閣下って何
この国の会計年度が改まった初日に、王宮大広間で毎年恒例の行事が執り行われている。
各政府機関の長が、今年度も陛下に忠誠を誓い職務に励むことを誓う行事だ。
だが、今年は少し趣が異なる。
30年ぶりに政府機関に新たな省庁が発足し、その認証式が最後に行われた。
陛下を前に侍従長から殿下に対して、新政府機関の長に命じる旨が陛下の名で記されたありがたい証書が渡される。
この式典により正式に発足する政府機関の名を記した表札が政府機関を代表して宰相から殿下の副官たるフェルマンさんに渡された。
ここで、参加者からお祝いの拍手が起こり、一連の式典は終わる。
普通ならこれで終了なのだが、今回は少々異なる。
なにせ新政府機関である『広域刑事警察機構』にはこの国にとって第三の軍が発足するのだ。
宇宙軍、首都宙域警備隊(通称コーストガード)に続く新たな軍隊だ。
軍隊の長に対しても陛下より勅任される。
この勅任が曲者で、これを受けた人はいわゆる閣下に相当する人になると言う。
これも殿下が兼任するのかと思いきや、今度は俺が陛下の前に呼ばれた。
俺が相当ぎこちない態度で辛うじて陛下の御前に出ると、軍の最高職に当たる陛下より勅任の証として短剣が下賜されると言うのだが、その短剣を宇宙軍長官が殿下に手渡したのちに殿下の手により俺に渡された。
「この短剣はあなたを広域刑事警察機構軍の長に任じると言う陛下からの信任の証です」
「この身は王国のため、陛下のため、この身が滅するまで忠誠を誓うとともに、広域刑事警察機構軍の戦隊司令として粉骨砕身職務を尽くすことを誓います」
何のことは無い、頭を下げたその先にカンペが置いてある。
それを読めと言うのだ。
いきなり呼ばれたから本当に困ったが、無事に式典を終えることができた。
しかし、たかが大尉、しかも相当おまけされての大尉に、勅任官だと、どこの冗談でもそんな発想は出てこないぞ。
学校を卒業してまだ一年の若造に誰が閣下呼ばわりしないといけないんだ。
呼ぶ方も相当苦痛を強いられるだろうが、呼ばれる身にもなって欲しい。
これは国を挙げてのいじめ、虐待、パワハラだと言いたい。
もう、終わった以上どうしようもないが、これからどうしよう。
もうできる限り外部との接触を断ち、仲間以外に合わないようにすると心に誓った。
少なくとも、俺の部下からは閣下なんて言わせるつもりなどないから、外部と接触が無い限り閣下と呼ばれることは無いだろう。
俺は足取りも重く、引きづるように王宮から出て、マキ姉ちゃんたちと共に本部に戻る。
まだ、俺の席はそのまま本部にもあった。
しかし、ここも殿下が集めた以外の人材に溢れるようになってから空気が変わったと云うか、他の首都にある役所と同じような空気が流れている。
ここもお役所と云えばそうなのだが、最初にここに来た時は活力と云うか、少々暑苦しくもあるが、悪くない正義感と云うか、とにかく純粋にこの国を良くしていくんだと言う感じがあったのだが、それも今ではすっかりなくなっていた。
それこそ何十年も存在しているお役所のような無理やり権威だけを高めようとする嫌な感じすらある。
これなら殿下がここにいたくない気持ちも分かるが、だからと言って俺に八つ当たりをすることは無いだろうに。
殿下にできる最高の罰を俺に振って来た時は正直殿下を恨む気持ちも出て来た。
俺が落ち込んだ時に優しく俺を包み込んでくれたあの殿下がだ。
一緒に業を受けようとすら言ってくれたのに、今日の殿下は鬼にすら見えた。
本部に着くと、さもいやそうな顔を一切隠そうともせずに経理部長が俺のところまできてお祝いを言ってくる。
「おめでとう、司令官閣下」
「いえ、今までと同じでお願いします、経理部長殿」
そう、目の前の経理部長も、組織上俺の上席に当たるマキ姉ちゃんですら閣下ではない。
一軍を率いると言うので、あまりと云えばあまりだが、一軍の長としての慣例によって俺に対して勅任してきたのだ。
正直勘弁してくれ。
だから、ほれ見ろ。
目の前の貴族出身の経理部長なんか嫉妬の感情を隠そうともせずに俺に視線を向けて来る。
二三雑談をして、俺はマキ姉ちゃんとここを離れた。
明日、ニホニウムで軍の発足式をする運びとなっている。
宮殿からお戻りの殿下を『シュンミン』にて出迎え、直ぐにここを発つ予定だ。
