作戦ベータ
メーリカ姉さんの戦隊全体に対する命令で目標艦を囲んでいる艦載機は威嚇行動に移った。
明らかに効果は期待できないが、威嚇のためのパルサー砲を次々に目標艦に向け撃ち始め、艦載機の隊長格であるボーロが光子魚雷を目標艦直ぐ傍で爆発させる。
これで威嚇には十分な効果はあるだろう。
艦載機が目標艦の足止めを行っている最中に、『バクミン』からはニホニウムの本部で積み込んだ新兵器である、機動隊期待の星の『ムソウ』改(いい加減に名前つけてほしいのだが)を発進させた。
これには定員の上限であるフル武装の機動隊一個中隊60名がアイス隊長と共に乗り込んでいる。
また、『バクミン』からだけでなく『シュンミン』からも内火艇がいつものメンバーを乗せ発進して先行する『ムソウ』改を追いかける。
これで、臨検に臨む人数が機動隊だけでも90名、そのほかに保安員や捜査員を含め120名が目標艦に向かった。
俺の席からは逐一、光学装置で捉えている映像が送られてくる。
「さあ、俺たちも近づくぞ。
メーリカ艦長、戦隊を目標艦に横付けできる距離まで近づけてくれ」
「了解しました。
先行する内火艇が目標艦に張り付き次第、艦を進めます」
これでとりあえず、俺の仕事は一段落だ。
あとはしばらく部下たちを見守るだけで、俺にはやる事が無くなった。
そうなると、色々と考えが浮かんでくる。
そんな様子を傍で見ているうちの連中は、よく俺に対して良くない話を噂している。
学のある奴なんかいない筈なのに、どこで覚えたのか『小人閑居して不善をなす』なんていうのまで現れた。
これって、間違っても目上に使って良いセリフじゃ無い筈なのに、だが何と言われようとも俺はそんなことにお構いなしに、メーリカ姉さんを捕まえて相談を始める。
「先行で機動隊が入るから、うちからも人を出して乗り込もう。
メーリカ艦長、悪いがマリアとケイトにあと数人の部下を貸してくれないか」
「ええ、準備はしております。
艦橋近くのエアロックにチューブを渡して乗り込みます。
私が指揮を執りますから」
え、え、俺が行きたいのに。
ああ、俺も付いて行って良いのね。
俺、大人しくしていれば、連れて行ってくれるって。
いったい俺の扱いって、どんなの。
「カスミ、こちらから目標艦の指揮権を取れないか」
「司令、大丈夫です。
ここまで来れば目標艦を識別できましたから。
あれ、『トワダ』型10番艦の『シラカバ』ですね。
ニホニウムで、艦船管理コードとパスワードを調べておきましたから、まあ、パスワードはいじられているでしょうけど、それほど時間はかからないかと」
「え、そんなの良く調べられたな」
「ええ、首都の公文書館にデータがありましたから」
「いやいや、いくらデータが保管されていたとしても、それって閲覧できる物じゃ無いよね。
いくら軍から除籍されていても、公開されたという話は聞いたことが無いぞ」
「ええ確かに、あの類の情報は角秘扱いでしたから、私では無理でしたが、殿下が簡単に調べてくれましたよ」機密>極秘>角秘(カク秘)>丸秘(マル秘)
ああ、殿下なら王族で、しかも国の政庁のトップなのだから、閲覧権限は最上位に近いだろう。
それならば無理なく調べられるだろうが、カスミよ、何でお前が殿下に仕事を振っているんだ。
あり得ないだろう。
下手をすると不敬罪で牢獄行だぞ。
「司令が何を心配しているのかはわかりませんが、殿下の件は大丈夫ですよ。
殿下の方から、申し出てくれましたから」
よくよく話を聞くと、あのニホニウムでの会議の後に殿下が『シュンミン』までお越しになり準備の様子を見て回ったそうだ。
その時にメーリカ艦長に、何かお手伝いをさせてほしいと申し出て、困ったメーリカ艦長は、そのまま近くで作業をしていたカスミに丸投げしたのだと。
カスミの方でも、目標艦が『シラカバ』であると決めてかかっており、その情報を集めだしていた時だったから、殿下に公文書館での情報の収集を依頼して、得られたものだそうだ。
何が幸いするか分からないが、本当に怖いもの知らずだな。
「司令、見てください。
作戦ベータが始まります」
作戦検討室で、モニターを見ていたメーリカ姉さんが声を上げた。
俺もカスミとの話を終えて、作戦検討室に急ぐ。
すると、モニター上には今まさに『シラカバ』に突入しようとする『ムソウ』改の姿が映し出されている。
尖った先を『シラカバ』のどてっ腹中央付近に突き刺して作戦が次の段階に入る。
『ムソウ』改は突き刺さったままの姿で動きを止めているが、中では突入作戦が始まっているのだろう。
前にアイス隊長に聞いたら、フル武装の隊員60名全員が突入するまで3分と掛からないのだそうだ。
あの『ムソウ』改は無駄に高性能らしく、宇宙船の装甲を打ち破ると先端が開き、人が通れるだけの隙間ができるのだという。
その隙間を通って機動隊員がどんどん中に入るのだそうだが、無駄に犠牲を出さないように、今までさんざん訓練を重ねて、突入前にスタン・グレネードを放り込んでからの突入だから、敵が視界を回復するまでの間に完全武装の機動隊員は戦闘態勢が終わっているのだそうだ。
完全にラインを築いて戦闘態勢が完了するまで5分と掛かっていないという話だが、あくまで5分は訓練での結果で、アイス隊長は満足していないとまで話している。
今まさに、中はそんな状況なのだろう。
できれば一人の犠牲を出さずに、終わらせたい。
既に一緒に出撃している内火艇も次々に『ムソウ』改に接舷していく。
宇宙空間での乗り移りに苦労はしているようだが、隊員たちは、次々に『ムソウ』改に乗り移っていく。
多分、『ムソウ』改のあけた穴を使って中に入るのだろう。
さあ、次は俺たちだな。
「司令、『シラカバ』に接舷します。
接舷後すぐにチューブをつなげますから準備をして中央ホールでお待ちください」
メーリカ姉さんは嬉しそうに俺に言ってきた。
そう言えばメーリカ姉さんも最近は敵船の中に入れてもらえてないのだ。
この人も現場の人だった。
今回俺を連れて行ってくれるのも、ひょっとしなくとも、自分が現場に行くための布石だ。
後で怒られようとした時に、俺をだしに使うつもりのはずだ。
まあ、そんなことははなから承知だ。
そうでも無い限り、現場にすら行かせてもらえないのだから。
ここは素直に経験豊富な年長者に従おう。




