おまけの話:一仕事を終えて
無事にスプートニク伯爵の身柄を確保し、さっさと『シュンミン』に乗せ終わり、その『シュンミン』も首都星に向け出発した後の基地内にある談話室での話。
「やっと終わったな」
「オイオイ、まだ仕事としては始まったばかりだぞ。
気が早すぎる」
「そんなに気を詰めるのも良くないが、そうだな、今くらいは皆で一仕事を終えた喜びを分かち合っても良いか」
「「「わ~、話せますね、トムソン室長」」」
一連の騒ぎの黒幕ともいえるスプートニク伯爵を捕まえたことで、捜査員たちも、少しばかり気が抜けたのだ。
その後、報告書などの雑務に始まり、それ以外の、この星の海賊を探すための捜査をまた始めからしないといけないが、今日ばかりは良いかとトムソン室長も思っている。
今回の騒動は、いわばおまけだ。
はっきり言ってスプートニク伯爵の自爆と言い換えてもいいだろう。
それでも、ここに集う捜査員も、当然監察官たちも相当に頑張って、大物と言ってもいいスプートニク伯爵の身柄を無事に確保して、首都星に送ることができたのだ。
誰でも気が抜けるというものだ。
そんな捜査員たちが自炊だが、簡単な宴を開くという。
それに、監察官たちも加わってちょっとした騒ぎとなった。
「それよりも、今回の話って」
「ああ、あれ完全に自爆だわ」
「相当に焦ったのか」
「スプートニク伯爵の仲間たちも初めから目論見が外れて、相当焦ったのだろう」
「え、何の話だ」
捜査員たちと監察官たちは仲良くなっているのか、情報の交換を始めた。
酒を飲みながらだから、絶対に情報の交換というような上品なものでは無いが、まあ、うわさ話と言ってもいいだろう。
でも、この星では、こんな話はここでしかできない。
だからこそ相当やばい話も出て来たのだ。
「うちの課長が尋問して分かったんだそうですが」
その監察官はそう言ってから話し始めた。
事の起こりは、トムソン室長とナオ司令がスプートニク伯爵に呼び出された時から始まった。
敵である伯爵たちはトムソン室長については海賊捜査の手伝い程度にしか認識していなかったようで、それほど脅威に感じてはいなかったそうだが、司令だけはそうでは無かった。
とにかく航路点検などさっさと済ませてどこかに行ってほしいと最初は考えていたようなのだが、海賊側の要望で、司令を取り込むことになったらしい。
そこであの呼び出しだ。
この星一番のホテルと言っても、地元の最有力者と言ってもいい伯爵だ。
ホテルに対しても相当に無理が聞く。
あの日は、かなり周到に準備がなされて2人を呼び出した。
ホテルのバーなら誰もが安心して酒に付き合うということが前提で計略が組まれていた。
どうにかナオ司令だけを呼び出したかったそうだが、まず呼び出しの大義が無い。
そこで治安相談という形で、トムソン室長と一緒に呼び出した後に、2人を別ける算段だったとか。
この計略は途中まで見事に嵌り、ナオ司令一人になった時から狂いだした。
ナオ司令がホテルのバーでの酒を断り、街中のバーで酒を飲むと言ってきかなかったことから、最終的には自爆と言って良い緊急逮捕となった。
初めの計略では違法薬物入りの酒をホテルのバーで飲ませてから、別室で女を宛がってハニートラップ。
酒と薬と女でナオ司令を取り込む算段はできていたとか。
もし、それでもナオ司令が断れば、保険として違法薬物の使用で、緊急逮捕して、それをネタに脅すなり、それでも落ちないのなら事故を起こす計画だったのだが、ナオ司令のファインプレーで、薬を飲まされることなく、しかもホテルの外に出たことから、連中は慌てて保険を作動させて、あの緊急逮捕になったとか。
「え、それじゃ~、司令を捕まえようとした刑事は」
「ああ、組織の上層部から、保険としての計画を命じられたようだ。
とにかく身柄を緊急逮捕でもして確保した後、事故でも起こそうとしたんだろう」
「それが失敗しただけでなく、その件でかえって監察を呼び込んでしまったために、今度は計略の証拠を消さないといけなくなったんだろうな」
「いや、多分あいつは、保険が発動した段階で、お陀仏は決まっていただろう。
あまりに見事過ぎる。
あいつだって、バカでは無いだろうから警戒位するだろう。
それでも、司令から渡された資料が無かったら俺たちだって事故としか言えなかったんだから」
「ああ、そうだな。
まあ、あいつが事故だろうと他殺だろうと関係なく、監察は事件として捜査を命じるから変わりがないがな。
