千客万来
まあ、だからこそあの将軍は俺たちに紹介してきたのだろうが、そんな若者を前にカリン先輩が訓辞を垂れている。
今ここには俺たちの他には誰も来ていない。
途中入隊組の式典なんかそんなものだそうだが、彼らも面接後に殿下とは拝謁しているし、それこそ本部長であるマキ姉ちゃんとは俺たちがここに戻るまで何度もあっているそうだ。
そのマキ姉ちゃんもこの場に参加したかったそうだが、今はダイヤモンド星の書類上の本部に出張中だ。
殿下だけでは手が足りない案件がまだまだたくさん王宮周辺にはあるそうだ。
無事式典も終わり、俺の乾杯の合図で無礼講で歓迎会を行った。
これは5人のためと云うよりも、今まで忙しく働いてくれた戦隊乗員たちの慰労会的な意味合いもある。
いや、慰労会のついでに歓迎会をしているともいえるが、まあ、その辺りは彼らにも慣れてもらうしかない。
最近、この戦隊の雰囲気も徐々にではあるが変わりつつあり、俺の方が慣れが必要になってきていることもある。
いくら無礼講だと言っても俺に対して誰もため口をきいてくれないのだ。
あのマークも、他の目がない所では以前の約束通りに接してくれるが、無礼講であっても敬語で接してくる。
マリアやケイトたちだけは、相変わらず以前のように接してくれるが、こんな『シュンミン』以外の目の有る所で、あいつらとじゃれているとイレーヌさんが俺に注意してくる。
これも、俺のことや、組織のことを考えてのイレーヌさんからの注意なので、受け入れざるを得ないために、彼女たちから距離を取らざるを得ない。
なので、こんな会は俺にとっては甚だつまらない。
乾杯の後、二、三の士官たちと話をした後に、会場から出て行く。
俺が会場を後にするときには、必ずイレーヌさんは俺に付いてくる。
多くの場合、パーティーなどで俺が退席するときには、だいたいこんな感じで、彼女には申し訳ないが俺が居てもしらけるだけと、俺は会場を後にした。
俺の後からイレーヌさんは先に説明した通りに付いてくるが、そのほかにクローさんや主計官のキャリーさんとその部下のサツキさんも会場から出て来た。
「あれ、皆さんはどうして」
「え、司令が出て行かれましたから」
「いや、皆さんは楽しんでいただいても」
「いや、私は大勢いる所はちょっと」
クローさんはそう言ってくる。
まあ、クローさんなら雰囲気がそうだから分からない話ではないが、キャリーさんやサツキさんには申し訳ない気がしてきた。
「イレーヌさん。
お金は私が出しますから、主計の皆さんと飲んできたらどうですか」
「司令は、この後のご予定があるのでしょうか」
「いや、年も変わらない連中に敬語で話されながら酒なんか飲みたくはないから出て来ただけだよ。
あいつらだって、俺が居ない方が楽しめるからね」
「そんなことは……」
「これでトムソンさんでもいればな~」
最近警察官を運ぶ仕事でご一緒する機会が増え、かなり仲良くなってきた捜査室長のトムソンさんとはたまにパーティーなどでは固まって酒を飲んでいる。
彼なら、職位も同列になるので、ため口で酒を飲める。
俺の方が敬語を使いたかったが、流石にそれはトムソンさんにお願いされているので、俺は恐縮しながらもため口で酒をご一緒させてもらっているのだ。
しかし、なんだかな。
戦隊の仲間内でのパーティーよりも、外部のパーティーの方が楽しめるって、これって俺にとっては良くない兆候だ。
そんなことを考えていると、俺の気持ちを察してくれたのかクローさんが俺のことを誘ってきた。
「司令、なら私と静かな場所に飲みに行きましょう」
「あ、それ良いですね。
キャリーさん、サツキさんもご一緒しませんか。
今日は司令のおごりだそうですから」
イレーヌさんは気を利かせたのかみんなを誘う。
流石にまだ慣れていない主計職の二人は遠慮しがちだ。
「あ、ああ。
行くのなら俺が奢るよ。
幸いこんな歳なのに沢山もらうものは貰っているからね。
