怪しげな浮遊物
それからまたしばらくして、トムソンさんを乗せ、別の場所を調査する機会があったが、ここも前回同様に感触だけ怪しさが残ったが、これと言って次につながるようなものは発見できなかった。
そんなことを5回も続けていると、普通ならあきらめムードが出てきても不思議はないが、現状はその逆で、今では少なくとも艦橋にいる乗員は、絶対に何かあるという気持ちでいっぱいになっている。
その最大の理由が、あっちこっちで見つかる不審船がここでは一切見つけられないのだ。
もうこれだけで怪しさ満載だ。
この辺りが異常に治安が良く、そういった怪しい勢力との接触が一切無いのなら分かるが、付近の星にはそれこそ、地元警察が苦労しているような怪しい勢力が沢山跋扈している。
なのに、宇宙空間ではそんな感じが一切ない。
付近の宙域では不審船の一隻も見つけられないのだから、疑っている者には怪しさしか感じない。
こうなると、流石に誰もが何かあると思わざるを得なくなる。
そんな思いを同じくする乗員たちと、日常生活を続けている。
我々戦隊の訓練も、どうにか様になる練度を持つまでに至ったが、調査の方は全く進展がない。
諦めるのかと言われれば、即座に否と答えるだけの心証は、以前よりより強く持っているが、あいにく心象だけの話で他を説得するものを何も持たない。
なので、俺たちだけで調査するしかない。
これは俺たちの力不足を感じさせるだけの話だが、実際に航宙駆逐艦2隻しか持たないのに、調査しないといけない範囲はそれこそ無限ともいえる広さだ。
しかもその大半がレーダーを使えない暗黒宙域となれば、普通なら絶望しか無いのだが、何故だか、誰一人としてそんな気持ちを持つ者はいない。
皆楽観主義者なのだろう。
そんな日常を送っているさなか、訓練中の出来事だ。
「本日は、今まで厳しい訓練を逃げずに耐えて来た君たち研修生の資質を試させてもらう。
君たちの訓練風景は何度も観させてもらったが、今ではとても満足のいくレベルだと思う。
君たちの先輩や上司であるカリン艦長からの推薦もあり、本日最終の評価を行う運びとなる。
これに合格すれば、君たちは晴れてわが軍の正式なパイロットして乗務してもらうから。
あ、だが、固くはなるなよ。
いつも通りの実力で大丈夫とも聞いているから。
私からは以上だ」
俺はカリン先輩に請われて『バクミン』の格納庫で、出発前の5人に向かい、偉そうに訓辞を垂れている。
正直勘弁してほしいのだが、士気を維持するためにぜひ必要だと言われた以上、やらない訳にはいかない。
しかし、実力が十分になったとカリン先輩も認めているし、何より、国からの小型宇宙艇の操縦資格は既に持っているのだから、それこそ上司であるカリン先輩が『明日から君たちはパイロットね』と一言いえば済むだけのような気がするが、どうもそう言うものでは無いらしい。
いわゆる様式美として俺は捉えているが、果たしてどうなんだろう。
でも、これであの2人に続き5人ものパイロットが乗務してくれる。
現在艦載機が6機しかないので、しばらくはローテーションを組むことになるだろうが、それだけに、稼働率を上げ、あの問題の調査に使える。
できれば艦載機の追加と、整備士の増員もしないといけないが、それもニホニウムでマキ姉ちゃんが頑張ってくれているはずだから、俺にはどうしようもない。
今、カリン先輩が、最後の激励を入れて、5人は艦載機に搭乗していった。
以前『シュンミン』の艦載機パイロットだったサカイは、既に内火艇のプラネットエース改で、整備士長や首都にある交通管理局の役人を載せて該当地域に飛び立っているし、一緒に行動しながら研修生たちを評価するためにサカイの同期であるボーロも残り一機となった艦載機に搭乗している。
評価試験は準備万端だというのだ。
俺は挨拶の後に、格納庫管理室に向かい、艦載機の発進を見送る。
後から入ってきたカリン先輩が管理室から、発進の許可を出して研修生たちが飛び立っていった。
「これからの運用を考えないといけませんね」
カリン先輩が俺に言ってきた。
「これから?」
「ええ、現状ですと、艦載機がパイロットの人数に対して一機足りていません。
まあ、こんな状況は宇宙軍でもよくあって、艦載機に乗務しないパイロットも決められた定数乗務しますが、その場合、予備機もパイロット以上に搭載しているのが普通です」
「カリン艦長は、艦載機の増配備を希望していると。
