混ぜたら危険の悪夢
いつもは仕事としての警察官アテンドだが、今度ばかりはカモフラージュだ。
移動中に、トムソンさんと地元警察との間で艦内での打ち合わせとなっていた。
俺たちは、ジンク星とPB2との往復を終え、一度、ニホニウムに戻る。
作戦のための準備が整ったと云うか、資材の搬入のためだ。
その際に、依頼のあったサーダーさんもお乗せすることになる。
実際に暗黒宙域を見て見たいらしいのだが、それならわざわざ俺たちに頼まなくてもルチラリアに向かう船にでも乗れば絶対に暗黒宙域を通るのだ。
まあ、客船なんかだと、色々と計測ができないから、自由度の有る俺たちに頼むというのは分かるが、まあ今回の探査にも協力してくれるそうだから、あまり気にしないようにしている。
マリアとカリン先輩のような『混ぜたら危険』になりそうな予感はあるが、合理的な拒否理由が俺には無い。
しかも、殿下の許可まで取っていれば俺にはどうすることもできない。
後は祈るだけだ。
時間があったので、俺は資材搬入中の『シュンミン』の様子を見に向かった。
仕事に託けたただの散歩だ。
ちょうど『シュンミン』は大きなコンテナを後部ハッチから搬入をしている。
流石民間と共同使用の宇宙港だけあって、こういった搬入作業用に、専用機材が整っている。
宇宙港からレンタルした専用機材で搬入をしているが、どうも、手こずっているようだ。
ちょうど目の前に作業を監督しているマリアがいたので、俺は声を掛けた。
「マリア。
搬入作業は捗っているか」
手こずっているように見えているのにこれでは皮肉になるが、そんなことには歯牙にもかけず笑顔で俺に答えてくれる。
「あ、司令。
問題無いよ。
この船には艦載機が乗っていないし、格納庫に余裕があるから、艦の中で色々と遊べそうだし、楽しみ」
「え、何をしようとしているんだ。
ひょっとしてあの無人機か」
「無人機については、あれ以来進展がないんだよね。
う~~ん、なんといえばいいのか。
アイデアが無いんだよね。
今のままでは、只のリモコン機だよ。
それだと暗黒宙域では使えないし、つまらないんだ。
だから今回は、暗黒宙域にターゲットを絞って何かできないか研究しようかなって。
幸い、サーダーさんも一緒にって言っていたし、楽しみ」
オイオイ、これはいよいよ、あれか。
『混ぜたら危険』って奴か。
まあ、この辺りについてはマリアの扱いに慣れているメーリカ姉さんも知っているし、マリアの手綱をしっかりと握ってくれるだろう。
実際に艦内管理の責任は俺からメーリカ姉さんに移っている訳だし、俺が気にすることは無いのだろうが、なんだかな。
心配しかないんだよな。
そうこうしているうちに、トラックが近づいてきた。
「あ、あれが最後の搬入だよ、司令」
マリアが嬉しそうに俺に報告してくるが、そのトラックからは、見るからにぼろぼろのプラネットエースの中古機が運び出されている。
あれを中古機と言って良いのかと思えるほどのぼろさだ。
「あれ、使う気か」
「うん、今回の主役だね」
いよいよ嫌な予感しかしない。
「司令。
この搬入が終われば準備完了です。
トムソン室長たちは既に『バクミン』に搭乗が済んでおりますから、搬入が終わり次第出発したいのですが」
「ああ、俺の方は何も予定がないから、それで構わない」
俺は、旗艦艦長であるメーリカ姉さんにそう答えたが、トムソンさんの裏切りにも少し落胆している。
まあ、そんな予感はしたんだ。
俺だってあっちの方が居心地が良い位だから、庶民には絶対に『バクミン』の方が受けが良い。
今更トムソンさんとの打ち合わせも無いので、俺があっちに移るという選択肢も無いし、今回ばかりは寂しくマリアたちの暴走を監視することにして、『シュンミン』に乗り込んで行く。
無線で、殿下に挨拶をした後、出発した。
殿下は最後に意味深なことを言っていた。
なんでもサーダーさんやマリアさんによろしくだと。
暗黒宙域での秘密兵器がどうとか。
そこまで言われれば誰でも思い当たるふしはあるが、その秘密兵器がひょっとしなくともあのぼろぼろのプラネットエースなのだろう。
多分、お得意の改造を艦内でするのだろうが、どうなるのか。
無事に俺たちを乗せた戦隊は最初の目的地であるジンク星に着いた。
そこで、ここの警察本部の捜査員を乗せて、もう一度PB2に向かうが、その際にひっそりとトムソンさんの部下たちはジンク星に降りて行った。
なんだかスパイ映画さながらの様子だが、さもあらん、地元有力者に捜査が感づかれてもいけないからだ。
