パイロット研修生
うん、やはりいじめだな。
殿下とカリン先輩とが示し合わせて俺のことをいじめて来る。
「カリン艦長。
艦長の気持ちは理解している。
私も同じ気持ちだ。
マキ本部長宛てに上申書を書いておくから、まあ期待しないで待っていてくれ」
俺の返事が不満だったように、更に語気を強めてくるが、俺にどうしろと云うのだ。
結局、その後も艦内で何度も話し合いながら艦隊初の訓練航行を終えた。
ニホニウムの宇宙港を出発して3日後に無事何事も無く帰ってきた。
訓練に要した燃料や食料の他は、俺の精神をやたらとすり減らしただけの訓練だった。
とにかくカリン先輩をなだめるのに苦労した。
実際に訓練を見たら、先輩は夢が広がったようで、さらに多くの艦載機を運用したくて我慢ができなくなったようだ。
基地に帰還後、直ぐに艦長の2人を呼んで、マキ本部長を交えて会議を行った。
『シュンミン』の方は、新たな就学隊員の習熟以外にこれと言って問題は無く、ひとえにカリン先輩からの要望である艦載機の増載だけが、課題として残った。
話し合いの結果、今抱えている艦載機の残り4機もとりあえず『バクミン』に搭載することとした。
問題はパイロットだ。
整備員については最悪、現状だけでも6機くらいはどうにか回せそうだとトーマス整備長から聞いている。
尤も、稼働率は大幅に落とさないといけないということだが、問題は無いだろう。
パイロットをどこから連れて来るかということが最大の関心事になる。
散々検討したが、どの組織も、ここを警戒してなかなか人を出したがらない。
コーストガードですら、比較的代えの利く乗員にはエース級を寄こしてきたが、絶対数の少ない艦載機パイロットについてはこれ以上の出向者は出せないとの返事だった。
比較的余裕のある宇宙軍からは、完全にここを警戒しているのか、お荷物こそこちらに回してきたが、エースでなくとも一人として艦載機パイロットは出せないとの返事だった。
「軍からは相当恨みを買ったようだね」
「あの第二艦隊事件でしょうか」
「それだけでなくとも軍上層部にかなりの退職者を出させたしね」
「え、あれって海賊との癒着では」
「まだ、完全に膿が取り切れてないんだろうな。
これ以上、暴かれたくないとか、俺たちにこれ以上活躍してほしくないとか、いろいろな思惑が絡んでいるのだろうな」
「となると、我々で育てるしかないでしょうね。
あ、就学隊員で艦載機の訓練していた人っていましたよね」
「ああ、来年な。
少なくとも訓練はできるが、パイロット採用は無理だろう。
当然、訓練は続けるけど、作戦行動には使えないよ」
「え、今でも他の就学隊員を普通の兵士のように使っていましたけど」
「パイロットはダメだ。
タンデムならまだしも、単独では使えない。
危険が大きすぎるし、何よりももしもがあったら本部も、いや、殿下すらただでは済まなくなる」
「しかし、そうなるとどうしましょうか」
………
………
………
「我々で育てるしかないだろう。
そこで聞きたいのですが、軍でのパイロット採用はどういう仕組みかご存じですか、カリン艦長」
「兵士からの希望を募るか、初めからパイロット研修生を募集して、育てておりますね」
「そのどちらも、きちんと採用されていますか」
「え、司令、それはどういう……」
「不正採用など全くありませんかね」
「少なくともコーストガードにはそんな奴いないぞ。
そもそも、そう言う一般の採用まで上層部は絡んでは来ないからね」
メーリカ姉さんは自慢げにそう言い放つ。
だがそれと真逆に声が小さくなったカリン先輩が恥ずかしそうに答えて来た。
「学校を卒業するまでは全く知りませんでしたが、正直言うと有りますね。
貴族からの口利き採用って」
「え、パイロットに貴族階級の人は居るのですか」
「ええ、少ないですが、貴族の方もおります。
でも、ほとんどの場合、そう言った貴族の方ってかなり優秀なんですよ。
問題は他ですね」
「他って?」
「貴族が雇っている人たちのご家族や、取引のある商人からの依頼。
特にこの商人からの依頼が問題ですね。
艦載機パイロットで質が劣悪なのが、ほとんどがこれだそうですよ」
「お金で、パイロットの席が取引されていると」
「はっきり言って、そうですね」
