迫力の訓練風景
「そうですね。
その辺りをユージやコージがしっかりと締められればいいんですが。
まあ、これからもあいつらを鍛えますから、その辺りは心配しないでも良いですよ」
「整備長にそう言ってもらえると助かります。
しかし、残り4機については真剣に考えないといけませんね。
もし、連れて来た連中が使えないと判断したなら私に回してください」
「司令?
どうするおつもりで」
「マリアに預けて、全てを任せます」
「………
司令、それだけは………ちょっと酷なようで」
「酷なようでと云っても、今も『シュンミン』の機関部員をマリアが鍛えていますから、その結果を待ってからですが、多分大丈夫でしょう。
さっきもそのことを話したら、あいつは『相手を見てやるから大丈夫』と言っていたし、私としても1人でも使える乗員が増えることには大賛成ですしね」
俺とトーマス整備長とで、そんな会話をしていると、格納庫管理室に設置してあるスピーカーからやや緊張感を漂わせるような声で指示が入る。
「艦載機、1番機から順に着艦します。
格納庫要員は準備されたし」
「こちら格納庫管理室、整備長のトーマスだ。
艦載機着艦の件了解した」
トーマスさんが指示にすぐさま反応をして、マイクで艦橋に返事を返した後、スイッチを切り替えて格納庫にいる整備員に指令を出す。
「今のを聞いたな。
これは訓練だが、実戦のつもりで作業に入れ。
少しでも気を抜けば明日は死が待つだけと心得よ。
ユージとコージはその辺を考えて、きちんと面倒を見ろよ」
トーマスさんの激励とも活入れとも言えないような指示に対して、窓越しの向こうからユージさんとコージさんの2人がこちらに手を振って合図で返してきた。
「何が始まるのですかね」
イレーヌさんは興味深げに独り言を話す。
「艦載機が着艦後簡単に整備して、直ぐに離艦するそうだ。
これからが見ていて面白そうだよ」
俺がイレーヌさんの独り言に答えると、イレーヌさんは恥ずかしそうにして、頭を下げた。
すると、すぐさま艦載機が全通格納庫にほとんど間隔を空けずに入ってきた。
それを間髪入れずにユージさんが2機とも捌いて駐機スポットに連れて行く。
「これ、初めてなのか。
凄いな」
「実機を使ったのは初めてですが、整備が無ければいつもこんな感じの訓練をしておりますよ。
今日は私が格納庫管理室にいるだけあいつらはやりやすいのでは」
「いつもの訓練では、どうなります」
「ほとんど私の怒鳴り声ばかりですよ。
まあ、私もどこまでできるか正直楽しみですがね」
駐機スポットでは2機それぞれにユージさんとコージさんが分かれて就学隊員たちを指揮している。
あいつらもさっき聞いたが、本当によく訓練されているな。
俺がこんな感想を持っていると隣で、俺と同じような感想を持ったのかイレーヌさんが驚いている。
「あの人たちは少々幼いように見えますが、軍のFキャリヤー艦の整備士の人たちよりも動きが良いように見えます」
「え、イレーヌさんは実際に宇宙軍のFキャリヤー艦に乗ったことがあるのですか」
「ええ、第二艦隊司令部付きだった当時、上司と一緒に事務関係のことで一度だけ運用中のFキャリヤー艦に行ったことがあります。
その際に整備士の人たちの作業を見学させてもらいましたが、それよりもはるかに動きが良いように見えます」
「だそうだ、トーマス整備長。
後で連中を褒めてあげてくれ。
俺が云うよりもはるかにあいつらへのご褒美になりそうだ」
「あまりおだてないでください、イレーヌ秘書官殿。
あいつらはまだ学生ですから、図に乗ります」
「学生?」
「あ、イレーヌさんは軍にいたから縁が無かったですよね。
コーストガードでは発足当時に近い時期から、初等教育を済ませた孤児などを就学隊員として中等教育高等教育を無料で施す代わりに現場近くで訓練もさせていました。
私たちはそれよりも若干ですがプログラムを変え、一般兵士と変わりない訓練もさせておりましたから、ある程度経験を積めば一般の兵士と同等の成果は出せます」
「あの方たちは、正規な隊員では無いのですか」
「ええ、ですから危険な任務はさせておりません。
しかし、私たちの経緯があまりにも変則的で、はじめ私がコーストガード時代に配属されていた彼らをそのまま殿下の組織に引き連れてやってきたのですが、その当時から私たちの人材不足は深刻でしたから、背に腹は代えられずの喩えじゃないですが、うやむやのうちに2等宙兵のように使っていましたね。
