艦内巡回
今回『シュンミン』のゲストというのは両惑星の捜査員のことだ。
トムソンさんは、そんなゲストの代表者と一緒に艦橋に詰めている俺に挨拶に来ていた。
「トムソンさん、聞かれましたか。
お恥ずかしい」
「ええ、聞くつもりはなかったのですが……」
「私以上に宇宙に出ずっぱりのトムソンさんに聞かれては、私としては言い訳のしようがありませんね。
元々からして、私は軍人という柄では無かったと感じているものですから、正直あのまとまった期間の地上勤務を謳歌しておりました。
久々の宇宙に出たものですから、つい口から出たのでしょうね。
どうか忘れてください」
「誰にでも、そういう時はあります。
私自身も娘に冷たくあしらわれた時には、愚痴りたくもなりましたから。
それよりも、ゲストを紹介させてください」
そう言って、トムソンさんは一緒に連れている2人の捜査員を俺の紹介してきた。
「ニホニウム警察本部、警部のコロンボです。
一応凶悪犯罪捜査室室長という役職を拝命しておりますが、ほとんどお飾りですね。
なにせ、解決する見込みのない海賊関連の犯罪捜査担当ですから」
「コロンボ警部もですか。
実は私もなんです」
「え、そちらの方は」
「あ、失礼しました戦隊司令殿。
私はルチラリア警察 海賊犯罪担当捜査チーム チームリーダーを務めておりますマクロードと言います。
一応私も警部となっておりますがね、窓際警部と良く陰口を言われておりました。
なにせ、我々警察の中では海賊犯罪はいわば窓際なんです。
ほとんどお蔵入りしますから。
ですので、今回のお話を殿下から聞いた時には、全員が涙を流して喜んでおります。
絶対に成果を持って帰りますから」
「あ、私の自己紹介がまだでしたね。
私は広域刑事警察機構所属の戦隊司令を務めております、ナオ・ブルースです。
名前から簡単にお分かりになるようにニホニウムのブルース孤児院の出ですから、貴族階級の多い我々の組織にあっては、最下層の出です。
是非フランクにお付き合い出来たら幸いです。
あ、一応宇宙軍中尉の階級を持っており、宇宙軍から出向中の扱いになっております。
それと艦内では『艦長』と呼ばせておりますから、できましたらそちらでお願いします」
「え、艦長って?」
「こう言っては失礼かもしれませんが、こういう場合、より上位の階級で呼ばせるのでは」
「ええ、そうでしょうが、いかんせん広域刑事警察機構にはこの艦1隻しかなく、艦長も兼務しておりますし、何より、中尉の階級の若造ですから、できるだけ実態に合わせたくてそうしております。
艦長も兼務ですし、何より私にはこの艦以外に指揮する艦がありませんしね」
「そうですか、なら公的なところ以外では艦長の希望通りに呼ばせていただきます」
「そうですね、私もそうしましょう。
今回のホストでもあるトムソン捜査室長もそのように呼んでいることもありますし」
「できましたら、敬語の方もやめて頂けたら。
部下に接するようには……」
「流石に、それは勘弁してください。
儀礼的には十分に私どもの方が格下になるので、流石にできません」
「今のままで勘弁してください。
ローカルの捜査官の使う敬語なんか本来なら敬語にすらなっていないとお叱りを受けるようなものですから」
「そうですか、それより部下の方たちは……」
「今、第三多目的ホールでしたっけ。
あそこで、トムソンさんの部下と一緒に、捜査資料の精査をしております」
「ええ、なんでもあちらに着く前に捜査する内容を明確にしておかないと成果が出ないとか」
「そうなんですよ、艦長。
私たちも最初はかなり苦労しましたからね。
まあ、私たちは艦長のおかげで軍でも一目置かれておりましたから、多少時間を掛けても問題ありませんでしたが、あの第二艦隊事件の後では、どうもね」
「トムソン室長。
あまり艦長の仕事の邪魔をしては」
「そうですな。
では我々はこれで」
「捜査員の皆様には夕食時にご挨拶させていただきます。
歓迎のレセプションを開きますから、そのおつもりで」
俺はそう言うと、捜査員の方たちは艦橋から出て行った。
「さてと、私も艦内を見て回ろうかな」
「そうですね。
