エンジンが壊れた
そんなのお構いなくマリアが叫ぶ。
「艦長、あれなんだと思う」
マリアの指さす方向を見ると、先に海賊船を発見した監視用のモニターだ。
そのモニターに映る海賊船の艦橋付近からしきりに点滅する光が見える。
「ああ、あれな、多分だけど、信号だと思うよ。
あらかじめ決められた符丁を送っているんだろう」
「どうしよう、こっちが敵だと分かっちゃうよ」
「ああ、もうバレているんだろうな。
あ、こっちの意図も察したようだな」
しきりに味方に合図を送るが一向に返事が無い船が、こちらに向かって船を進めて来る。
海賊船の艦橋に居た連中はさぞ不安になっているだろう。
その海賊たちが乗る航宙フリゲート艦『ブッチャー』ではこのような事態を迎えて大騒ぎだ。
「兄~、どう思いやす」
「確かにおかしいな」
「まさか失敗したんじゃないでしょうか」
「バカ言え。
あの内火艇では40も入れば良い方だぞ。
駆逐艦には100は居たんだ。
それもあのやわなコーストガードが相手で、数に勝っているのにあいつらが負ける訳ないだろう。
なにより艦長が直接指揮とっているんだぞ。
どう考えても負ける要素が無いだろう」
「それじゃあ、今向かってくる船は艦長が操縦していると」
「いや、それもおかしいな。
艦長なら、約束通りに合図を送り返してくるはずだ。
仮に、仮にだぞ、艦長が合図を送れない状態でも他の誰かが送ってくるはずだ。
なにせいつも使っている合図だし、誰も間違えるはずは無い」
「それじゃあ、あれをどう考えやす。
あの船には合図を送れるものが無いとか」
「それこそないぞ。
全員のパワースーツに持たせてあるだろう。
誰のでもいいからそれを使えば済むことだ」
「艦橋には誰もいないとか」
「そんな馬鹿な、それこそ幽霊船だ。
アハハハ」
「幽霊船ね……
兄~、あの船、一直線にこっちに向かって来やす」
「当たり前だろう、合流するんだから」
「ち、違う。
この船にぶつける進路だ」
「「「え?」」」
艦橋居る海賊たりは一瞬言葉を飲んだ。
次の瞬間、叫んだ奴の言葉を理解した。
それもそうだ、最初にカーポネの親父に命じられた作戦と同じなのだ。
「て、敵襲~~」
「兄~、どうしやす」
「回頭、全速。
衝突を避け、逃げるぞ。
とにかく急げ~」
「進路180度回頭、全速前進」
海賊たちは慌てたのだろう。
船の速度操作を担当している者は直ぐに命じられたようにエンジン出力レバーをレッドゾーンに操作する。
操縦かんを扱うものはそれよりも遅れて回頭作業に入る。
順番が逆ならまだ影響は少なかっただろうが、この手順だと最悪の結果を招く。
船が大きく進路を変えるときに外側に向かう慣性力(この場合遠心力と言った方が分かりやすい)が船の速度が上がればより大きく発生する。
始めに回頭による慣性力を感じれば、船の中に居る者たちは、回頭作業に入ったことを察し、それなりに態勢を整えるものだ。
艦橋に居る連中はどのような力が加わるかが予め指示が出ているので、直ぐに回頭すると分かっている分だけまだましなのだが、それでもかなりの数の海賊たちは床にたたきつけられた。
他の部署に居る連中はいきなりの慣性力に耐え得る筈がない。
ほとんど全員がその場で投げ出され、床にたたきつけられている。
また、エンジンもほとんど最小出力運転に近い状態からいきなり出力140%は出している。
普通戦闘時には出力を120%くらいまでは出すことはあるが、それこそ緊急事態でもなければ140%もの出力は出さない。
普段絶対に出さないエンジン出力を、エンジンが暴走する寸前くらいまで出した。
急に加わる慣性力と、完全に過負荷となる出力の放出。
こんな条件が加われば大抵の機械は壊れる。
その大抵の機械にこの船のエンジンも含まれたのだ。