最近は首都星ダイヤモンドにある事務所に居るだけで苦痛になる。
あの経理関係の人たちは、とにかく俺たち孤児院出身者を見下しているのだ。
なのに、俺は今では閣下呼ばわりされる身分となる。
俺自身やめてほしい所だが、王国の権威と云うのもあって、俺自身が否定する訳にはいかない。
そうでないと殿下やひいては陛下、王国そのもの権威を傷付けてしまうらしい。
今回の件で、俺にも色々と思うところはあるが、とにかく公用車で宇宙港に向かう。
ファーレン宇宙港の貴賓室には殿下が既に到着しているとのことだったので、ひとまず俺たちは貴賓室に向かう。
貴賓室で殿下やフェルマンさんと落ち合ったが、殿下もほっとした表情を見せていた。
まあ、俺たちに気を使う必要などないからと云うのもあるのだろうが、流石にため口を聞く訳にはいかず、殿下に挨拶をする。
「お待たせしたようで申し訳ありません」
「いえ、私たちの方が予定よりも早く着いたようですわ。
私も宮殿で、あの方たちを相手するには、少しばかり力を持ち過ぎましたかしらね。
とにかく、いろいろとまとわりついて煩わしかったので、予定よりも早く宮殿を出てまいりましたのよ」
「本艦の準備は既に整っていると連絡を受けております。
明日の発足式がありますので、できる限り速度を上げてニホニウムに向かう予定です」
「私はお船の中で快適に休めますけど、皆さんはそうもいかないですわね。
ニホニウムで休息できる時間が取れるように、直ぐに出発しましょう。
お願いできますか」
「ええ、定期便ではありませんから、こちらの準備が整い次第発進できます。
ご案内します」
俺はそう言って、殿下を『シュンミン』に案内していった。
途中で、マキ姉ちゃんが茶々を入れて来る。
「すっかり様になったわね」
「え?」
「殿下をお迎えする姿勢が様になっているわよ。
どこから見ても提督が皇族を案内しているようにしか見えなかったわ」
「提督は言い過ぎでしょ。
俺はまだ少佐だよ。
しかも特進の少佐だ。
宇宙軍に戻ればただの大尉だ。
それだって、異例な出世だけどもね」
「そういえばカリンさんは」
「ナオ司令。
カリン艦長はニホニウムですか」
「ええ、彼女には明日の式典の準備をお願いしております。
ここだけの話ですが、まだ艦の指揮に自信が無いらしく、色々と試行錯誤の様で、自分からニホニウムに残って頑張ると言っておりました」
「やはり軍艦を指揮するのって大変なのでしょうか?」
「人によるかと。
私の場合にはメーリカ艦長にほとんど任せておりましたから、気にはなりませんでした。
臨検小隊が使っていた内火艇の延長と言いますか、成り行きで改修前からあの艦で指揮を執っていたこともありますし、それが良かったのでしょう。
違和感なく現在に至っております。
まあ、あの時は私に指揮権が渡されるのが異例の連続でした。
鹵獲した時から指揮していた、そのままの感じでしたから、殿下からお預かりした時にもあまり変わりがなかったです。
しかし、カリン艦長は、士官学校を出てから艦載機関係の仕事をしていたのをいきなりに近い格好で指揮する訳ですから、そう言う意味では大変なのでしょうね。
それに何よりカリン艦長はとても優秀ですから、色々と私が気の付かないところまで見えてしまうので、かえってそれが不安につながっているのかもしれません。
でも、直ぐに慣れるでしょう」
そんな会話をしながら専用タラップを通って『シュンミン』に向かった。
ファーレン宇宙港を出てから商用航路を使わずに、少々距離が遠くなるが、ほとんど宇宙船の通らない、海賊たちが好んで使いたがるルートを通ってニホニウムに向かった。
この航路の方が、速度制限が無いので快足を誇る『シュンミン』は到着時間の短縮が可能だ。
僅か数時間でニホニウムに到着後、明日に備えて休息を入れる。
ニホニウム宇宙港には我々の母港としてのエリアも完成しており、このエリア内では、乗員が全員退艦しても問題ないレベルのセキュリティー対策もされている。
しかし、ニホニウムでは、殿下がお泊りするのに十分な施設はおいそれとは見つからない。
全くない訳では無いが、いきなり来て使えるかと言うと、まず無理だ。
そう言うこともあり、全員が『シュンミン』から降りずに休息をとることとなった。




