貧乏くじ
見事イレーヌさんの読み通り、宇宙軍は戦隊も、軍警察からもこちらに接触は無かった。
尤も、第13課の監察チームは鳴り物入りでこの星まで来たことを最大限利用して、軍および軍警察を事実上配下に置くことを成功させ、今ではこの星の玄関口として機能している宇宙港に拠点を移した。
今は、宇宙港が事実上この星の治安を預かる総本山の役割を果たして居る状況だ。
俺の方はリハビリを兼ねて事務仕事に励んでいる。
毎日のように上げられてくる報告書や提案書などの書類にサインしたりして4日ほど過ごした。
そろそろ『バクミン』の補給も終え、こちらに向かうと連絡が入り、俺たちも一度宇宙に上がっていく。
まあ、『バクミン』が補給のためにニホニウムに帰っている間は、俺の方が地上で色々と事件などに巻き込まれた関係で、肝心の海賊の捜査の方は一向に進展が無い。
その代わりと言っては何だが、トムソンさん達の方はものすごい。
次から次に不正や腐敗の証拠を見つけて来る。
だが、これらは正直俺たちの手には余る案件ばかりで、見つけてきた証拠の類は右から左へと、先行して進入している第11課の監察チームの皆さんに渡している。
本当は、それらの中に海賊につながる情報を期待していたのだが、俺たちが狙っている海賊たちはここらにいる貴族連中とは違い、えらく慎重な奴らのようだ。
襲った獲物の処理のための海賊との取引に関しての情報もあるにはあるが、全てが貴族側の物しかなく、海賊に関しては全く足がつかめない。
まあ、この星で、海賊に繋がる貴族が掃討できるのなら俺たちの使命の一部は果たしているとはいえ、心情的には納得しがたい。
所詮俺らは海賊を捕まえてなんぼの組織だ。
その気持ちはトムソンさんも同じようで、成果は上げているが納得していないようで、日に日に焦りのような物まで見えてきている。
まあ、俺も含めて殺され掛けたこともあるうえ、今この星にはライバルになるかもしれない軍警察の捜査まで始まっている。
組織は派閥に関しては関心が無かったと思ったのだが、そこは人の子、今の状況は微妙のようだ。
それでも俺たちは情報を隠すようなことはしないし、軍警察から派遣されている人たちもそう言った政治向きには一切関心が無いような優秀な人ばかりのようだ。
ある日、ライバルになる筈の軍警察官が監察官に連れられてやってきた。
現在、大手を振って表世界で捜査している第11課の課長が1人の軍警察の士官を連れて俺の前にやってきた。
「司令、少々お時間を頂けないでしょうか」
その課長はやたら丁寧に俺に聞いてくる。
「構いませんが、捜査の件ですか」
「はい、そうですが」
監察の課長がそう言うので、俺はトムソンさんを呼んで、一緒に話を聞くことにした。
すると監察官は、最初に連れて来ている軍警察の士官を紹介してくれた。
この星に派遣された第二艦隊をテリトリーにしている第二艦隊軍警察局の第三保安機動隊の小隊長だと言う。
彼の言う処によると、機動隊員たちは上からの指示により、こちらで指揮を執っている部隊の指揮下に入るのだというのだ。
え、俺たちのライバルとして捜査してくれるのでは。
彼の話によると、どうも違うらしい。
彼の所属する軍警察は、この国ではかなり少数派に属するまともな組織であることはそれなりに有名で、おおよそ組織的に不正などの不祥事を起こしていない。
そんな組織ですら、これぞお役所仕事の極みと言う感じのようなことを正直に話してくれた。
彼の人柄のなせる業なのだろうか。
上層部は軍のトップ付近からの命令で、嫌々ながらの派遣だという。
ここで、軍警察からそれなりの役職員を派遣すると、責任を持って処理しないといけなくなるから、機動隊の小隊長を小隊ごとこちらに回してきたそうだ。
たかが少尉の役職では大したことができ無いので、既に王宮からも人が出されていると聞くからそちらの傘下に加わり、嵐の過ぎるのを待てと命じられてきたそうだ。
彼が言うには今回派遣されてきたのは、第二艦隊から一個戦隊規模で、それには上陸戦隊1個中隊を含んでいるそうだが、戦隊司令に地上での指揮権を渡されていないそうだから、今回連れて来た宇宙軍の陸戦隊については私から要請する格好で使ってくれと言っている。