しかも、使う時間も無いと来た。
遠慮はいらないよ」
結局、この日は途中退席組の皆を連れて、以前ジャイーンが働いていたホテルのバーで内輪の宴会をした。
後で、そのことを聞きつけたマリアとケイトから散々羨ましがられて、今度奢る約束をさせられたのだ。
約束した後、あいつらだってあの日は慰労会兼歓迎会でしこたま飲んでいたことに気が付いて、なんだか納得がいかない。
まあ、発足以前から世話になっているので、メーリカ姉さんも連れて一度飲みに行くことにする。
ここで大切なことはメーリカ姉さんが一緒だということだ。
ただでさえ制御不能な2人に酒を飲ませるのだ。
これこそ本当の意味での混ぜたら危険になることは明白なので、奴らを問題無く制御できるメーリカ姉さんの存在が必須になる。
それなら俺も安心して酒を楽しめるというものだ。
元々大して強く無い酒なのだから、飲むときは楽しめないとな。
そんな感じで、懸案の艦載機の件も目途がついて来た。
その日は無事にパイロット研修生の受け入れを終え、日常に戻っていく。
それからしばらくは、何事も無く日常の時間だけが過ぎて行く。
3か月くらい過ぎた頃だろうか。
この間、俺たちは訓練を兼ねながら相変わらず各星域の警察官を、押収している海賊拠点に案内をする仕事を続けていた。
だいたいが3~7日間の間宇宙へ航行を続け、拠点のニホニウムに戻ったら3日間、地上で整備と休みという繰り返しだ。
この日常と化した時間で、目に見える変化があるとすれば、パイロット研修生の力量だろう。
『シュンミン』時代から訓練を続けていた就学隊員たちは既に宇宙空間に単独で飛行させることができるようになってきたし、後から仲間に加わった5人の研修生についても最近になってやっとタンデムだが、宇宙空間での訓練に出ている。
単純に力量だけなら既に就学隊員たちは、新米のパイロット並みだそうだが、いくら力量が上がっても危険を伴う仕事にはつかえない。
その点、5人の研修生たちは、元々からが軍人だったこともあり、多少の危険くらいなら使えるのだが、まだ力量が伴っていないという、非常にもどかしい状況だ。
まあ、この3か月の間に危険を伴うような事案には全く出会うことが無かったが、それでも現状では急ぎ彼ら5人に力点を置いて訓練を続けている。
危険を感じなかったからと言って、全く事件が無かったわけではない。
確かにここ最近急に海賊との遭遇は無くなったが、その代わりに不審船には割とちょくちょく出会う。
組織の正式な発足と同時に、我々の軍にも宇宙軍と同じ臨検などの権利と、治安維持の義務を負っているので、遠慮なく臨検している。
臨検後、犯罪を見つけると、地元警察に引き渡して、捜査権をそのまま地元警察に引き継ぐことをしていた。
そして、今も怪しげな船を見つける。
俺は勤務時間の半分を『シュンミン』の艦橋で過ごしている。
ほとんどは艦橋の隣にある作戦検討室で仕事をしているが、何かあれば艦橋から少し大きめな声を挙げれば聞こえるので、ほとんどを艦橋と作戦検討室の間にある扉はあけ放たれている。
少しでも暇になれば、作戦検討室にいてもそれこそ面白いことなど無いので、艦長時代と変わらずに、艦橋に顔を出す。
尤も艦長席はメーリカ姉さんに譲っているので、艦橋を暇そうにぶらぶらしている、端から見たらただのお邪魔虫だ。
そんな俺に、艦長のメーリカ姉さんが声を掛けて来る。
「見込み客を見つけたようですが、どうしますか」
そう、俺たちにとって、あの不審船はお客様だ。
危険は野良の海賊に比べてもはるかに低いわりに、捕まえると余罪などを含め相当の功績として評価されるので、今では不審船を『お客様』と称している。
尤も、この隠語は俺たちだけだそうだが。
「まだ、正確には分からないのか」
「今、航路管理局に該当船を調べてもらっております。
結果が出る前に遭遇しますが」
「なら、営業活動だな」




