無資格の迷医……ゲットだぜ
「分かったよ。
前にジャイーンに連れて行かれたバーに案内するよ。
あそこならラウンジもあるから多少騒いでも問題ないか」
俺はみんなを連れて、宿探しの時に尋ねたホテルに入っていった。
ホテルのバーの前のラウンジで、お疲れ様会を始めた。
乾杯の後、女性たちはあれやこれやと姦しい。
当然男1人の俺は取り残される。
暇なこともあって、ホテル内を見渡していたら、前に会ったことのある人が俺たちの前を通り過ぎ1人でバーに入っていく。
最初、前に見たことがあったことまでは覚えがあるのだが、誰だかよくわからなかった。
しばらくしてふと思い出した。
俺が子供たちの命を刈る時に隣で看取ってくれたドクターだ。
そういえば、あの人も海賊に協力したとかで、殿下の元で保護観察中のはずだ。
彼ならドクターに知り合いが居るだろうし、何より彼もドクターだ。
彼でも構わない。
いや、事情を知る方が良いから、出来れば彼に協力してもらい、船医として『シュンミン』に来てほしい位だ。
「マキ姉ちゃん。
知り合いがバーに入っていったので、挨拶してくる」
俺はマキ姉ちゃんに一言断ってからバーの中に入っていった。
目的の彼は一番奥のカウンター席で酒を一人飲んでいる。
前に俺がジャイーンに連れて行かれた席だ。
俺は彼の隣に座り、前に知り合ったバーテンダーに前と同じ酒を頼んだ。
正直酒の銘柄など詳しくない俺にとって、こういう頼み方が通じる優れたバーテンダーだ。
「お久しぶりです、ドクター」
「え、あ、艦長さんでしたか。
その節はお世話になりました」
「いえ、そんな。
それよりドクターはおひとりですか」
「ええ、誰も私なんか相手はしませんし、してはいけません。
それに艦長。
ドクターはやめてください。
クロー、クロー・ジャックといいます」
「ドクター・クロー」
「いえ、艦長。
ドクターはやめてください。
私は、あの件でドクターの資格をはく奪されましたから、ドクターと呼ばれる資格はありません。
クローとでもお呼びください」
「そうでしたか。
知らなかったとはいえ、失礼しました」
「お気になさらないでください。
いくら強要されたからと言って、私はそれだけのことをしてきましたから、今更……」
「でも、あの子供たちを殺していた訳では無いのでしょう。
彼らを殺したのはこの私ですしね」
「艦長……」
しばらくの沈黙の後、少し話してから、本題に入る。
「クローさんにお願いがあるのです。
私と一緒に宇宙に出てくれませんか。
乗員の安全を守る仕事に就いてくださいませんか」
「え、しかし……
艦長、私にはその資格がありません」
「ええ、その件は先ほど聞きました。
しかし、私が望んでいるのは、資格ではなく技術です。
知っていますか」
「何を?」
「先の作戦で、私の差配のまずさから乗員に怪我をさせてしまいました。
あの艦は小型艦ですので、船医などおりませんから、なんと料理長に応急措置を頼みました。
幸いなことに命に別状がなかったから良かったものの、あそこで彼女たちを死なせては、私は立ち直れなかったでしょうね。
クローさんには料理長に代わって、乗員の安全衛生面を見てもらいたいのです。
そのための物は用意します」
「しかし……」
そこから少しの押し問答の末、どうにかクローさんの説得に成功した。
彼を落としたのなら話が早い。
すぐにラウンジに戻り、マキ姉ちゃんに聞いてみた。
「俺が衛生担当士官を一人雇うことできる?」
「ええ、あなたは戦隊司令だからそれくらいの裁量権は持っているわね。
でも、あなたが探しているのは船医だったでしょ。
そんな都合の良い人っていたの」
「船医じゃないけど、一人いた。
クロー・ジャックさん。
現在殿下の元で保護観察中、今は孤児院で衛生面を担当している人が」
「でも、船医じゃ無いのよね」
「ああ、例の件でドクター資格をはく奪されているけど、技術だけは持っている。
俺が欲しいのは資格では無く技術だ。
何せ、そこのメーリカ姉さんに言われて、料理長を使って部下の治療をさせられたくらいだからね。
元医者の方が現料理人よりも治療するなら向いているでしょ」
「それにしたって……
分かったわ。
すぐに準備しておきますけど、彼の了承は取れているのよね」
「今説得が終わった」
「なら大丈夫か。
でも、ドクターではないから少尉待遇までしか無理だと思うわよ。
それでも大丈夫」
「分かった、その辺りも説明しておくよ。
でも大丈夫でしょ。
何せ戦隊司令の俺だって尉官だ。
いきなり部下の役職が俺よりも上になるよりは、なんぼもましだと思うよ」
「それもそうよね。
分かったわ。
私の方から殿下に伝えておきます」
ついに俺の念願だった人事はすべてそろった。
明日からは、クローさんを交えて『シュンミン』の改良をするだけだ。
律儀なクローさんが朝から俺を訪ねて来た。
身分や制服などの準備が間に合っていないが、早速解体中の病院船に向かい、必要な機材の確保に向かう。
途中、暇そうなマリアたちが居たので、彼女たちも無理やり連れて来た。
「艦長、酷い」
「そうだ、そうだ。
私たち今日はお休みなの」
「え?