え、どういうことなの。
俺が疑問に思うのも不思議ないことで、第11課の課長も同様の疑問を持って、直接戦隊司令に問い合わせを行ったそうだ。
すると、私は陸戦隊と、軍警察を連れて来ただけでそれ以上でもそれ以下でもないというのだ。
彼は職務怠慢で言っている訳では無く、ジンク星での軍の指揮を執ることが許されていないとか。
だが、上からの命令で陸戦隊を連れて来た以上、彼らの扱いについて、軍警察に任せたと言っている。
その軍警察でも、最上位の階級が少尉とあっては大尉が指揮する陸戦隊への指揮権が無いので、要請を出す格好で、陸戦隊が動けると言っている。
いったいどうすればこんなことが起こり得るのか。
これぞたらいまわしの原理、お役所仕事の極み、事なかれ主義の権化色々と言葉だけが俺の頭に浮かぶが、それで俺にどうしろと。
「そこで、司令は一軍の指揮官でもありますし、この際面倒を見てもらう訳には」
え、監察でもお役所仕事。
この国の最後の砦、国の良心と言われているはずの監察官でもお役所仕事、面倒ごとは他人へって感じか。
「流石にそれはどうでしょうかね。
私の仕事場は宇宙空間ですし、でも、応援まで呼んで放って置く訳にも行きませんよね」
「司令、お話が」
俺の秘書官であるイレーヌさんが小声で俺に話しかけて来た。
「司令、今この星には治安警戒令が施行されております」
彼女が言うのには、軍の管轄にこの星の全ての政府機関が統治されていることになっている。
実際には、今まで通りこの星のお役人がお仕事をしているだけだが、軍からの命令は無視どころか、絶対力を持つそうだ。
俺はトムソンさんに相談してみると、案外使えそうだと言っているので、軍警察の事務所もここに置いてもらい、共同で捜査に当たることにしてもらった。
「え~と、少尉。
私は広域刑事警察機構の戦隊司令を拝命しているナオです。
先の件ですが、我々に協力をお願いする格好で、共同して今のややこしい状態をどうにかしていきませんか」
「司令殿。
分かりました。
只今より、私は司令の指揮下に入ります」
あらら、とうとうやっちゃったよ。
俺は別に責任を取りたがらないから避けていた訳では無いが、俺が一々地上の件で命令を出せる筈も無い。
となると、トムソンさんに丸投げっと。
「分かりました。
では、少尉。
すまんが少尉の名は」
「あ、失礼しました。
第二艦隊軍警察局、第三保安機動隊の小隊長シャー・チクと申します」
「では、シャー少尉。
貴殿はこれより、広域刑事警察機構の捜査室長の指揮下に入り一緒に捜査に当たってくれ。
ただ、捜査室長率いる捜査員はこの星の上層部に対して秘密となっているので、今後は第11課の監察官と一緒に、表立って捜査していくことになる。
ああ、そうだ。
今度ここに君の指令事務所を作ると良い。
宇宙港では軍が仕切っているのだろう」
「はい、出入国などは軍の方で受け持ってもらっております。
また、宇宙港の警備に陸戦隊もついておりますし、ここの警備は我々が行いましょう」
それから、色々と監察官を交えて話し合いが持たれた。
第13課については軍警察にも秘密扱いにしているが、実際に人が出入りしているので、どこまで秘密になっているかは不明だ。
今回軍警察からは2個小隊が派遣されてきたそうだが、それらをシャー少尉が監督することになっているとも言っていた。
これもあの資質がなせる業なのか、第二艦隊軍警察局が保有している保安機動隊の小隊は第一から第四までの四つあり、全てを出すと不安が残るから半分の2個小隊をこちらに回しているそうだが、そう言う場合に、保安機動隊は分中隊として2個小隊を一まとまりとしている。
第一小隊と第二小隊を中隊長が、第三及び第四を先任でもあるシャー少尉が見ているとかで、今回もその貧乏くじを見事に彼が引いたという訳だそうだ。
彼も貴族階級には全く縁のないどちらかと言うと俺に近い出のようで、そう言う貧乏くじの命中率は見事しか言えないくらいだと。
そのとばっちりを良く一緒に受ける第四小隊の隊長が後日教えてくれた。




