新たな行動計画
人が宇宙に進出してから等々の時が経ったが、それでも航行中の宇宙船の事故は絶えることは無い。
何も無い筈の空間に浮遊する何かに衝突して宇宙船が轟沈するとか、軌道を把握していない小惑星などとの衝突とかが事故原因の主な理由だそうだが、少なくない割合で海賊行為による被害もある。
事故に遭う確率と云うのが、結構高いともいえる。
喩えていうのなら、人類が地上だけで生活していた当時の大航海時代と言われる時代における帆船だけの航海に似ているという保険会社の担当者もいるくらいだ。
重要航路と言われるメイン航路でも毎日宇宙船が通る訳では無い。
首都星域内では物流量が他とは比べ物にならないため、域内航路はそれこそ毎日数便の宇宙船が通るが、それでも数便だ。
ラッシュ時間の通勤電車のようにひっきりなしに宇宙船が通る訳では無く、一番通行量の多い首都星域内の航路ですらこんな感じなのだから、星域間の航路ではメイン航路でも2日で一便通ればいい方で、ちょっと地方の航路になると1週間に1便、ローカル航路ともなると月に数便ということもざらにある。
そんなところで事故にでも遭えば、なかなか情報は得られにくい。
大概の宇宙船は事故直前に緊急避難信号を出すので、軍や地元の関係機関からの捜査や救助が期待できるが、それすら無いのが結構あるのだ。
特にわが王国内ではあの忌々しい超新星ウルツァイトの影響で、レーダーや通信機が使えないエリアも多数ある。
今、俺たちが検討している場所もそんなエリア内や、傍だったりするから、保険会社でも問題にしていないという話だ。
しかし、トムソンさんはどうにも気になって仕方がないらしい。
あまりにも綺麗にストーリーが出来上がりすぎているというのだ。
報告を聞く限り誰もがまず気にしない、いや、できないことばかりだというのが返ってあやしくおもえてしかたがないらしい。
「どうも、疑うことを生業にしてきた職業病だと言えばいいのか、俺には怪しく見えて仕方がない。
これを、上層部に訴えても何ら根拠がないばかりか、怪しさが無いのでどこも取り上げないと言われるのがおちだ」
「でも、調べたくて居ても立っても居られないと」
「あはははは。
ナオ司令には隠し事はできないな。
まさしくそうなのだ。
今まで、宇宙空間での捜査についてはタブーとされていただけに、それが可能なら、俺の目の黒いうちは宇宙空間での犯罪は許したくはない。
そこで、司令に相談に来たんだ」
「分かりました。
私も同じ気持ちですよ。
これ以上海賊たちのせいで不幸になる人間が出ることは我慢ができませんから。
それに何より、先にも言いましたが、私はトムソンさんの勘に絶対の信頼を置いております。
そのトムソンさんの勘が怪しいというのなら捜査しない訳にはいきますまい」
俺とトムソンさんとで、先に挙げた場所以外に怪しい場所がないかを検討した後、それぞれのエリアに仮称を付け、管理することにした。
「そうと決まれば、この捜査にかかりきりにはできませんが、アテンドついでに近くに行くときにそのエリアを調査するようにしましょう。
それより、トムソンさんはこの後、時間を取れますか」
「あまり暇ではないが、少しなら」
「なら、直ぐに調査計画を作りましょう。
お付き合いくださいますか」
「それなら是非に」
トムソンさんの了承が得られたので、俺は秘書官のイレーヌさんを呼んで、2人の艦長を集めてもらった。
各地の警察官のアテンドは既に計画されているので、その計画に今回の件を加えて、計画を練り直すのだ。
暗黒星域内の航海も出て来るために、その訓練計画も併せて作らないといけないし、とにかく艦長たちの協力は不可欠になるので、トムソンさんを交えて、その辺りの意思統一を図る。
2人の艦長が集まるまで、トムソンさんとゆっくりと雑談をしながら時間を潰すことにした。
まだ仕事があるので酒を出す訳にはいかないが、お茶くらいならすぐに用意できる。
秘書官が居なくとも、ニホニウムの拠点には事務員など、俺たちの世話をしてくれる職員が多数いるので、彼女たちにお願いして、2人分のお茶を用意してもらい、トムソンさんと雑談を始めた。
「ところで、ナオ司令はご結婚のご予定は無いのですか」
「結婚の予定どころか、相手すらいませんよ」
「まだ早いと考えているのなら、考えを改められた方が良いですよ。
家族って、本当に良いものですから。
かみさんだけでなく、子供でも出来ようものなら、本当に幸せを感じることができますよ。
私なんて……」
トムソンさんの、のろけでは無く家族自慢が始まった。
