マリアのおもちゃ
俺がモニター越しに見たあの砲身のようなものは天文台レベルで使われる望遠鏡の様で、口径2mはある。
その他に口径95cmの望遠鏡も2台搭載するようで、こちらもコンテナから取り出している。
望遠鏡だけで何で3台も使うのかと聞いたら、大口径の物は可視光による探索に使うのだそうだ。
はっきり言って、この口径ならば可視光に限れば、何でも高性能を誇る『シュンミン』よりも高性能だという話だ。
他の口径95cmの望遠鏡については2台一組で距離を測るためのものだ。
説明されてもよくわからなかったのだが、何でも視差計測というのだそうだ。
設置距離で3m以上離す必要があるそうだが、3mもあれば艦載機の移動可能距離の2倍以上の物はかなり正確に測定ができると、胸を張って自慢していた。
だが、俺は少し疑問になったのだが、そのほかにも色々と搭載するようだが、果たして積み込めるのかという疑問が残る。
それこそ異次元空間に繋がっているとでもあるまいし、物理的に無理が出るだろう。
その辺りを素直に聞いてみると、マリアだけでなくサーダーさんまでもが顔をそむけた。
え、どういうことだ。
「マリア。
報告はきちんと正確にな。
怒らないから、正直に話してもらおうかな」
「え、司令……
本当に怒らない……」
「ああ、だが嘘を言えばその限りではないぞ」
「あのね、この船、正直かなりギリギリなんだよね。
だから搭乗スペースが犠牲になっているの」
この母体となるプラネットエースは王国内で最もポピュラーな貨客輸送型小型艇で、それこそ宇宙タクシーから、配送業者まで何にでも使われている使い勝手の良い小型艇だ。
ライバル会社が作っているボッコサンと並んでどこでも見ることのできる優れもので、標準型では乗員乗客に貨物を1tばかり載せられる。
確かカタログ上では乗員40名だった筈だ。
前に『シュンミン』用にと改造したものはエンジンや武装などを付けている関係で荷物は載せられずに、乗員も30名にまで減っているが、今のマリアの説明ではそれ以上に少なくなるのだろう。
だが、きちんとスペックだけは把握しないとまずいので、詳しく聞くことにした。
「だって、これ凄いんだよ。
性能とトレードオフしたのもしょうがないんだよ」
「ああ、分かったから。
そこは良いが、その削った乗員ってどうなっているんだ」
「う~~とね……3人……」
「何人だって?」
「だから、3人。
パイロット一人と、計測に当たるのが2人。
でも、3人も乗せるとちょっと狭いかも……」
「実質、運用はタンデムってことか」
「えへへ、多分そうなるね」
「多分じゃ無いだろう」
プラネットエースを母体に改造しているうちの内火艇は大きさならそこそこの物がある。
『バクミン』のあの特別な格納庫ならあまり意識はしないが、『シュンミン』のごく普通の大きさの格納庫では一段と存在感があるので、内火艇を2機並べるともうお腹いっぱいだ。
これに、艦載機が来れば、この中での取り回しに苦労しそうだ。
「司令、これができたら『バクミン』に持っていくね」
「ああ、そうしてくれ。
ここだと狭くてかなわない」
「そうですかね。
今改造工事中なので、色々と工具類が出ているからそう感じるだけだよ」
「なら、ここで整備するときも同じだろう」
「あ、そうでした」
何時出来上がるか分からないが、俺たちに珍兵器が加わるのももうじきだ。
この珍兵器もカリン先輩に預けてしまうことになるだろう。
ジンク星に向かう航行中の出来事だったが、本当にここはおかしなことばかりが起こる職場だ。
人によっては飽きないというのも居るだろうが、俺は勘弁だな。
もう少しまともな職場で、来たるべき殉職まで静かに過ごしたい。
それこそハードボイルド小説の様にかっこよ良く。
そんなことを考えながら時間だけは過ぎて行く。
ジンク星で予定通り、お客さんを乗せ、PB2に向かう。
だが、今回のツアーはいつもと違い、そのお客さんの数が少しばかり多くなっている。
今までも、これ以上のお客さんを乗せていたことはあったが、今回が異色なのは、ジンク星の海賊捜査担当者全員を連れてきていることだ。
乗せたお客さん全員がPB2に降ろされる訳では無い。
連れて来たお客さんの半分も降りれば良いくらいで、残りはどうするのか。
