作戦アルファー
「前に引き取りの際に聞いたんだが、これ、民間使用のベストセラー機の『ムソウ』をベースに改造したんだそうだよ」
「『ムソウ』ですか、ひょっとして『レンダー』と並ぶあの有名メーカーの『ムソウ』ですか」
「ああ、そうだよ。
中古をどこからか持ってきて隣ですぐに改造してくれた。
とにかくすごいよ。
どこか凄いって、艇の先端に衝角が付いているんだ。
あいつで突っ込んで乗り込むんだ。
あの衝角は相手に突っ込んだ後、先端が開いてそこから乗り込めるから、強襲にはこれ以上に無い特徴だね。
しかも、突っ込むときには乗員の衝撃を押さえるダンパー構造まで付いているというのだ。
一度テストしたけど、とにかく凄かった」
うん、こんなのが突っ込んで行ったら凄そうだ。
しかし、見た目にも大きいが、そんな大きさをものともせずに腹の中に取り込んでいく『バクミン』も凄かった。
『シュンミン』なら絶対に搬入を諦める大きさだが、流石に自慢の全通格納庫は、問題無く中に入れていく。
ひょっとして、これって、『バクミン』改修時に、こんなのも考慮しての設計だったのでは。
そんな俺の考えなどお構いなく準備はその日のうちに終わり、直ぐに出発となった。
とにかく、せっかく見つけた手掛かりを見失う前に、さっさと片付けたいという気持ちが働いたのだろう。
もう、俺の思惑なんか聞かれなかったし、それでいて後から俺の秘書官を通して書類だけは回って来る。
まあ、イレーヌさんが来てくれたおかげで、前ほど書類お化けは出なくなったが。
急ぎ、発見した宙域に向かったので、会議から3日目には、問題のポイントに対して作戦行動を起こせる場所まで来れた。
ここで、作戦会議だ。
会議を『バクミン』で行った。
何せ、今では戦隊所属以外の人のほとんどが『バクミン』に乗艦している。
なので、今回のキーマンでもあるアイス隊長を始めトムソン捜査室長もそちらにいる以上、俺から出向いて会議を開く方が効率的だ。
その会議で、まずは問題の艦船を探して、見つけ次第、新たに導入したムソウ改を使い、問題の艦船に対して機動隊が乗り込むが、一応俺たちは官憲なので、艦載機などで周りを囲んだ状態で、一度臨検の旨を伝えるが、多分相手からは無視か反撃があるだろうから、直ぐに突撃しての強制捜査を行うことで話はまとまった。
普通なら、軍艦相手に艦載機や内火艇で乗り込むような真似はほとんど自殺行為になるが、場所が場所なだけにそれが可能になる。
暗黒宙域においてエネルギー兵器は使えないので、相手からの強力な反撃は考えられない。
宇宙軍からの払い下げ軍艦であるならば、あの宙域では軍艦からの攻撃手段はない。
元々相手が海賊ならば、獲物に対してレーザー兵器などを使えば、せっかくのお宝を沈めてしまうことになるので、元々使うつもりもないだろうが、宇宙空間での反撃を警戒せずに済むから、今回のようなことができる。
無線が使えないので、発光信号を使うが、下手をするとその発光信号そのものを理解できないかもしれないが、そんなのは構うこと無い。
俺たちに必要なことは、法的手段に準じた行為だ。
活動中の艦船において俺たちからの臨検要請に対して無視された場合に強制手段が認められている。
今回は、その法的根拠に基づいての作戦だ。
逃げられると面倒なので、艦載機で周りを囲んでからそれらの行動を起こすが、今回の作戦の肝は敵に見つからずに捕捉して、周りを囲めるかどうかだ。
そこまで出来れば、後は機動隊の皆さんのご活躍に任せるしかない。
まず、戦隊を前よりも暗黒宙域に近い隣接宙域まで進め、そこから艦載機と新兵器となった調査艇の全機を発進させた。
「流石にあれから時間が経っておりますから、いるかどうか」
メーリカ姉さんは俺の考えをくみ取ってくれたのか俺と同じ考えだ。
「艦長。
確かに普通ならば居ないと考えるが、相手が海賊ならば、蜘蛛が獲物を待つように、お宝をあそこで待っているのではとも考えているんだが、どうだろうか」
「そうですね。
ですが、あそこからですと、商用航路からは離れるような気がしますが」
「海賊がお宝を見つけられるような場所に待機していれば、いずれ航路上からも相手を見つける者もいるだろう。
それを嫌っていると、俺は思うね。
獲物については、情報を事前に受けていればどうとでもなるが、その情報の受け渡し方法が分からない」
「そうですね、無線はまず使えませんし、情報が漏れる恐れがありますから。