ものすごい音とともに艦橋にあるモニターに一斉にアラートが表示し始める。
「な、何が起こった」
倒れた体を起こしながら兄~と言われたこの場の責任者が辛うじて声を上げた。
「兄~、大変ですぜ。
エンジンが壊れた。
この船が動かない」
「そ、そんな訳……」
その言葉を発したが、目にするモニターは一斉に真っ赤になり、船の加速が止まる。
それと同時に、人工重力も徐々に弱くなる。
重力を発生させる装置にも不具合が発生したようだ。
あちこちから不具合が発生する警告が入って来る。
「兄~、生命維持装置も緊急バッテリーに切り替わった」
「どれくらい保つのか」
「そ、そんなの知らないよ。
これ奪った時の乗員をその場で全員殺したじゃん。
誰もそんな細かいこと聞いていないよ」
「やむを得ないな。
総員退艦~」
海賊船内では艦橋からの緊急放送で、総員退艦を知らされた。
カタログ上ではこの船の乗員は200名弱ではあったが、海賊とてそうそう人を集められないので、当然乗り込んでいる海賊はカタログに記載されている乗員より少ない。
その上、コーストガードへの攻撃のために70名がこの船から駆逐艦に移っていた為に現在この船には60名前後の人数しか乗っていない。
それが幸いして、少し窮屈ではあったが、内火艇やら艦載機などに分かれて乗り込んで、脱出することができた。
艦橋に居た海賊たちも、艦橋から一番近い場所にあるカタパルトにほとんど転げながら向かう。
普通の船長のように、全員の退艦などの確認はするはずもなく、とにかく逃げ出していった。
一方ナオたちが居る航宙駆逐艦の艦橋では、海賊船の異常を発見した。
海賊たちの異常に最初に気が付いたのはやはりマリアだった。
彼女は監視用モニターで海賊船を監視している。
「隊長、隊長。
あの海賊たち、なんか変」
「ああそうだな、回頭中に回頭が止まったぞ」
「メーリカ姉さん。
それだけじゃないよ。
船からなんだか色々と飛び出してくるよ」
「こっちに乗り込んでくるのか」
「いや、反対方向へ、なんだか逃げ出しているような」
「そんな馬鹿な話があるか。
あっちの方が戦力は上だぞ」
「どうします?
隊長」
「ああ、とりあえずは突撃を中止しよう。
まずは様子を見たい。
マリア、悪いが停船させてくれ」
「分かった。
停船しま~す」
「あ、隊長、あの船どんどん離れていくよ」
「ああ、エンジンを止めても慣性で動くからな」
「隊長、どうします」
「マリア、この船で細かな操縦できるか」
「多分、できると思う」
「なら、あの船に並走させてくれ。
出来れば、そうだな、10Kmくらい離して位置取ってくれ」
「分かった」
時間にして10分ばかり、慣性で動いている海賊船に駆逐艦を並走させた。
「動き無いね」
「どうします、隊長」
「行くしかないかな」
「それしかないでしょうね。
あ、でも隊長はだめですよ」
「パワースーツ使えない隊長はこの船に残って指揮をお願いします」
「ああ、それならマリアの班はこの船に残って非常時に備える。
悪いがメーリカ姉さん。
姉さんの班だけで行ってもらえるか。
多分全員逃げ出したとは思うが、何があるか分からないから」
「私もそれしかないかと思った」
「マリアの使っていたひまわりだっけ、あれメーリカ姉さんの班でも使えるかな」
「大丈夫です。
何度もあれで遊ばせてもらいましたから」
「それなら、マリア。
君の班の使っていたやつメーリカ姉さんに渡してくれ」
「あ、隊長。
今『ひまわり3号』って言えなかったからごまかした」
「良いから、渡せ」
「はい、みんな~、隊長命令だよ。
『ひまわり3号』をメーリカ姉さんに渡してね」
「「「はい」」」
「そうと決まれば、この船をあの船に接舷させてくれ。
ゆっくりで良いから慎重にね」
「任せて、隊長」




