初の艦載機訓練
「何か言ったか」
危ない危ない。
部下たちの前でその上官を否定してはダメだと、士官学校時代にもうるさく言われていたな。
マークの直属の上司に当たるカリン先輩の不満はここではNGだ。
マークに聞こえなかったから良いけど、それにしたって最後に特大のをかましたのはカリン先輩だった筈なのにちゃっかり自分だけはって感じだな。
「こんなことを司令に言って良いか分からないが……」
「あ、マーク。
今はプライベートだろ。
言いたいことがるのなら遠慮なく言えよ」
「なら言うぞ。
もう一度確認するが上官に対するなんて言う理由で罰するのは無しだぞ」
マークはそう言ってから、本当に遠慮なく言ってきた。
彼が言うのは、俺たち、ここで厳密にいうのならコーストガード時代の第二臨検小隊の面々は成長していないのではと云うのだ。
ここで成長と言ったのは、俺もそうだが、他のメンバーも今ではほとんどが士官か下士官にまで出世しているのに、未だにあの『シュンミン』内でのやり取りが内火艇時代と変わっていないというのだ。
マークに指摘されたからじゃないが、正直俺の感覚も変わっていない。
精々、殿下の元に移った時に増員した人たちに対して、少し遠慮がある対応をしたくらいだろうか。
「確かにそうだと俺も思う」
「なら変えろよ。
流石に殿下を御乗せする旗艦が乗員の士気が低いとなると……」
「いや、士気ならいつでも十分すぎるくらいに高いぞ。
そのおかげでいつも問題を抱えているくらいだ」
「問題を起こすくらいなら、それだけで問題だろう」
「それがな~」
ここで、俺が進退伺を出した件に簡単に触れて話してみた。
流石に、その原因の主犯にカリン先輩が絡んでいたとは言えなかったが。
そんな話をしていたら、全艦通達が聞こえて来た。
「乗員に告ぐ。
只今より通常航行モードから準戦モードへ切り替える。
訓練計画に基づき、モード変更。
乗員は速やかにモード変更に伴う作業に移れ」
「ああ、艦長がそんなこと言っていたな。
これで俺のプライベート時間は終わりだ。
……
只今を持って、マーク・キャスベルは攻撃主任として艦橋に上番します。
失礼します、司令」
そう言うとマークは敬礼をした後部屋から出て行った。
ああ、なんだかな。
ちょっと寂しい。
俺も訓練でも見学しておこうかな。
そう思っていると部屋の扉をノックする音が聞こえて来た。
イレーヌさんが来たのかな。
俺はそう思い、部屋の扉を開けたら、扉の前で驚いた顔をしたソフィアが居た。
「あ、あ、あの、司令……」
あ、まずい。
こういう場面では中から声を掛けるだけで良かった。
イレーヌさんだと思って俺が扉を開けたから、ソフィアが固まってしまった。
しかし、考えようによってずいぶん失礼な話だな。
俺がそう思っているとすぐにイレーヌさんが俺のところに来たので、二人ともとりあえず部屋の中に入れた。
「司令。
先ほどカリン艦長の言っておられました訓練が始まるようですが、司令はどうしますか」
まだ、リブートが済んでいないソフィアに変わってイレーヌさんが俺に聞いてくる。
「ああ、訓練を見学するつもりだが、その前にソフィア少尉の来訪の理由を聞かないとな。
で、何か用ですか、ソフィア少尉」
先ほどマークに言われたこともあって、一応外聞が悪くないように対応してみた。
既に俺自ら扉を開ける様な失敗をした後だが。
「あ、失礼しました。
カリン艦長より、伝言を預かっております。
司令が行きたいところに案内するように言いつかっております。
艦橋で訓練を見学なさいますか」
「いや、俺が艦橋に行っても邪魔になるだけだろう」
「いえ、そんなことは……」
「それよりも、この訓練は艦載機の離発着がメインの訓練と聞いている。
ならより傍で見れたらと思うがどうだろう」
「全通の格納庫の立ち入りは危険ですので、できれば避けて頂きたいと思います。
その代わりに格納庫管理室が格納庫に隣接しており、モニター越しでなく直接艦載機の離発着がご覧になれますが、そちらで如何でしょうか」
「私が立ち入っても問題無ければそこに案内してほしいのだが」
「この艦に司令の立ち入れない場所はありません。
ただ危険が伴う場所への立ち入りは司令の安全を考えますと避けて頂けたら幸いです。
司令がその辺りをご理解して頂けて助かります。
これからすぐに格納庫管理室へ御案内致します」
