数少ない友人でもあり同期でもあるマークとの語らい
意識が逸れたが、カリン先輩との話に意識を戻す。
当分、戦隊行動の訓練に時間を使って、まずは慣れることから始めるようだが、それだけに時間を使うのはもったいないと、カリン先輩が言って来る。
彼女は、艦載機を使いたいだけのようだが、その艦載機の離発着訓練をその戦隊行動中に行いたいそうだ。
自艦の艦載機の訓練計画など艦長裁量の範疇だが、我々は少々事情が異なる。
これは、この艦の改修計画を作っていたころから散々話し合ったことだが、我々の戦隊では、両艦が持つリソースを共同で使うことを考えている。
これは何も艦載機に限った話ではないが、もともとこの考えに至った経緯が、艦載機をたくさん使いたいというカリン先輩の欲求から来ていることは誰もが感じているが口に出さないことになっている。
しかも、その艦載機も今はまだこの『バクミン』に2機いるだけで、『シュンミン』には無い。
そう、彼女が『シュンミン』時代に面倒を見ていた部隊をそのままこちらに移したのだから、そうなっただけの話で、あと4機の機材だけは現在整備中で、既に広域刑事警察機構軍が所有している。
問題はパイロットや整備士などの人材の手配だけの話だ。
そんな事情もあって、艦載機の訓練計画は今回の航海では作られていない。
今所有している残り4機の運用の目途が立ってから考えることになっていた。
それでもせっかく2機の艦載機がこの場にあるんだから使いたいというのはある意味十分すぎる欲求だ。
俺としても断る理由がないから許可する。
「艦隊行動には影響の出ない範囲でなら了承する」
「ありがとうございます、司令」
「あ、だけど、訓練前には『シュンミン』のメーリカ艦長にも一報を入れておいてくれ。
流石にカスミなら間違えることは無いだろうが、それでもいきなりなら驚くからね」
「もちろんです。
実はすでにメーリカ艦長の了承も得ているんですよ。
では、2時間後に訓練を始めます」
そう言って、カリン先輩は部屋から出て行った。
いったい何だったんだ。
俺はどっと疲れた。
それを察したのか、お茶をもってイレーヌさんが俺の横に来る。
「司令、お疲れの様ですから、少し休みますか」
「そうだな、そうさせてもらうよ」
俺がそう言うとお茶を置いて部屋から出て行こうとしていたイレーヌさんを俺はすんでのところで捕まえて、一つお願いごとをした。
「もし、マーク少尉が非番なら呼んでもらえないかな。
少し話がしたい」
「畏まりました」
そう言ってイレーヌさんは部屋から出て行った。
秘書官の居る生活にはまだ慣れない。
彼女も俺の面倒に慣れていないようだが、それはお互い様だな。
俺は決して悪い上司じゃないつもりだが、彼女は時々非常にやりにくそうにしているのが感じられる。
俺は決してセクハラやパワハラになるようなことはやっても言ってもいない。
できる限り丁寧に接しているのだが、階級が逆転した関係もあるのだろう。
これは軍アルアルのようで、どこでもよく聞く話だが、彼女も経験こそ少なくとも、第二艦隊当時に良く見聞きして知っているはずだ。
優秀な彼女のことだから、もう少し上手に対処するものとばかり思っていたが、未だに慣れていないようだ。
何故なんだろうな。
そんなことを考えていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「マーク・キャスベル少尉、司令からの要請により出頭しました」
え、何、マークが暇ならお話しましょって呼んだはずなのに。
仕事で呼んだ訳じゃないのになんだ。
「マーク少尉。
部屋に入ってくれないか」
「失礼します」
「ところで、マーク少尉。
今君は仕事中か」
「いえ、現在準待機中です」
「なら非番だよな。
では、ここからプライベートだ。
その堅苦しい口調を辞めてくれ、マーク」
「何を言いますか、司令」
「だから辞めて。
マークまでいじめる側に回るつもりか」
「いや、だから……だって。
ナオって、閣下になったんだよな。
だったらほら……」
「だからその閣下って言うのがいじめなんだよ。
どこの世界に孤児院出身の平民が学校を出て直ぐに閣下呼ばわりされないといけないんだよ。
勘弁してほしい。
これは殿下が俺のことをいじめ殺すつもりで仕組んだに違いない」
「いじめ殺すって、いくら何でも言い過ぎだろう。
