久しぶりのトムソンさん
「司令、いつものように艦載機を出しますか」
「ああ、いつものように……ちょっと待て。
研修生たちもかなり成長したんだよな」
「ええ、カリン艦長からはそう聞いております」
「警戒はいつものようにあの2人に任せて、残り4機を使って、距離を取って、訓練させよう。
実際の現場を経験させるのにはちょうど良い機会だと思わないか」
「そうですね。
危険性は低く問題は無さそうですが、その辺りはカリン艦長に聞かないと」
「それもそうだな。
俺が直接聞いてから、訓練命令を出しておこう」
俺はメーリカ姉さんにそう言うと、作戦検討室に戻り、俺の席に備え付けられている無線機を使って『バクミン』のカリン先輩を呼び出して、相談してみた。
相談の結果、就学隊員を後部座席に乗せて、研修生たちを実際の警戒業務に就かせることにした。
航路管理室から返事が来る前に、臨検する距離まで近づいたので、いつものように無線で警告後に臨検に入る。
俺たちが軍に昇格した時に、こういった臨検などの捜査に特化して『シュンミン』、『バクミン』の僚艦に捜査員10名と機動隊員10名、それに保安員を乗せているので、それらでチームを作り、臨検に当たるようにしてる。
その結果、臨検小隊から始まった俺たちだが、最初のメンバーからは臨検に出向かなくなった。
これが海賊相手では違う対処をするようになるだろうが、こと不審船相手の臨検では俺たちに出番がなくなった。
数時間、臨検に向かってもらい、俺は最後に報告を受けるだけに成っている。
実際にいきなり暴力に訴えて来ることが少ない密輸船などは、捜査員のような人たちの方が僅かな犯罪のにおいをかぎ取るようで、まず犯罪を見逃すことは無い。
中には俺たちだったら見逃しそうな案件も今までに何件かあったから、この体制は非常に合理的だともいえる。
既に、不審船相手の臨検はルーチン業務になっており、ほとんど予定時間でことが片付く。
今回も3時間後に現行犯逮捕で決着を見た。
「メーリカ艦長。
いつものように曳航だな」
「ハイ、既に準備させております。
ここからだと、5時間の距離にある警察本部に引き渡すように手配も済んでおります」
「警察の方には」
「搭乗している警察官の方には既に報告済です。
2人ほど不審船の捜査に当たるようで、下船するそうです。
その交代要員は居ないそうです」
「なら、時間のロスは少ないな」
「はい、計画通りに向えるかと」
今日も、いつものように仕事をしていく。
こんな感じで時間が過ぎて行く。
いつもの日常を割と忙しくこなしていると、ある日、わざわざトムソンさんが俺を訪ねて来た。
そう言えば最近の警察官のアテンドにはトムソンさんは参加していない。
完全にアテンド業務については彼の部下たちに任せきりだ。
肝心のトムソンさんは本拠地で、暇を持て余す訳では無く、それ以上に多忙な毎日を送っていると俺は聞いている。
俺たちが各地の警察をアテンドして海賊関連の捜査に協力する代わりに、協力した警察から海賊や、貴族がらみの犯罪情報を貰っている。
また、アテンド先で見つけた情報についても共有することになっているので、捜査室長たるトムソンさんの元にはそれこそ山のような犯罪情報が集まってきているのだ。
それらを仕分けして情報を精査するのは本部に残る捜査員の人たちの仕事だ。
それを陣頭で指揮しているのが捜査室長のトムソンさんだから、下手をすると広域刑事警察機構で、今一番忙しい人なのかもしれない。
そんなトムソンさんが、忙しい中、俺がニホニウムにいるわずかなスキを狙っての訪問だから、只遊びに来た訳ではなさそうだ。
「お久しぶりです、トムソンさん」
「ナオ司令、お久しぶりです。
相変わらずのご活躍だとか」
「いえいえ、トムソンさんの部下たちの成果ですよ。
不審船捜査については、完全に捜査員や機動隊員の方たち任せですから、俺たちは完全にバスの運転手になり切っております」
「またまたご謙遜を」
「それよりも、聞いておりますよ、トムソンさん。
相当忙しいらしいじゃないですか。
きちんと家に帰っていますか」
「ああ、おかげさまで3日に一度は家に帰り、家族と食事を囲める生活になった。
信じられないくらい恵まれた状況になったよ」
え??
