乗艦の慣例
「まあ、艦の運航は艦長の責任だし、機関部はマリアの管轄だしな。
でも、ほどほどにしておけよ。
辞められたらたまらない。
ただでさえ人手が足りないからな」
「分かっているって。
大丈夫だよ。
その辺りは私も姉さんも人を見てやるから。
でも、まさか就学隊員まで持っていかれるとは思ってもみなかったな。
せめて就学隊員だけでもいたら、一緒になって仕組めるんだけどな」
本当に慣れていない乗員をマリアに任せて大丈夫かと心配になって来る。
「とにかく、ほどほどにな。
問題はごめんだぞ」
「分かっていますよ、司令。
ではいってらっしゃい」
直ぐに内火艇に乗り込んで後部格納庫から後ろを航行中の『バクミン』に向け出発させた。
「あの~。
いまさら言ってもなんですが、本当に2人だけで行くんですね」
「いけませんか」
「いけないと云うか……」
「あ、すみませんでした。
若い女性と2人きりなど心配になるのは当然でしたね。
配慮が足りなくて」
「いえ、そんなことはどうでもいいです。
そもそも、司令が言われるようなことは心配しておりません。
司令はそんなことはしないと知っておりますし。
それよりも、格と言いますか、司令がご自身で内火艇を操縦しての移動って、少々問題があるような……」
どうもイレーヌさんは俺に宇宙軍の司令官と同じことを期待しているようだ。
そんなこと、少なくとも俺が司令で居る限りありえないのに。
「イレーヌさんが何を心配しているのかは分かりますが、内輪だけなら問題ないでしょ」
「内輪って言っても……あ、司令。
『バクミン』から通信です。
そのまま進んで前部ハッチから入艦してくださいとのことです」
「了解と返事しておいてください。
直ぐに着きますよ」
俺の乗った内火艇は言葉通り直ぐに『バクミン』直前まで来ていた。
無線で連絡があった通りに俺の受け入れの準備ができているのだろう、『バクミン』の前部ハッチが開いており、トラクタービームが出されていた。
ここまで来れば自動操縦で、出されているトラクタービームを受け入れる処置を取ればいいだけだ。
と言っても、自動着陸誘導をONにするだけなのだが、あとは速度やコースも全て俺らを受け入れる『バクミン』側で措置される。
そのまま内火艇は艦内に入っていくと、自慢の全通格納庫中央に整備員のユージが立っており、内火艇を駐機スポットの方に誘導していく。
と云っても俺は何もしていない。
全て、『バクミン』の管制からの誘導で勝手に移動しているだけなのだが、様式美と云えばいいのか、宇宙軍などでは良く見る光景だった。
コーストガードでも同じようにしているはずなのだが、ついに『アッケシ』では見ることのなかった光景だ。
内火艇はそのまま誘導に従って駐機スポットに向かう。
その駐機スポットではマーシャラー役のコージがこれまた俺らを誘導していく。
いや、俺らを乗せた内火艇の誘導に対して管制官に指示を出しているのだろう。
スポット中央に来たところで、両手を挙げて止まれの合図を送ると、両手を下げてエンジンストップの指示を出してきた。
流石にエンジンストップだけはこちらでしないといけないので、指示に従いエンジンを止めた。
「しかし、流石に自慢の格納庫だけあって、広いが人も多いな。
保安員までいるよ」
「司令を出迎えるためではなくて」
「まっさか。
今まで俺はそんな扱いを受けたこと無いよ。
エンジンも止めたし、降りようか」
俺は内火艇のエンジンと止めてから、イレーヌさんと一緒に内火艇を出た。
『ピ、ピ~~』
俺は内火艇の扉を開けると突然笛を鳴らしたような音がした。
その後すぐにソフィアの大声が聞こえて来た。
「戦隊司令、来艦」
え、え、何、何が起こったのか。
あまりに突然だったから、驚き周りをキョロキョロと見渡した。
どこかにお偉いさんでもいたのか。
すると、俺の隣で落ち着いているイレーヌさんが俺に教えてくれた。
「司令、司令が『バクミン』に来たので、敬意を示しているようですから落ち着いてください」
え、そうなの。
今までそんなことしてなかったじゃん。
まだ、仰々しい事が続く。
保安員も続けて号令を掛けて来る。
「戦隊司令に、敬礼」
