昇進辞令
「特別?」
「ええ、大尉のままでも良かったのですが、それですと他からの影響もありますし、戦隊司令としては最低でも少佐の階級があった方が良いとフェルマンから聞いております。
しかし、だからと言って出向者を無条件で一階級昇進させるような真似はしないつもりですから、カリンは宇宙軍と同じ階級としました」
殿下の話では、コーストガードが宇宙軍の出向者を受け入れる時に一階級上げている習慣が気に入らないのだとか。
コーストガードのたたき上げの士官や、下士官一般の隊員全てのレベルが十分な水準を保っているのに、いわゆる上層部というレベルの人が酷すぎるとの感想をお持ちのようだ。
これは全て、出向と同時に階級を上げることが原因の一つと考えていると説明してくれた。
殿下の思いは出向と同時に一階級降格でもいい位だとも言っていた。
流石に、島流しに遭うのに降格されてはたまらない。
そう、宇宙軍は島流しの感覚で、人を出向させるので、ただでさえ能力的に優れているとは言えない人が多くなると言うのに、階級を上げて無条件に組織上層の役職に付けているから、俺が経験した使い捨てのような作戦が平気で行われるとも言っていた。
あの時は、俺たちに王国最高の勲章を叙勲させて王国の威信を傷つけることなく済ませることができたが、本来ならば考えられないようなお粗末な作戦だと王国上層部の判断だった。
暫く殿下の思いとも愚痴ともつかぬ話の後、話題が変わった。
「そうそう、これから司令には2隻の軍艦を指揮してもらいますので、人事も考えないといけませんね」
そうだ、そうなのだ。
ただでさえ、『シュンミン』は人手不足で、本来ならば絶対にありえない話だが、学習目的の就学隊員でも立派な必要工数としてカウントされている。
それに何より軍艦を動かすのに士官の数が絶対に足りない。
2番艦はカリン先輩が一人で運用する最新AI艦というのならまだわかるが、そんなはずがない。
どうするつもりだ。
『シュンミン』から半数を持っていかれたら正直辛いどころではすまない。
どこかに艦を運ぶだけならばどうにか考えるが、一応軍というのならば仕事ができないのは自明の理だ。
「殿下、このような事申し上げて良いか分かりませんが、いくらなんでも今の人員だけでは2隻の運用は無理です。
せっかくの2番艦ですが、運用は諦めて頂くほかは……」
「ええ、流石に私もそこまで無理を司令にさせるつもりはありませんよ。
明日、軍の定期昇進が発表されます。
そこで、少々軍で持て余すことになっている士官を3人こちらに出向させてもらえることになりました」
「士官を3人ですか。
となると……下士官が手配できればどうにかなるかもしれませんが……」
「ええ、それも存じております。
その他にイレーヌ秘書官が、第二艦隊から下士官10名のスカウトに成功しております。
あ、それとコーストガードからも出向扱いにはなりますが、士官や一般の隊員を都合付けてもらえることになっております。
全ては明日の定期昇進の発表の後ですが、一度マキ部長を交えて、人事を相談しましょう」
殿下は2隻運用を真剣にお考えだったようで、人員の方も最低限ではあるが手配していた。
質の方は全く分からないが、あれほど無能を嫌っている殿下だ。
出自にこだわらずにできる人を探してきてくれたと期待しておこう。
それにしても、気になることを殿下は云っておられたな。
昇進して持て余すって、いったいどんな奴だ。
流石に軍の問題児を仲間に入れるとは思いたくないが、気になる。
翌日、殿下の言われた通りに宇宙軍本部からの呼び出しを受けた。
突然の呼び出しに普通ならば驚き不安を覚えるのだが、普通はこうならない。
通常、昇進がある場合には、かなり前から艦長などの上司に当たる上級士官から昇進の話を聞かされて、辞令を受け取るかなり前から余裕をもって準備出来るから、驚くことは無い。
だが、俺たちにはその上級士官に当たる人がいないために突然のように思えたのだ。