3日に一度でしょ。
どこが恵まれているんですか。
独身の俺には分からないけど、家族ってそういうものでは無いのでは。
俺は孤児院出身だから家族そのものを知らないけれど、俺が聞いていた生活とはあまりにもかけ離れているような。
でも、トムソンさんは『恵まれている』って言ったよな。
時々会って、食事するのが普通の家族なのかな。
「あ~の~。
俺、家族のいる生活って知らないのですが、大丈夫なのですか。
その~」
「ああ、俺の生活が普通の世間様からはちょっとばかり外れているのは知っているが、それでもここに来る前からの生活と比べても遥かに家族と会えるようになってきているよ。
今では娘も、俺を見て逃げなくなってきたしな。
多分、やっと俺のことを父親と認識したんだろう。
嬉しい限りだ」
うん、これって絶対にダメな奴だな。
でも本人がそれでいいのなら俺が何を言っても意味無いな。
「それよりも、そんな忙しいトムソンさんが俺を訪ねた訳は厄介ごとですか」
「いやいや、厄介ごとというのではないな。
本当ならナオ司令とまたゆっくりと酒でも飲みながら他愛ない話でもしたいという気持ちはあるが、お互い忙しい身の上だ。
それも叶わないのなら、仕事に精を出すしかないだろう。
という訳で、仕事の話だが、司令の心配するような厄介ごとではない。
また、俺の勘のようなものだが、調べてくれないだろうか」
「トムソンさん。
何を水臭い事を。
前の大発見もトムソンさんの勘のおかげなんですよ。
私はトムソンさんの勘には絶対の信頼を置いております。
何なりとおっしゃってください」
「そう言われると、かえってこっちが恐縮するな」
トムソンさんはそう切り出してから、持ってきた案件について話し始めた。
ここの処王国内をくまなく移動しながら不審船を相当数見つけている。
その代わり、野良を含めて海賊船との遭遇は、今のところ俺たちは無い。
たまに情報として宇宙軍の方で、本当に稀ではあるが海賊討伐の情報は上がって来るが。
今回トムソンさんが持ってきた案件はそれら不審船や宇宙軍で討伐した海賊船の件で気になったことがあるという。
「今までに、信じられないくらいの悪党を宇宙から取り除いてこれたが、その悪党を見つけた場所にちょっと違和感があったので、調べてみたんだ」
トムソンさんはそう言いながら大きな紙に印刷された王国全図を広げて来た。
その王国全図に今まで取り締まった不審船や宇宙軍が討伐した海賊船の位置をプロットしてあった。
それを見たら、トムソンさんの違和感に俺も同意せざるを得ない。
「これを見ますと、偏りがありますね」
「ああ、悪党だって捕まりたくはないだろうから、みすみす捕まえられる確率の高い場所では悪事は働かないだろう。
首都星域なんかその最たるものだ」
「ええ、私もそう思います」
「だがな、この辺りはどう考える。
こことここもそうだが」
「ここも俺には怪しく思えますかね」
俺たちが地図を前にプロットされた点のない場所を指さしながら話し始めた。
俺たちが指さした辺りは異常なくらい何も書かれていない。
俺たちが気にしている辺りには航路が無い訳では無く、主要港沿いの場所もかなりあった。
「でな、気になったんで調べてみたら、どこも保険会社の持っている確率と同じ割合だが消息を絶つ宇宙船が出ているんだ」
「確かに、宇宙を航行するのに全く危険がないとは言えませんから、ある程度の割合で事故は起こるのはやむを得ないでしょう。
事故など無い方が良いのは当たり前ですが」
「ああ、そうだがな。
だが、普通事故に遭えば何らかの痕跡があるのが普通だが、この辺りではそれらが出ることはまずないらしい。
まあ、地元警察では捜査できないから全て保険会社任せになるが、それでもちょっと気になってな」