今では、本人たちの資質と希望によってそれぞれ専門の教育をしながら配置に付けております。
彼らも、早くから整備に興味のあった連中をトーマス整備長とマリアが面白がって鍛えた結果なのでしょうね」
「司令、面白がっては無いんじゃないですかね。
私はマリアや『アッケシ』の機関長とは違いますから」
「あれ、でもトーマス整備長も一時はその機関長に師事していたのでは」
「ええ、マリアが来る少し前のほんの少しですよ。
あの機関長はかなりの変わり者ですからね。
私よりもマリアの方が気に入ったのか私はすぐに解放されましたから」
しかし、あの『アッケシ』って、コーストガードのお荷物って言われていたけど、乗員を見れば誰もが一級品だったのでは。
皆少々、いや相当に変わり者ではあったが、だからか。
一般的な常識を持つ上司には扱いきれなかったからお荷物扱いされたわけだ。
しかし、端から自分では扱いきれないと判断すれば、俺のように全く何もせずついて行けばよかっただけなのに、まあ組織人としてはそんなことはできないか。
しかも、それなりに経験でもあればなおさらか。
そんなことを考えてると、今度は格納庫から管理室に連絡が入る。
「こちらユージです。一番機整備完了、いつでも出せます」
続けてコージさんからも競うように報告が入る。
「コージです。
二番機も整備完了しました。
こちらもいつでも出せます」
「2機とも発進位置まで」
トーマス整備長は彼らに指示を出した後、艦橋に報告を入れる。
「こちら格納庫管理室。
艦載機2機とも発進の準備が整いました。
命令があればいつでも出せます」
「こちら艦載機管制。
了解した」
その後、艦橋では艦長への報告と指示を待つような声が聞こえた後に、スピーカー越しに2機の艦載機に発進の指示を出しているのが聞こえた。
「一番機、発進できます」
「進路クリア、発進せよ
続けて二番機も進路クリア、発進せよ」
「二番機了解。
発進します」
「こちら格納庫管理室。
艦載機2機とも発進を確認。
格納庫ハッチを閉じます」
「艦橋了解。
ハッチの閉鎖を確認」
「艦長のカリンだ。
今の離発着の所要時間は初めてとしては上出来だと思う。
今出撃中の艦載機を使って、同じ訓練をあと数回は行いたい。
各自、次の訓練に備えよ」
カリン先輩の訓示の後も数回離発着訓練が行われた。
訓練の成果としては目に見える形では表れてこなかったが、とりあえず艦載機2機態勢の今では問題無く使えることだけは分かった。
「迫力あるな~~」
俺が訓練の感想を独り言のようにこぼすと、トーマス整備長は嬉しそうに俺に向かって言っていた。
「ユージもコージも見違えるように成長したでしょう」
「ああ、ユージさん達だけでなく、就学隊員たちの成長に驚いたよ。
コーストガードなら、十分にそのまま使えるのでは」
「そうですね。
ベテランの整備長の元なら問題無いでしょうが、まだまだですよ。
あれなら昔のユージたちの方が……」
「ちょっと待ってくださいよ。
いくらなんでも比べたらかわいそうですよ。
仮にも正規隊員たちと就学隊員ですよ。
でも、本当にこれならあと数年先が楽しみですね」
「まだまだ艦を増やすおつもりなら足りませんよ。
もっとたくさん育てないと」
「それもそうですね。」
「司令、訓練が終わりましたがこの後はいかがなさいますか」
俺のアテンドに付いているソフィアがこの後の予定を聞いてくる。
「そうだな、一旦自室に戻るよ。
暫くは艦内の様子を観察したいから、もうしばらくお世話になろうかと考えているが、お邪魔かな」
「いえいえ、戦隊の査察は司令の職務権限ですので、ご自由になさってください。
ではご案内します」
俺はイレーヌさんを連れて自室に戻り、自室でカリン先輩と今の訓練についての評価を行い、今後について話し合った。
やはり艦載機が少ない。
今まで単艦のみで運用してきたことから、現状は遥かに良い状態なのは誰もが理解しているが、僚艦を従える状況において、しかも、その従えている僚艦が小型のFキャリヤー艦に匹敵する性能を持つとなると、どうしてももったいないという気持ちが出てしまう。
カリン先輩は俺以上に不満を抱えているようで、しきりに俺に対して艦載機の増載を求めて来る。
カリン先輩だって現状の問題を理解していない筈はないのだが、それを敢えて無視するように俺に求めて来るのだ。




