面倒な曳航作業
「あとどれくらいかかりそうか」
「あ、隊長。
無理言わないでくださいよ。
それはやってみないと分からないよ」
「オイオイ。
忘れてはいないかと思うが、お前、さっき生命維持装置がもうじき止まるとか言っていたぞ。
まあ、まだあの時から1時間もたっていないから、早くとも3時間くらいの猶予はあると思うが、大丈夫か」
「あ!」
「おい、マリア。
なんだよ、そのお前の『あ!』は。
さては忘れていたとは言わさないぞ。
お前、趣味に走って余計なことをして時間を潰すなよ」
「分かっていますよ、メーリカ姉さん。
これから簡単に調べて、まずは予備の稼働を優先させますね」
「おい、カオリ、聞こえるか」
「ハイ、隊長。
なんですか」
「お前が忙しいのは分かるが、悪いけどマリアの暴走を監視してくれ」
「ちょ……それは無理かも」
「大丈夫だ。
ダメなら傍にいるケイトに言えばすぐにでも止められる。
何なら落としても構わないと言ってくれ」
「隊長、もう勘弁してくださいよ」
とにかく、マリアたちは機関室で、今回の海賊が取った不可解な行動の原因を探った。
原因はすぐにわかった。
海賊たちの無理な操作で、エンジンが壊れたために、逃げ出したということだったが、問題は、メインのエンジンが完全に壊れたことで、色々と重要な装置、特に空気などに関する生命維持装置や人工重力に関する装置の作動に問題が出たことだ。
海賊たちがさっさと逃げ出したのも、この生きていくうえで重要な装置のアラートが出たことで慌てて逃げたようだった。
艦橋の方でもエンジンを止めたことで、今まで一斉になっていたアラートのほとんどが止まり、船内センサーなど、いくつかの監視システムが使えるようになったので、メーリカたちが手分けして艦内のスキャンを始めていた。
「予備エンジンを作動させないとね」
「マリアさん。
その予備エンジンですが、直ぐには無理ですよ」
「なんで?
それまで壊れてはいないよね」
「ハイ、でも予備エンジンの燃料タンクにエラー表示があります。
『エンプティ』だって」
「え~~、燃料切れなの。
直ぐに予備エンジンの燃料タンクに燃料を回さないとね。
それには、このマニュアルでは、え~~とね、リザーブタンクから非常燃料弁2番を開けばいいんだ。
アオイ、非常燃料弁2番ってわかる?」
「ええ、分かりますけど、このリザーブタンクにも燃料が入っていないようですよ」
「そ、そんな~。
そこからなの。
それじゃメインタンクからリザーブタンクへの燃料の移送はって、エマージェンシーポンプ2号を作動させて移せばいいのね」
「え?
マリアさん。
今の電池状況で、ポンプを動かしても大丈夫ですか」
「え、あ、あちゃ~。
そうでした。
そうなると、非常用電源の確保が最初か。
非常用発電機を動かすか。
しかし、そうよね。
あの海賊さん達って、ここまでいい加減なことしかしてなかったもんね。
非常用発電機用の燃料も空よね」
「ハイ、しっかりと空です」
「マリアさん。
ダメコンにありませんかね」
「あ、そうよね。
流石に海賊さんだってダメコンはしっかり用意しているよね。
直ぐに調べて。
これくらいの船なら、修理用の工具を動かすのに発電機も一緒にある筈だから」
ちなみに、ここで言われているダメコンとはダメージコントロールの略で、戦闘を生業とする艦船では非常に重要な要素である継戦能力に直結するものだ。
早い話が攻撃などで壊れたところを応急的に修理することを言う。
現場などではしばしば略されて話されることがある。
「マリアさん、ありました、ありましたよ。
燃料も満タンですし、直ぐにでも使えます」
「良かった。
それじゃあ、バッテリーの傍まで運んで、充電端子につないで運転して頂戴。
燃料が満タンなら5時間は運転できるから、これで、燃料用ポンプを回せるわ」
そんなマリアたちの普通ならありえない尽力によって、航宙フリゲート艦は予備エンジンまで動かすことができた。
マリアが応急措置をしている間に俺はワイヤーを使ってフリゲート艦に移った。
「隊長、この後どうします」
「え?