その場に居る全員が俺に向かって敬礼をしてくる。
流石に無視をするわけにもいかないので、俺も答礼で返すが、どうなったんだ。
そんな俺に構わず、ソフィアが俺に声を掛けて来る。
「お待ちしておりました、戦隊司令。
カリン艦長がお待ちしておりますので、ご案内します」
「え、ソフィアだよね。
何それ」
俺のソフィアへの対応が間違っていたのか、秘書官であるイレーヌさんから注意を受けた。
「司令、ここは彼女の案内に素直に従いましょう」
俺は、雰囲気があまりにも『シュンミン』と違い過ぎるので、勝手が分からず、とりあえずイレーヌさんの言われるように大人しくソフィアについて艦橋に向かう。
艦橋に入ってからも、声がかかる。
「戦隊司令、入室」
すると艦橋で作業中の乗員が一斉に俺に向かって略式だが敬礼を取る。
俺の方も、略式でただ頷くだけだが、答礼?を返す。
「司令、ようこそ『バクミン』へ」
カリン先輩が嬉しそうに俺に声を掛けて来る。
俺も、一応艦の運営について褒めながら感想を述べる。
「カリン艦長。
あの短い準備期間でここまでしましたか。
凄いですね。
『シュンミン』の時なんて、処女航海ではまともに動かすだけで精一杯でしたから、素直にすごいと思います」
「おほめ頂きありがとうございます、司令。
ただ、我々はあの時の『シュンミン』が置かれていた状況とは違い、格段に好条件がそろっていますから、それと比較するのは『シュンミン』に対していささか酷というものでは。
それよりも、司令。
まずは司令のお部屋にご案内します」
そう言って、今度は艦長自ら俺用に用意している部屋に案内してくれた。
と云っても同じデッキ、しかもここ艦橋からは隣の作戦検討室を挟んでその隣にある部屋だから、あっという間だ。
この艦の設計思想で、いつでも旗艦機能を『シュンミン』から移せるように、俺の居住空間が艦長室と並んで、作戦指揮に最適な場所に部屋が用意してあった。
それは俺も以前に行った内覧で知っているが、あの時よりも若干の変化はあった。
俺用の部屋の扉にあった表札が、扉ごと代わっていた。
前には白い扉で、『医院長室』と書いてある表札にマジックで×がしてあったが、その表札が扉と一体だったのか扉ごと変えてある。
どこにでもある一般的な宇宙船用の割と高価な扉に変わっていた。
だから扉の色も白から灰色に変わっており、少しだけ周りから浮いていたが、それもやむを得ないだろう。
何せ、この艦の内装も、解体船からの流用だ。
その解体船が、今回は病院船だっただけの話で、清潔感に溢れた雰囲気はあるが、この艦もどう見ても軍艦の内装ではない。
でも、豪華客船から流用している『シュンミン』に比べればはるかにましなレベルだ。
「司令、この部屋が司令のお部屋になります。
本艦乗艦中はご自由にお使いください。
この部屋も十分に執務に問題ないですが、もし御入用でしたら、お隣の作戦検討室を司令の執務室としてお使いください」
「ありがとう、カリン艦長。
私の秘書官用にも部屋を用意できますか」
「ええ、少し離れますが、このデッキに用意してあります。
後で、イレーヌ秘書官をご案内します。
早速で、申し訳ないですが、今後についてお話がしたいのですが」
そう言われたので、そのまま艦長と俺用に用意されたこの部屋で話し合った。
流石に戦隊司令を迎えるために用意しただけあって、この部屋にもそれ相応の応接セットは据え付けてある。
尤も、これもあの病院船の医院長室にあったようなものらしいが、院長が使っていたのだから、十分にそれなりの格はある。
これも俺には豪華すぎて使いづらいが、その辺りについては最近少々感覚がマヒしてきているのも俺は感じている。
殿下をご案内しても問題ない格の部屋をあのマリアの暴走のために俺用とされたのだ。
どんなに居心地が悪くても、使わざるを得ない。
俺をこんな目に遭わせたマリアは『シュンミン』の医務室改装時にさっさと自室を落ち着けるように別の場所に作って逃げたのだ。
元々は豪華な部屋に住みたいという子供じみた欲求のために、自分の上司の部屋をより豪華にして自室の部屋をごまかしたのがその理由だというのにだ。




