケシ』所属、第2臨検小隊 曹長のケイトです。
第一巡回戦隊 第一臨検小隊の皆様をお待ちしておりました、少尉殿」
「え?
ロストしたと報告のあったあの……
まあいいか。
この船の船長と、君たちの隊長にお会いしたい。
案内をお願いできるかな」
「え?
隊長ならそこに…」
ケイトが困りだしたようなので、俺が一歩前に出て第一臨検小隊の隊長に敬礼をして自己紹介を始めた。