あの司令の件のお陰で、俺たちは新たに13課までも、それも不自然なことなく呼ぶことができたんだから」
「あいつは無駄死にって訳か。
浮かばれないな」
「もともと治安を守る連中が悪に落ちれば浮かばれる訳ないだろう」
監察官たちから聞いた話だが、スプートニク伯爵は海賊からナオ司令の取り込みを要求されていたようだ。
相次ぐ海賊討伐で、海賊たちの間ではナオ司令率いる戦隊がとにかく邪魔で、その脅威を取り除きたい欲求があるらしい。
今回は、海賊とずぶずぶのジンク星に司令たちが居ることから、できれば取り込んで、より仕事を有利に進めるようにしてしまえと、そんなことを考えた奴がいるらしい。
「しかし、もし仮に司令一人を取り込んで、どうにかなりますかね」
戦隊のことを知る刑事はこぼしていた。
監察官にはその一言が良く分からないようだ。
既に、シシリーファミリーの件で、軍の腐敗も観て来ただけに、トップを落とせば後はなし崩しになるくらいに考えていた監察官は興味を持って先の刑事に聞いている。
「それはどういう意味ですか。
広域刑事警察機構軍では、優れた自浄作用でもお持ちなのですか」
これを聞く監察官には分からない。
軍でも官僚でも、トップの貴族が腐敗すると、その取り巻きに腐敗は広がり、ひいては組織を死滅させてしまうのが常識以前の話だ。
何も監察官だけが持つ考えでなく、まともな関係者なら誰でもが思う処だが、先の刑事は違うというので、それが納得がいかなかったようだ。
この刑事だけが異常で、そんなことを知らない訳では無いが、この刑事に限らず広域刑事警察機構に所属する者たちはナオ司令が率いる軍についても知っている。
なので、この感想なのだ。
監察官と刑事たちとの考えの違いについて、先の監察官はさらなる説明を求めた。
すると、その先はトムソン室長が代わりに説明している。
「監察官殿。
貴方のお考えはよくわかります。
自分たちの組織をよく言うつもりはありませんから先に説明しますが、自浄作用など、うちだって組織だってある訳ではありません。
どちらかと言うと、その正反対に司令の戦隊はあるのかもしれませんが、それでも、司令だけを落としても意味が無いのは…」
そう前置きをしてから説明を始めた。
「司令が急に変わって変な命令を出しても、あの子たちが素直に従いますかね」
「あの子たち?」
「司令の部下たちですよ。
何も司令に部下を率いる能力が無いと言ってるのではないですよ。
正直、私が司令と同じように士官学校を出て、しかも十分な経験を積んだとしても、司令のようにはあの子たちを扱える自信はありませんよ」
トムソン室長はそう言いながら、詳しく説明していく。
そうなのだ。
とにかく、よく言えば自由人、悪く言わなくても、上からの命令をやみくもに聞く連中では無い。
だからこそ、前職であるコーストガード時代では、掃溜め扱いを受けていたのだ。
それに、今の戦隊には、コーストガード時代からの部下だけでなく、正反対と言って良い、貴族階級の出身で、エリート街道の先頭を走っていたカリン艦長を始め、国の超エリート養成課程でもある士官学校を卒業して、同期の中では一番の出世頭でもある士官や、コーストガードのたたき上げだが、それだけに十分な能力と経験を持つ士官までもが集まっている。
少しでもおかしく感じればすぐにでも殿下の耳に入るだろうし、それ以前に、部下たちが言うことを聞かないと説明していた。
「正直、私にはできませんね。
本当にすごい人ですよ、あの司令は。
でなければ、本当に個性的な部下たちが素直に言うことを聞きませんから。
私に代われと言われても、絶対に無理ですね。
私にはそんな器量はありませんよ」
トムソンさんはそう言って締めくくった。
それを聞いても監察官は理解できていないようだが、刑事たちはただただ頷いて納得している。
納得はできなかった監察官だが、トムソンさん達の様子から、司令の軍隊には、貴族からの影響は入りにくい事だけは何となく理解した。
ちょっと不思議な感じの空気が流れた宴となった。
まあ、監察官たちにとって、今回の件は偶然だったが、ビッグボーナスに繋がる成果となる結果に満足している。
しかし、その対極とは言わないが、なかなか海賊にありつけないでいるトムソンさんたちにとっては、おまけの仕事程度の感覚ではあるが、とにかく一仕事が終わったくらいの感覚だった。