今回初めてこの艦に乗艦したクルーもいますし、その人たちを訪ねるのもいいかもしれませんね」
「副長は一緒に来るか」
「いえ、通常モードに切り替えてはありますが、私はもう少しここで指揮を執ります。
カリン少尉、艦長に同行願えますか」
「了解しました、副長」
それは良い人選かもしれない。
今回初めて俺に秘書官が付いたけど、その秘書官ってカリン先輩の紹介だったな。
確かイレーヌさんだったけか。
彼女も本来ならば、艦橋の俺の席の横に居る筈なのだが、まだ慣れていないことと、少々報告書の類がたまっているために、確か今は事務室に主計官たちと居る筈だ。
「カリン少尉、では事務室から回ろうか」
俺は副長に言われるままカリン先輩と直ぐ傍に作った事務室に向かった。
事務室内では、既に忙しそうにしている秘書官とは対照的に、まだ宇宙酔いの影響から調子悪そうにしている主計補のサツキさんを介抱している主計官のキャリーさんが居た。
主計官たちは、俺がまだ宇宙に出てからお金を使っていないので、それほど忙しい訳では無い。
全く仕事がない訳では無いが、俺の秘書官になってくれたイレーヌさんとは対照的だ。
イレーヌさんには宇宙に出る前からの俺の公務により発生した事務仕事がすでに多数ある。
秘書官としては宇宙に出ていた方が事務仕事は少ないのかもしれない。
「大丈夫か……とはいえそうにないかな。
医者に見せるか?」
「いえ、大丈夫です。
出港時に比べればかなり楽になってきておりますから、もうしばらくすれば治るでしょう」
事務所には厨房長の席もあり、今厨房長のエーリンさんが、一生懸命にメニューを考えていた。
「エーリンさん。
今日のレセプションは頼みますね」
「あ、艦長。
任せてください。
腕によりをかけて作りますから。
何より、もう『人の肉を切る』必要がないと思うと、これ以上に無い気持ちで仕事ができます」
エーリンさんはまだ副長から言われたことを根に持っているようだ。
よほどショックだったのだろう。
俺もショックだったから、エーリンさんは俺以上だった筈だ。
でも、その皮肉は俺では無く副長に言ってくれ。
俺とエーリンさんとの会話を横で聞いていたイレーヌさんが不思議そうな顔をしながら俺に聞いてきた。
「何の話ですか。
私が読んだ報告書にはそのようなことは一切書かれていなかったような……」
「ああ、そうは書いてないよ。
俺はそんなことを報告した覚えはない……いや、口頭で殿下に相談したことはあったかな」
「え、そんなことあったの、そんな物騒なやり取りがあったのなら事前に教えて欲しかったわ、カリン少尉」
2人は旧知の間柄なのは知っていたが、俺に聞かず隣にいるカリン先輩に聞いていた。
「前の作戦時に、初めてこの船からも負傷者を出したことがあったのよ。
その時にそこのエーリンさんに応急措置を副長が頼んだの」
「ああ、その際、『食肉を切るのも人肉もあまり変わらないだろうから』って感じで頼んでいたな」
「そうなのよ、酷いと思わない。
私あの時かなり緊張したんだから。
でも、この艦にもお医者様が乗り込んだことだし、もう安心ね」
「それで、あんなに医者を探していらしたのですね。
秘書官や主計官は殿下やマキ部長が一生懸命に探していらしたとは聞いておりましたが」
秘書官になってくれたイレーヌさんは宇宙軍では俺たちの先輩になるが同じ士官学校の卒業では無い。
あの教育戦隊とも呼ばれていた補給艦護衛戦隊で、カリン先輩と一緒に同じ船に乗っていたそうだ。
それに彼女の出が貴族階級で、長らく殿下の護衛を務めていた騎士だそうだから古くから知っていた関係で、何でもかなり無理やり引っ張ってきたと聞いたが、そんな彼女との初顔合わせでも医者を探しているようなことを俺は言っていたらしい。
記憶にないが、考えようによってはかなり失礼なことを言ったかもしれない。
意地悪くとらえれば『俺はあんたより医者が欲しい』何て言ったようにも聞こえる。
そこで俺が言い訳をしようとしていたら、カリン先輩が「大丈夫です」と言ってきた。
彼女の知り合いだし、彼女がフォローでもしてくれたのか。
まあ、俺からも一言言っておいた方が良いだろう。