なにせ、戦隊司令兼艦長である俺も知らなかったからそうなるのもしょうがない。
ちなみに戦隊司令やそれ以上の人の昇進の場合は俺も良くは知らないが、いわゆるお付き合いという奴で、これも事前に知らされるとか。
尤も多くの場合、任官運動をした結果の昇進になることの方が普通で、その任官運動中に成功したと知るのだそうだ。
俺たちの場合は、昨日殿下から話を聞いていたので、流石に慌てることは無いが……俺の上司に当たるのが殿下になるから、俺たちも普通に近い状態で自身の昇進を知ったことになるか。
殿下が軍人でないから俺たちの昇進を知るのが普通よりもかなり遅くなったために、結果俺たちも自身の昇進を前日に知る羽目になったが、ある意味これは軍がきちんと情報統制をしている結果だともいえる。
軍以外の人たちに人事という秘密を洩らさなかったためなのだろう。
元々軍では出向者の昇進なんて珍しいらしい。
コーストガードに出向した連中は、軍人としての昇進は今までなかったそうだ。
コーストガードでの昇進はあることはあるが、それもかなり珍しいとか。
だいたいにおいて転籍後の昇進になっているのだとか。
俺たちは初めから珍しい事ばかりだそうだ。
関係各位に多大なご面倒をお掛けしております。
話を戻して当日の朝、宇宙港から軍本部まで行くのに殿下が公用車まで手配してくれていた。
黒塗りの超が付く高級な奴。
しかも、移動に際してイレーヌ秘書官までも同行してくる。
宇宙軍港の正面玄関車寄せに止めた車に入り口にいる宇宙軍下士官が車の扉を開け俺たちを待つ。
いったい、どこのお偉いさんだと俺は心の中で呆れている。
俺は、ドアマン??の下士官にお礼を言ってから車に乗り込み、カリン先輩も乗ったところで、車は宇宙軍本部のある立派なビルに向かった。
今回は本当に驚きの連続だ。
前に殿下の組織への出向を言い渡される時に宇宙軍本部に来た時には、俺は地下鉄でここまで来たのだ。
いや、一旦コーストガードの本部に寄ったから徒歩で来たんだった。
それが、今回は宇宙軍本部正面玄関車寄せに堂々と車を付け、ここでは少尉が俺たちが乗る車の扉を開けてくれる。
出発時にも俺は驚いたが、ここでの対応への驚きはそれ以上だ。
だが、俺以上に隣で座っていたイレーヌさんが驚いていた。
あとで聞いた話だが、ドアを開けてくれた士官はイレーヌさんの士官学校当時の二つ上の先輩だとか。
かなり優秀な成績で卒業した人で、女性士官候補生から人気のあった人だったそうだ。
ちょっと待て、流石に俺たちが卒業した士官学校の先輩ではないが、それでも数年先輩となる人に扉を開けさせるって、どんないじめだよ。
俺はきまりが悪い思いをしながら、案内に出て来た人について中に入っていく。
入り口付近でも、その場にいる職員全員の栄誉礼を受けながらの移動だ。
流石に俺の前を歩いているカリン先輩に話すことはできなかったが、隣を歩くイレーヌさんに話してみた。
「これって、どういうことだと思う?」
「一軍の最高司令官をお迎えしているのでは。
これでもかなり簡略化していると思われますが、それは司令が宇宙軍の軍人であることも考えられているのでしょうね」
「しかし、そうならそうで、先に言って欲しかったよ。
今日は昇進辞令を貰うだけなのに大げさだと思うがな。
……それだけだよね。
それ以外の厄介ごとは思いつかないよね」
「私はまだそれほどこの組織について詳しくはありませんが、新組織が立ち上がる直前ということもありますから、問題は無いかと……考えたいです」
考えたいって、イレーヌさんは問題があっても不思議は無いと思っているのね。
暗澹たる思いを抱きながら俺たちは案内の女性士官について、応接室まで連れて行かれ、そこで人事担当の少将から昇進辞令を貰った。
何と、辞令を渡すために来たのは前に俺が殿下の組織に出向される時に会ったあの人だ。
人事担当の少将だったかな。
流石に一中尉のことなど覚えていないだろうが……覚えているの。