それなら、稟議を通さないとな。
俺ではどうしようもない」
「いえ、司令。
配備についてだけでなく、整備士などの増員もマキ本部長には既に相談済です。
今は、現状での運用についての相談なのですが、ローテーションで、常に運用できる体制を作れないかと。
整備士長たちには負担を掛けますが、パイロットに余裕があれば、あの調査にも十分に活用できるかと」
「具体的には」
「年齢的にパイロット資格がない就学隊員たちも含め、タンデム乗務で、2機で小隊を作り、常時一個小隊での調査ができないかと」
「あ、それならできなくもないな。
まだ早いかと思っていたが、それなら後日合流になるだろうが、『シュンミン』からも就学隊員から希望者を回していくつもりだから、その受け入れの準備も頼む」
「え、就学隊員からですか」
「ああ、『バクミン』だけしか出していないと、不公平を感じるやつが出ないとも限らない。
希望者がいればだ。
無ければ、現状のままとする」
カリン先輩と、のほほんとした雰囲気で話していると、急に管理室のスピーカーが緊張感ある声でカリン先輩を呼び出した。
「カリン艦長。
カリン艦長はおいでですか。
至急報告があります」
直ぐにカリン先輩は近くの電話を取り、艦橋に繋ぐ。
「艦長のカリンだ。
報告を聞こう」
その後は艦内電話での会話となるが、何やら緊急事態が起こったようだ。
カリン先輩の声の様子からは乗員の安全に関するようなものでは無さそうなのが救いだ。
先輩も軍人としてはかなり優秀な部類には入るが、まだまだ経験が足りていない。
特に部下の命にかかわるような判断を求められるような場面ではかなり慌てた声になることは何度か見たことがあった。
俺が今まで見たことだと、乗員の命がどうこうするようなものでは無く、せいぜい怪我しそうだとか、擦り傷程度だが怪我を負った場合の時だったが、それでも若干ではあるが冷静さを失いかねないような声を出していた。
俺もそうだが、指揮官たるもの常に冷静でなければならない。
特に身に危険が及ぶような時には、いつも以上に冷静に対応しないと部下たちに悪影響が出ると、散々士官学校で教えられてはいるが、いざ実際にそんな場面に出会うと、できる気がしない。
少なくとも、今まで俺が出会ってきたあのポンコツたちには絶対にできそうにない。
部下を簡単に切り捨てることはできるだろうが、と言うか、俺が実際に切り捨てられたが、その危険が自分の身に及ぶ時にはその限りでは無いだろう。
軍人というのは、そう言う場面が本来の仕事場なのだろうし、特に宇宙空間にいると、本当にいろんな危険が襲ってくる。
そんな危険に対して、どれだけ冷静にいられるかによって、士官としての価値が問われるのだろうが、頭で理解しているのと、実際に経験するのとは違い、そう簡単に冷静に振舞えるものでは無い。
カリン先輩は多少慌てるが、その判断は何ら咎められるようなことは無いのだが、振る舞いに冷静さが見えない。
そもそも、士官として宇宙に出て数年の人間にいきなり一艦を任せる方がおかしなだけなのだ。
徐々に経験を積んでいけば良いだけなのだが、今の俺たちにはそれが許されていないだけの話だ。
脱線した思考を戻して、そんなカリン先輩の今艦内電話で話している声にはそんな危険は感じられない。
だとすると、余計に心配になる。
これは厄介ごとでは。
そんなことを考えていると、カリン先輩は、艦内電話を持ったまま、俺に話しかけて来た。
「司令。
評価訓練中の艦載機の内一機から金属反応の浮遊物をレーダーで一瞬捉えたとの報告が入りました。
また、評価を監督している内火艇のサカイ曹長より、同様の報告があり、彼より評価訓練内容の変更を具申してきました」
「評価訓練を、その漂流物調査に変えたいと言ってきたのか」
「はい。
私も、同じ考えです。
よろしいでしょうか」
「今回の評価にはお国から監督官も来ている。
彼の了解が得られれば私には異存はない」
「先のサカイ曹長からの言によりますと、その査察官からも同様の意見だとのことだそうです」
「なら、直ぐに、作戦の変更を命じる。
艦載機を使い、直ちに漂流物の調査を行え。
それと、戦隊にも命令変更が必要だな。
直ぐに旗艦『シュンミン』にも通達してくれ。
『シュンミン』とこの『バクミン』の2艦を使い、付近を探索しながら、想定ポイントまで向かう。
艦載機には、先行して調査を命じてくれ、カリン艦長」