そもそも不敬罪で捕まるぞ」
「あれほどお優しかった殿下が心変わりしたんだ。
そんなに俺のことが嫌いならばさっさと首にすればいいだけなのに。
前に進退伺まで出したのに、きっとそれに対する当てつけだ」
「ああ、もういい。
分かったよ。
今はプライベートだ。
それで良いんだな、ナオ」
「ああ、よかった。
それでこそマークだ。
俺の友人だ。
今ではマークや、『シュンミン』内にいる俺の部下だけだよ。
俺のこと判ってくれるのは」
「ああ分かったから、もういいから。
それよりも俺に話があったんじゃないのか」
マークが俺の気持ちを察してくれたのか前に戻ったように俺と会話をしてくれる。
俺は、今まで溜めていた不満と云うか諸々のことを吐き出した。
「まあ、俺もナオの言うことは少し理解はできる。
俺も昇進が決まってからは本当に針の筵だったよ。
しかも、恩賜組が全員脱落と聞いてからは酷かった。
今回ここに出向が決まって正直助かったともいえる。
元々出世できれば良い位にしか考えていなかったから、ラインから外れてもあの針の筵にいるよりもこっちの方が格段に良い。
それに艦長も一期上の恩賜組で、出世頭と言われていたカリン少尉、今は中尉か。
だからここも、軍内部ではコーストガードとは違うんじゃないかと言っているのも出てきているし、閑職だとは思っても居ないからな」
マークも、今までの慣例から外れたということで、色々と各方面からあったらしい。
話を聞く限りではマークだけでなく、今回昇進して、この艦に移ってきた同期全員がそうだったらしく、出向の話も一応は希望を聞かれたが、3人とも二つ返事で出向を希望したというのだ。
俺の時には希望すら聞かれなくて、勝手に出向させられたが、しかも2回もだ。
あ、殿下からは一応聞かれたような気がするが、俺のような最下層出の庶民なら殿下のような殿上人から何か言われれば返事は自ずと限られる。
マーク達も同じか。
「まあ、みんな苦労したんだな。
出世って、良いものだけじゃ無いのかもしれないな」
「何だよ。
俺の苦労を知っているはずなのに、マーク達って冷たいよ。
ソフィアだって、何だよ。
俺がこの艦に着いた時に『ナオ君、久しぶり~~』ってくらい言ってくれてもいいのに開口一番何て言ったと思う」
「流石に、自分らの戦隊司令に『久しぶり~~』は無いんじゃないかな。
それで、ソフィアは何と言ったんだ」
「戦隊司令、来艦。
とか、お待ちしておりましたとか、いったい誰に向かって言っているんだよって言いたいよ」
「いやいや、どこもおかしくは無いだろう。
だいたいあの時はソフィアは勤務中だ。
いわば公的な時間だから、公的に対処したんだろう。
そもそも、どこの世界に自分のはるか上の上司に向かって『久しぶり~~』っていう奴いるかよ。
軍人に限らず民間だっていないぞ」
「え~~、そういうものか。
俺らって同期だろう。
そんなに学生時代に親しくはなかったけどソフィアとは、卒業後にもみんなで話しただろう、あのスペースコロニー制圧で」
「ああ、あの時か。
あの時からならそれほど時間は経っていない筈なのに、なんだか懐かしいな。
俺らは、あのおかげで出世したようなものだからな」
「俺は、あの時のような関係を期待したのに、それはいけないことか」
「いけないと云うか、今改めて考えると、あの時は俺らの方が間違っていたと思うぞ」
「え、なんで?」
「あの時は、俺らは准尉。
ナオは確か中尉で艦長だったような。
流石に公的な場ではなかったから俺らは問題にされなかったけど、あれが公的な場だったら、俺たちは間違いなく処分対象だ」
「え~、そんなに」
「ああ、それが今では自分らの上司の上司。
しかも勤務中なのだから流石に無理だろう」
「え~~、『シュンミン』ではそんなこと無いのにな。
コーストガード時代からの部下であるマリアなんかは全く変わらないのに」
「前に言ったかと思うけど、ナオの部下たちの方が異常だと思うぞ……あ、俺もその部下か。
ちょっと訂正な。
ナオがコーストガード時代から連れている部下と言い直した方が良いか。
前にも言ったけど、良く規律で問題を起こさないよな」
「いや、既に何度も起こしているわ」
「なら尚更だ。
うちの艦長はその点を特にうるさく言っているから。
まあ、みんな当たり前と受け流しているけどな」
「え、その問題児にカリン先輩もいたはずなんだがな……」