しかし、学生時代にはマークほど親しかったわけじゃないが、それでも同期なのに固いな。
もう少し、マリアやケイトまでとは言わないが、せめてメーリカ姉さんくらいにまで砕けて対応してくれればいいんだがな。
俺は、ソフィアの対応について不満に思った。
彼女がこれなら、エマも期待できそうにないな。
まあ、エマは航宙士なので、艦橋にでも行かないと話すことも無いのだが。
そう言えば航宙副士にララを付けていたから、ララなら俺に対しても臆することが無いだろう。
今度艦橋にでも行った時に少しララにも話をしようかな。
俺はそんなことを考えながらソフィアに付いて格納庫管理室に向かった。
格納庫管理室は確かにソフィアが言うように、窓越しに格納庫を見渡せるように作られている。
これは全通格納庫が飛行場の滑走路なら管制塔のような感じだ。
「うん、ここは良い」
「お気に召されたようで、幸いです」
「幸いついでに言わせてもらうが、もう少し砕けた口調だともっといいんだがな」
「は?」
「司令、訓練中ですのでおふざけは避けた方がよろしいのでは」
俺とソフィアの会話を横で聞いていたイレーヌさんに怒られた。
言っている内容は酷く当たり前だが、口調に怒気が含んでいる。
完全に俺のことを叱っているのだな。
最初に会った時にはイレーヌさんはもう少しおとなしめな女性だと思ったのだが、マキ姉ちゃんと一緒に居る時間が長かったのか、なんだかリトルマキ姉ちゃんって感じになっていくような気がする。
マキ姉ちゃんも孤児院にいた時にはもう少し優しかったような気がするが、最近俺の周りの女性たちがどんどん俺が望んでいない方向に変わっていくような。
唯一の救いはマリアやケイトたちか。
なんだか、あのトラブルメーカーに癒されるなんて複雑な気持ちも無くはないが、彼女たちの変化だけは何としてでも阻止しないと。
まあ、あのマリアが目の前の人たちのように変わるのだけは全く想像できないのだが。
「司令、訓練が始まるようです」
ソフィアが訓練開始を俺に伝えて来た。
窓越しに見える格納庫では全通部分中央に2機の艦載機が引き出されて、ユージやコージたちと最後の会話の後、艦載機のハッチが閉じられ、全ての機材が取り払われて、2人が安全地帯に待避後にすごい勢いで出撃していった。
「確かに、ここからの眺めは壮観だな」
「直ぐに、戻ってきますよ。
そこからが本番です、司令」
そう言いながら管理室に入ってきたのは、『アッケシ』にいた時からの仲でもあるトーマス整備長だ。
「トーマスさん、久しぶり……もないか。
どうです、調子は」
「司令、ユージもコージもすっかり一人前にまで成長しましたし、2機なら何ら問題は有りません」
「艦載機が二機ならとわざわざ断るということは」
「ええ、就学隊員の内、ここで面倒を見ていた連中もすっかり仕事を覚えてきておりますから、『アッケシ』にいた時のユージくらいには使えるかなとは思いますが、ここでの稼働を考えますと、全然ですね」
「え、あいつら、そんなにまで成長しましたか」
「ええ、司令が艦長当時から無理ばかりさせるもんで、何度も徹夜をさせましたから、経験だけは簡単にコーストガードを超えましたね」
「え。そんな無理をさせましたか……え、ちょっと待ってくださいよ。
無理させたのって、俺じゃないですよね。
全部カリン艦長の作戦だったような」
「ええ、ですがその作戦を指示なされたのは艦長だった司令でしょ。
まあ、奴らの成長もそのおかげなんですが、それでもまだまだ任すには程遠いですね。
パイロットが来れば直ぐにでもあと4機は面倒を見ないといけないのに」
「流石に私も殿下も就学隊員にはそこまで求めてはおりませんよ。
軍かコーストガードから人を連れてきますから」
「それなら尚更ですね、司令」
「は?」
「軍については分かりませんが、コーストガードのどこの部署だって、ここまでの稼働率を実戦で経験しておりませんよ。
軍のエリート部隊ならばまだしも、そんなところから人は来ませんよね。
それこそ下手をすると就学隊員よりも使えないような連中が来ると、かえって問題があるような」
「そうですか、そうですよね。
後一年待ってください。
来年になればあいつらだって晴れて正規隊員として雇用できますから。
尤もあいつらが希望した場合ですが。
そうなると他から人が来てもあいつらを無下にはできないでしょう」