そう、残りについては、今後のジンク星での捜査について詳細に打ち合わせることになっているのだ。
それで、連日にわたりトムソンさんがジンク星の捜査担当者たちと綿密な打ち合わせを行っている。
俺は、宇宙空間での探索を担当するので、ジンク星の警察官たちとは挨拶程度はしたが、その後の打ち合わせには参加していない。
ただ『バクミン』の艦長であるカリン先輩は割と頻繁にその打ち合わせに参加しているようだ。
なんでも俺たちとジンク星との間の連絡手段の件で調整する必要があるとかないとか。
まあ、戦隊司令としては任せて良い範疇だというので、面倒ごとから離れることができた訳だが、俺が邪魔だったりして。
当然、PB2とジンク星の往復の時にもあの宙域の探索を時間の許す限り行っている。
2隻の航宙駆逐艦の探査装置を全開で使い、また、宙域航行中は必ず艦載機を交代で飛ばして、少しの見落としが出ないようにしているが、あの発見以降、何も見つけることができていない。
今、『シュンミン』の腹の中で改造中の珍兵器もまだ完成には至らないようで、試運転すらできていない。
マリアの話では、思ったよりも望遠鏡類がかさむとかで、今搭載装置のパズルを解いているとか。
本当に完成するのだろうか。
もし完成しても、二度と中を開けられないとか。
C整備など夢のまた夢となるのかも。
まさか二度と使えないような、それこそ使い捨てのようなものにならないか心配はあるが、マリアたちに任せた以上俺には何も言えない。
それよりも、前にマリアから聞いた性能が出せるのなら、正直早く使ってみたい。
今は少しでも多くの情報が欲しい。
PB2とジンク星との往復のついでに調査したが、前回のような幸運には恵まれず、何の手掛かりも見つけられなかった。
俺たちもやみくもに探している訳では無い。
漂流物は宇宙空間で静止していた訳では無かった。
そもそも宇宙空間での静止って、相対的以外にはあり得ない話で、俺たちが見つけた漂流物も、地上での感覚だと相当な速度を持って漂流していた。
慣性力が働いて一定の速度で、ある方向に動いていたのだ。
俺たちはその情報を精査して、かつ、漂流物の所属の特定ができなかったので、あの付近でロストした船の情報を集めて、位置を推定しての捜査を行った。
あの辺りでは、過去5年間で15隻の船がロストしていると、保険会社のデータから判明している。
宇宙空間で5年という時間は大したものでは無い。
それこそ光の速度でも隣の恒星に届くか届かないかの時間でしかない。
ましてや、漂流物の速度なんてたかが知れているから、あの暗黒宙域からすら出ることは無いだろう。
ということは、あの暗黒宙域内に少なくとも15隻のロスト船の痕跡がある筈なのだが、なかなか見つけられないだけだ。
俺たちはジンク星に一度降りて、トムソンさん達を降ろした後に、もう一度あの宙域の調査に向かった。
今度はどうにか、マリアたちが遊んでいるおもちゃが間に合いそうだというのだ。
ジンク星を出た後すぐに例のおもちゃを『シュンミン』の格納庫から自走させて『バクミン』に移してある。
サカイ少尉に当分はあの調査艇?を任せて、宇宙空間で行動中の艦載機などの指揮を任すつもりだと、カリン先輩は言っている。
そう、あのマリアたちが作ったおもちゃの名前をどうするかでもひと悶着があった。
俺たちが使っている内火艇は、俺たち以外からはプラネットエース改と呼ばれているが、俺たちは単に内火艇と呼んでいる。
しかし、同じプラネットエースを改造?したものを内火艇とは呼べない。
乗員が最大3人の内火艇って無いだろう。
俺はどうしてもあいつを内火艇と認めたくなかったが、プラネットエース改とも呼ぶのは他の乗員たちから反対があった。
俺たちの内火艇と間違われることを嫌ったためだ。
およそ軍に置いては紛らわしいことを嫌う。
余計なリスクを冒して混乱の原因になるようなことは避けるためだ。
なら、あいつを何と呼ぶ。
マリアのおもちゃか、俺はそれでも良いが、今度はマリアがそれに反対している。
あれをバカにするなというのではなく、私のおもちゃは他にもあるから紛らわしいというのがその理由だそうだ。
うん、ものすごく説得力があったので、その場に居る全員が俺の案を諦めた。