どこまで汚染が進んでいるかは皆目見当がつかないが、用心しておく方が良い。
当然、この星で乗せた捜査員も『バクミン』に乗艦している。
知らない人ならこっちにもって思っていたが、何でも艦内で地元警察とのすり合わせがあるとかで、トムソンさんがその辺りの手配を全部している。
なので、『シュンミン』の艦内にはいわゆる部外者は居ない。
艦内での生活においても、すでに古参組にとってはルーチンでしかないので、余裕を持て余しているのか、ほとんどが艦内サークル活動に熱心に取り組んでいる。
マリアはもとより隠すつもりなど無いのか、堂々と格納庫で、嬉しそうにプラネットエースの改造に取り掛かっている。
艦内モニターで時々観察しているが、本当にあっという間にあのぼろぼろの小型艇は完全にばらされて、部品に分けられていた。
その内、なんといえばいいのか、俺たちが使っている内火艇の様にシャーシだけを使うようで、あの持ち込んできたコンテナから部品を取り出してサーダーさんと一緒に組み上げていくが、今までとは様子が違う。
ここから見る限り、使用するエンジンも王室造船研究所辺りからくすねて来たのか艦載機用のエンジンを2機搭載しているところまでは、内火艇と何ら変わりがない。
機動力及び航続距離が内火艇や艦載機と同程度になるのだろうとは予測がつくが、そこからが違ってくる。
何やら、何かクレーンを使ってコンテナから、前時代の主砲の砲身のような物を取り出してきているし、かなり大型なレーダーも取り付けようとしている。
あれ絶対にイージス艦等で使っているレーダーだ。
この『シュンミン』改造時にも索敵能力を上げたがっていたマリアがどこからともなく持ち込んで来ていたので、見覚えがある。
もっとも実際に航宙イージス艦では、あのレーダーが少なくとも5機は使用されているが、『シュンミン』ですら2機しか使われていないのを、あの内火艇に取り付けようとしている。
しかしあんなのを取り付けるスペースなど無いだろうと思うのだが、そんなのお構いなく作業を続けている。
流石に少し心配になってきたので、俺は暇を見つけて後部格納庫に向かった。
「オイオイ、マリアさんよ。
君は一体何を作ろうとしているのかな」
「あ、司令」
「司令殿、今回はお世話になっております」
隠れていたような形になったが、コンテナの奥からサーダーさんも出て来た。
「サーダーさんもこちらでしたか」
そこからひとまずお客さんであるサーダーさんと挨拶代わりに色々と聞いてみた。
「ええ、今回は殿下から直接お話がありまして、私としても最近には珍しく張り切りましたよ。
旧職場の研究所の倉庫に行って、使っていない物をそれこそ根こそぎ持ってきましたから」
「え、それって窃盗では」
「ああ、大丈夫ですよ。
どうせ使ってませんし、マキ本部長に頼んでありますから手続きは完璧だそうですよ。
なんでも、研究所からはお礼までいただいたようで」
詳しく話を聞いてみると、後先構わず予算の許す限りサーダーさんが買い込んだものがほとんどだそうで、研究所としてもきちんと正規ルートで仕入れてしまった以上、捨てるに捨てられず、年度末に面倒でも資材管理台帳と突き合わせているのだとか。
肝心の買い込んだ本人はさっさと研究所から逃げ出しているし、本当に面倒しかなかったものだそうで、殿下が二束三文でも筋を通して、資材を引き取ってくれたことに感謝しか無いのだそうだ。
この人、俺にその説明をしているのに、全然悪びれもしない。
前に会った時にも感じたが、この人もダメな人だ。
絶対に放し飼いはできないタイプの人だということは分かった。
後で、それとなくマキ姉ちゃんにだけは伝えておこう。
ひとまず話し合いが終わったところに、それこそどや顔でマリアが俺に話しかけて来る。
「今度の改良も凄いですよ、司令。
期待してくれて良いですよ。
これさえあればあの暗黒宙域だって他と変わらないくらいの探索能力を持てますよ」
マリアの話が本当なら、それこそ凄い事だ。
画期的と言っても良いが、根拠のないことをマリアは言わない。
あまりに存在そのものがでたらめになってきているマリアだが、嘘だけは言わない。
だが、正直その根拠だけは怖くて聞けない。
そんな俺に構わずマリアが説明してくる。
今回の改造型プラネットエースは内火艇として使うにはあまりに尖った性能になるらしい。
移動型天文台と言って良い位の性能を持たせるというのだ。
可視光での監視装置に特化するだけでなく、搭載するレーダーや無線の類も、小型艇の範疇に収まるような軟なものでは無く、かなり強化させるとも言っていた。