「そうなると、当然、そのとばっちりを受け、落ちる人がいる」
「かなりいるようですよ。
そのほとんどが兵士からの希望枠なんかに出ると、何かの拍子に聞いたことがあります」
「マキ姉ちゃん、違った、本部長。
職員の採用をお願いします」
「え、誰を採用するの」
「殿下を通せば軍の人事資料を当たれるでしょ。
そこから、今出た兵士から不採用になった人たちの内、こちらの条件に合う人を引き抜いてもらいたいと思います」
「司令、それは良いお考えで。
マキ本部長、直ぐに……」
俺の一言から、パイロット募集の件に目途が付いた。
今後は就学隊員を教育していくが、とりあえず、軍の一般兵士から採用するということで、動き出した。
マキ姉ちゃんは急ぎ首都星ダイヤモンドに戻り殿下と一緒に軍人事本部に向かった。
軍内では殿下の唯一の理解者である将軍を訪ねたのだ。
そこからはとんとん拍子に話が進んだ。
一部の軍人の間では元々から問題視していた件で、将来優秀なパイロットになろうとする若者の芽を摘み取っていただけに、今回の殿下からの要請は将軍からしたら渡りに船と、将軍が予てからそろえていた資料から、これぞという人を10人ばかり紹介してもらい、そのうち面接で半数の5人ばかりを移籍という形で採用した。
直ぐにパイロットとして活躍はできないが、それでも、訓練をしながら実戦にも出せる正規職員としてのパイロット研修生を得たことは大きい。
新たな仲間の件についてはマキ姉ちゃんと殿下に全てをお任せして俺たちは、2度目の訓練を兼ねて、予てから行っている警察官たちの攻略した海賊拠点へのご招待運航をしていた。
新組織発足と同時に、俺たちは軍と同様の臨検及び強制捜査権を得たが、いざ準備が整うと、そう簡単に獲物はやってこない。
新たな仲間たちにも経験をと思っていたのだが、今回は空振りだった。
それでも。首都星以外の警察本部まで向かい、そこから拠点数か所をめぐるとそれ相応の時間はかかる。
最初の訓練航海は3日で終わったが、今回は5日かかり、無事にニホニウムに戻ってきたのだ。
ニホニウムに戻るとマキ姉ちゃんからパイロット研修生を無事に確保したとの朗報を貰った。
ニホニウムに彼らが来るのは来月になるとのことだったが、俺たちに研修計画の作成を命じて来た。
まあ、そうだよな。
あくまで俺たちが受け入れるのは研修生だ。
ある意味就学隊員とそう変わりがないが、当然現場主義で行くことは俺たちの中では決定事項だ。
俺たちが訓練航海中に、船内に持ち込んだシミュレーターでの訓練から始まり、パイロットが居なく寂しく格納庫で眠っているあの艦載機を使っての実機訓練も行うのは既に就学隊員で経験済だ。
今回も、あの時同様、いや、就学隊員のように一般の学習の必要がない分より多く、訓練ができるとカリン先輩は喜んですらいた。
大丈夫かな。
あの人、こと艦載機が絡むと少々ギアが外れるから、間違っても潰さないようにカリン先輩の部下になっているマークにもお願いをしてある。
何せ、今回の訓練全てを『バクミン』で行うから、俺が直接監督できないのが不安だが、よくよく考えると、俺の範疇から外れているから、問題が起こっても俺のところまでは来ない。
なら、ちょっとばかり距離があった方が俺の幸せに繋がるとも、ほんの少し思った。
俺たちが訓練を兼ねた警察官の移送業務をこなしていると、あっという間に一月が経った。
今俺たちの拠点を置くニホニウムの基地に作られた真新しいホールに、支給されたばかりの新品の制服を着たパイロット研修生5名が整列して並んでいる。
彼らは一般からの募集で集めた訳では無く、軍の募集からあぶれた者たちだ。
その中から、我々の要求する人材を厳選の上選び出した人たちだ。
全員が宇宙軍の各所、ほとんどが最前線やそれに類する相当にきつい部署からの移動で、組織人としては鍛えられた者たちばかりだ。
俺に言わせれば、明らかにパイロットに向かない適正を持っている訳でない彼らが、何故落とされたか不思議でしかない。
最終的なパイロットとしての適正があるかどうかは実機での訓練を課したうえでしか判断できないが、少なくとも書類上、面接でもこれ以上に無い人員だと思えるのだから、これを落とした宇宙軍はいったい何を考えているのか不思議でしかない。