アッケシのところまで戻るだけだろう。
それにしても、あれから何も言ってこないね。
あ、通信が使えないんだっけ、ここ」
「それもそうだけど、アッケシならとっくに逃げたよ」
「え?
なんで、俺らを置いて逃げたの」
「ええ、気持ち良い位に下種の判断でね」
「私見ました。
私たちが発艦したらすぐにこの宙域を去ったのを」
「だからどうしますかと聞いたんですよ」
「これも動くんだよね」
今、俺は航宙フリゲート艦の艦橋でこの先のことについて話している。
駆逐艦の方にはカスミの他にはメーリカさんの部下数人が詰めている。
「ハイ、こちらの方がスピードは出せますよ。
整備状況はどちらも同じようにほとんど為されていませんので長距離となると不安がありますが、これなら3AUまでは出せそうですね。
この船、きちんと整備された状態では6は出る筈ですから、その半分も出せる予備エンジンて凄いですね」
「あれ、この船であの船を曳航ってできるかな」
「あの船って、あのオンボロ駆逐艦ですか」
「置いていけば良いじゃ無いのか」
「メーリカ姉さん、捕虜を移し替える気力ある」
「すみませんでした。
マリア、どうなの」
「え、こっちにあたらないでよ、メーリカ姉さん。
あ、そうそう、質問の答えね。
普通の曳航は無理でしょうね。
ここではそう言った部類の物は全く使えないから、曳航用のレーザーロッドを出してもほとんど力を発揮できないよ。
あれもレーザー光を使うから」
「マリア、物は相談なんだが、今2隻は接舷しているよな」
「え~、それって、もしかして」
「ああ、もしかしてだ。
こういった場合のレスキュー設備もあったはずだよな」
「あの接岸舷ワイヤーを使うのですか。
あれ、こんな宇宙空間では面倒なんですけど。
危険防止のためにリモート操船用の通信ケーブルも繋がないといけないし」
「なんだ、できるんだ。
それをやるぞ」
「え、私はできるとは言っていませんよ。
メーリカ姉さん」
「面倒なだけだろう。
みんなでやれば早くできるさ。
そうと決まればやるよ。
全員でかかるからね。
あ、隊長はここで指示ね。
向こうにはカスミもいるし大丈夫だね」
結局この後5時間かけて、船首、船中、船尾にそれぞれ2本づつのワイヤーを渡して6本のワイヤーで船を繋げた。
残念なことにリモート通信ケーブルはケーブルを繋げることはできたのだが、通信がうまくいかずにリモート操船は諦めた。
幸い両艦橋には音声通信が可能であるために、両方で、細心の注意を払って操縦することになった。
この場合の操縦で難しい方の駆逐艦には幸いなことにカスミがいる。
うちの隊員の中で一番操縦が上手な人間だ。
しかも、マリアとはかなり長い付き合いもあるので息もぴったり。
ちなみにフリゲート艦の操縦をするのがマリアだ。
「で、隊長、この後どうする」
「アッケシがいないんじゃ一番近くの政府機関に出頭だな。
運の良い事に、ここはうちの母港の有るルチラリアに近いからそこに行こう」
「え、え、でも隊長。
この船で惑星に降りるのはあまりに無理があるよ」
「そりゃあそうだ。
近くまで行けば、監視衛星があるだろう。
そこに行けば通信も通じるし、その後のことは上の指示を待てばいいよ」
「分かった、それじゃあ行きますか」
「あ、ちょっと待って。
こんな機会でもなければ艦長席に座れないから、気分だけでも味わいたい」
「隊長~、何する気だ」
俺の話で周りが引いてしまった。
でも、どうせすぐに死ぬ身だ。
艦長席に座るなんてこの先ありえないから、気分だけでも味わってもいいよね。