非番だったっけ。
俺聞いていないけど」
「さっき決めたの。
昨日ちょっと頑張りすぎてちょっと疲れたかなって」
「マリア。
世の中ではそれをさぼりという奴だと思うぞ。
少なくとも世の上司と呼ばれている人種には通じないセリフだ。
そして、私もどうもその上司と呼ばれる人種のようだが」
俺とマリアたちとの会話を横で聞いていたクローさんは思わず噴き出した。
「プ。
すみません、艦長。
あまりに突飛な会話を聞いたもので」
「艦長。
そういえば彼、前に助けた人だよね。
何で?」
「ああ、まだ正式な処理は済んでいないが、新たな仲間だ。
安全衛生担当をしてもらう。
少尉待遇で申請してるけど、結果待ちと云う所だ」
「へ~~。
ウェルカム、クローさん。
この船ちょっと変わっているけど居心地だけは最高だよ」
「その変わり者筆頭からの挨拶は済んだな」
「変わり者筆頭って私のことですか、艦長」
「お前以外誰がいる。
まあ良いか。
でだ、今日は『シュンミン』の治療室を作る」
「ああ、それでなの。
そういえばこの船病院船だったよね。
尤も持ち主が海賊だったから、どれだけの人を治療してきたかは分からないけど」
「ああ、でも設備だけは最高らしいな」
「医療器具については私には良し悪しが分からないけど、高そうな機械がほとんど使われて無かったわね。
当然、メンテの方もあまりされていなかったようだけど」
「メンテはできるか」
「う~~ん。
マシンとしての部分はできるけどね。
命がかかるんでしょ。
とりあえず一応メンテしておくから業者に見てもらう方が良いかな」
「ああ、そうだな。
その方が良いだろう。
今日のところはクローさんに必要と思われる機材を見繕ってもらい、『シュンミン』に移設する」
「分かった、艦長」
俺はクローさんを連れてマリアたちと賑やかに病院船の中に入っていった。
彼はこの病院船のことは聞いていたようだが、実際に中に入ったことは無いらしい。
しきりに病院船の充実した設備に驚いていた。
「あのスペースコロニーも、設備だけはかなり充実していたが、ここはそれ以上だな」
独り言のようにクローは呟いていた。
それを聞いたマリアは面白そうにそのつぶやきに乗る。
「クローさん。
この船凄いんですよね。
なら、その凄いのを『シュンミン』に移植しましょうよ。
ここの社長が好きな物を貰っても良いって言っていたし、ここって本当に取り放題なんですよ。
遠慮なく好きなのを貰いましょう。
どれから行きます」
マリアにとんでもないことを言われたクローさんは胡散臭そうにマリアを一度見た後、俺の方を見て来た。
「ええ、クローさんも『シュンミン』の内装に驚きませんでしたか。
あの船は全部そうやって作られたのですよ」
「なら、ここに有る機材の内、好きな物を貰っても……」
「ええ、今回ここに来たのもその目的のためです。
ただ、私たちは武器なら良し悪しが分かるのですがね。
医療器具となると全くの素人なもんで、実際に使ってくれる人がいるのなら本人に選んでもらう方が良いかなっと」
俺がここまで言うと、待ちきれなかったのか、クローさんは「そうですか」の一言だけを残してマリアを連れて奥にどんどん進んでいく。
なんだか急に人が変わったみたいだが。
クローさんって常識人枠じゃなかったっけ、今までネコでもかぶっていたのか。
ひょっとして、あの組み合わせも劇薬かも。
……
なんで『シュンミン』にはまともな人は来ないんだ~~~。
これでこの章は終わります。
ちょっと中途半端な感じもしますが、次章からはいよいよ2番艦の準備に入ります。
準備しながら、あっちこっちと宇宙を回ることを考えておりますから次章もご期待ください。