しかし、最初の挨拶で、かなり怪しいことを言っていたトムソンさんだけに、そのまま額面通りに俺は受け取れない。
だいたい、子供がやっと親として認識してくれたって何だよ。
再婚相手の連れ子でもあるまいし、ありえないでしょ。
「いや、私は所帯を持つことについては考えておりませんよ。
正直よくわからないのです。
孤児院出身なもので」
「いや、だからこそなのですよ。
私はナオ司令に私以上に幸せになって欲しいと本気で思っているのです。
でも、私以上って簡単ではないですよ、私は本当に幸せなのですから。
特に娘が……」
俺はトムソンさんの家族自慢、特に娘自慢と戦いながら時間を過ごす。
30分もしないで、2人の艦長はそれぞれの副長を連れてやってきた。
集まるのを待って、俺は部屋にある会議テーブルに移り、先の件の検討を始めた。
トムソンさんからの説明の後、俺がいかにトムソンさんの勘を信じているかを先の実例を合わせて説明後に、方針を述べ、今後の計画に落とし込む作業を始めた。
「カリン艦長。
何か意見はあるかね」
「私には特に、あ、副長、君はどうかな」
「私ですか……」
「この場では遠慮なく意見を言ってほしい。
見ての通り私は若輩だし、何より大切な経験が乏しい。
みんなにはその辺りを補ってほしいから。
で、バッカス少尉、なんでもいいから気になることがあったら教えてほしい」
「は、でしたら、艦長にご意見ですが」
「私にですか」
「はい、『バクミン』は『シュンミン』とは違い、実戦をほとんど経験しておりません。
そのことから、私が気にしているのは、暗黒星域内での艦隊行動についてです。
暗黒星域内航行においては明らかに我々と旗艦とでは経験に差があるので、何か不測の事態となった時に何が起こるか心配があります」
「副長は、どうすればいいかと考えているのか」
「できますのなら暗黒星域内での艦隊行動を避けるのがベストでしょうが、次善の策として、今あげたエリア以外でも機会があれば暗黒星域内での艦隊行動の訓練を進言します」
バッカス少尉の言うことには俺も納得ができる。
慣れていないのはこちらも同じだ。
無線もレーダーも使えないエリアでの艦隊行動など、どうなるか分かったものでは無い。
今までは単艦での行動だったので、部下たちとの意思の疎通には問題が無かったが、今度は違う。
下手をすると迷子何てこともありえる。
「確かにバッカス少尉の云う通りだと私も思う。
あいにく私は経験が無かったのだが、軍やコーストガードではどんな感じなのだろうか」
「私も実際に経験がある訳ではありませんが、宇宙軍ではそもそも暗黒星域内での艦隊行動を想定しておりません。
戦闘エリアの設定を暗黒星域外に設けることで対応していると聞いております」
「コーストガードでは特に無いですね。
そもそも、暗黒星域そのものが第三艦隊のエリアくらいしかありませんから、私の居た第二機動艦隊の担当エリアでは想定すらしていませんでした」
「え、そんな状況で、よくあそこでカーポネ一味を相手しようとしたよね」
「ええ、あの作戦には第二機動艦隊からは誰も参加していませんでしたから良くは分かりませんが、私が考えても無謀だったんでしょうね。
だからこそ、敵を誘導する必要があったんでしょう。
しかし、いくら敵を欺いて誘導するためとはいえ、民間船を使うのは流石にどうかとは思いますが」
「何のことですか」
コーストガード出身者以外は俺とバッカス少尉との会話を聞いて不思議に思っている様だった。
うん、あの件は一応口止めをされている様だったから、お茶を濁すしかないけど、そのうち噂は広がるからさして意味も無いのだが。
「ああ、教えたくともその件は一応秘密保持の案件なので、ここで話す訳にはいかないから勘弁してくれ。
流石に、何も分からないとモヤモヤするだろうから、ヒントだけ言うとな。
俺たちが勲章を貰うことになった事件に関してのことだ。
コーストガードの上層部の恥部だから政府から口止めされている。
今俺から言えるのはこれだけだ。
それよりも、暗黒星域での行動の件だが、バッカス少尉の提案通り、これからは機会があれば積極的に訓練していく方向で考えているが、カリン艦長はどう考えるか」
「私も司令の方針に賛成です。
旗艦艦長はどうですか」
「私も司令の意見に賛成します」
そんな感じで話し合いはまとまった。
今後該当エリア以外にも暗黒星域での訓練を積極的に取り入れると同時に、当面は暗黒星域での調査はできる限り行わない方向で計画を立てて行く。