となると、直接出向くしか……そうですか、司令は、あそこで情報の受け渡しが行われているとお考えですね」
「ああ、だが、当て推量の域を出ていないが。
まずはマリア自慢の新兵器の威力に期待しようじゃないか」
俺が今いる『シュンミン』の作戦司令室には戦隊の司令部としての機能が十分に備わっており、『シュンミン』内の各部の状況をモニタリングができるのはもちろんの事、戦隊所属である『バクミン』も同様に管理できる。
どこでも監視できるとは言っても、一応プライバシーは配慮しているので、いわゆる覗きにあたるところまでは、映像で見ることはできないことになっている。
一応、生命反応や、音声など、必要と有れば調べる手段はあるそうだが、それは禁忌に当たり、いよいよ最後の手段としてのみ許されることとなっている。
この艦を改造しているのがあのマリアたちであることから、映像だって見ることができるのではないかと俺は秘かに疑っているが、一度も声に出してそんなことは言っていない。
もし、マリアが俺の言葉を聞いて、あっさりと『簡単にできますよ』なんて言われた日には俺の頭で処理できる範囲を超えた問題になる。
今までに学校でも教わったように『君子危うきに』って奴だ。
そんなマリアは、今は時間があるのか『シュンミン』の格納庫で無人機をいじっている。
モニター越しに、とにかく今は暴走していないことが判明している。
作戦行動中の身ではあるが、両艦とも準待機状態で、艦載機などからの連絡待ちだ。
そのため、艦内には一応の緊張感が漂っており、唯一そんな空気を感じさせていないのが、……あ、『バクミン』の格納庫にもいた。
あれはサーダーさんだ。
先程から、今回の作戦の要となる『ムソウ』改を楽しそうにいじっているが、大丈夫だろうか。
連絡が入り次第出撃となるが、まあ、ここから無線を入れるまでもないか。
艦載機を発進させてから、2時間が経過した。
俺たちは暗黒宙域の隣接宙域上にいるが、時間から見て、艦載機は既に暗黒宙域の中にいる計算だ。
『バクミン』の艦載機管制たちは正確に位置を補足しているだろうが、それでもレーダーが使えない状態なので、誤差は出る。
しかし、俺たちがあれを見つけてから数日が経過しているので、先ほどのメーリカ姉さんとの会話では無いが、果たして居るかどうか。
空振りも考えに入れておかねばならないかもしれない。
少し、イライラし始めて来た時に『バクミン』から通信が入る。
既に俺たちの間の情報のやり取りは光を使っているので、あの嫌な雑音が無いのが助かるが、通信などを担当している連中にとってはそれこそ手間ばかり多くて、気も抜けずに大変なことだろう。
本当にご苦労なことだが、そんな仕事もこれからは多くなるから、諦めてくれ。
「司令、『バクミン』のカリン艦長からです。
目標を発見、これより次の段階に移るとのことです」
「ああ、分かった。
こちらも敵に気づかれることの無いように十分に気を付けながら、艦を進めてくれ」
「了解しました。
『バクミン』にも伝えます」
俺たちを乗せた両艦はあらかじめ来ていたポイントまで移動する。
まあ、レーダーも使えないこの領域では相当近づかない限り見つかることは無いだろうが、それでも一応の警戒しての配慮だ。
艦載機で、30分と掛かるくらいまでは近づき、戦隊を止めた。
「司令、『バクミン』のカリン艦長より入信。
艦載機が予定のポイントにて、警戒中とのことです」
「『バクミン』のカリン艦長に返信。
予定通り、作戦名アルファーを開始せよ」
「作戦アルファー開始、了解しました。
直ちに行動に入るよう、通信します」
目の前のスクリーン上では『シュンミン』の光学装置が捉えた映像が映し出されている。
最初に2機の編隊が目標艦の艦橋直ぐ傍まで迫り、発光信号で臨検のため停船せよと命じている。
目標艦は、やや慌てたような行動を取ろうとしているが、こちらの発光信号へは、無視の姿勢を取り続けている。
先の2機編隊はその発光信号を3回続けて送るが、当然相手は無視を決め込んでいる。
「予測通りだな。
こちらの再三にわたる臨検要請に対して、敵対とも思われる行為を確認した。
艦長、時刻と共に記録せよ」
「記録しました。」
「なら、わが軍に対する治安維持法令に基づき、強制臨検を行う。
直ちに、強制臨検開始せよ」
「了解しました。
強制臨検に移ります。
戦隊に次ぐ、これより全艦は作戦名ベーターに移行する。
速やかに行動に移れ」




