焦りと後悔、それと……
「なんでナオ君が宇宙軍に入ったのかは聞いたことも無いので知りませんが、宇宙軍からコーストガードに来た経緯だけは噂レベルで良ければ知っております」
「それで結構です」
「ナオ君は、勉強できたでしょ。
だからなんでしょうね。
どういう経緯かまでは知らないけど、ダイヤモンド星にある宇宙軍エリート養成校に入ったのよ。
そこも無事に卒業したようだけれど、普通にキャリアを積むことができなかったようね」
「何故ですか」
「ナオ君は、優しい性格だから人と争うのを嫌う性格なのは小さい頃から変わっていなかったようね。
養成校での成績も実技、特に格闘関係では及第点ぎりぎりだったようよ。
でも、戦略や補給関係での成績はクラスでも一番になるくらいの極端な成績で卒業したものだから、卒業時の席次も中間くらいかしら」
「………」
「私も周りから聞いただけだから、あまり詳しい事は知りませんが、宇宙軍でもナオ君のような人も少なからずいるそうよ。
でも、そういう人は全員参謀になるコースに進むんだって」
「なら、なぜナオは……」
「その参謀コースって、エリート養成校卒業生でも飛び切りのエリートコースなんだそうよ。
いくら実力主義の世界とはいえ、いえ、これは建前ね。
この国では私やナオ君のような人には進めない壁があるの。
だからと言って、実技が全く駄目では現場に出すわけにもいかず、上層部は困って、宇宙軍の出向先でもあるコーストガードにそのまま丸投げしてきたそうよ」
「それって酷くない」
「ええ、でも社会に出るとこういうのはそこら中にあるからね。
送られてきた将来の軍エリートの扱いに、当然コーストガードも困ったそうよ。
何せ実技面では良い所が全く無いのだからね。
困った末に、上は事なかれ主義の極みで、たらいまわしの結果、コーストガードでも掃きだめと言われていた部署に回されたという訳」
「ちょっと待って下さい、マキさん。
そんな掃きだめに回されたら、這い出るのは難しいのでは。
特にナオのような性格だと」
「ええ、そうよね。
でも、人は命がかかるととんでもないこともしますのよ」
マキ姉はそういうと顔をしかめ、本当に汚らわしいと言わんばかりの表情になったが、直ぐに収まり、話の続きを始めた。
「皆も聞いたことがあるかしら。
少し前に、大海賊相手にコーストガードが大金星を挙げたという奴」
「宇宙船2隻を鹵獲したってニュースになっていたやつですか」
「ええ、それよ。
あれって詳しく報じられていませんが、作戦自体は大失敗で、コーストガード上層部もかなり処罰を受けているわ」
「え、そんなに」
「でも、それとナオ君とどういう関係があるの、マキ姉」
「テツ、そんなに先を急がない。
きちんと説明しますよ」
そう言ってから、コーストガード内で噂されている話を始めた。
作戦自体が失敗した時に、ナオたちを置き去りにして皆逃げ出したということ。
その後に、ナオたちが自力で、この困難を乗り越えて、かつ、海賊から2隻の宇宙船を鹵獲したということを教えた。
「え、そんなことになっていたのですか」
「でも、そんなことニュースで一言も言っていませんよ」
「それはそうよ。
作戦の失敗自体は国の権威に関わることになっていたようだから、国も必死に隠すわよ。
詳しい話は中にいた私でも、知らないくらい緘口令が敷かれていたから。
でも、ナオ君たちの活躍はひっそりと評価されて、叙勲されたの。
また、その叙勲も最近になって官報に載ったようだから、完全に隠すつもりは無いようね」
そういうとマキ姉は自身の端末を取り出して国のサイトを開いてみんなに見せた。
「叙勲までされているなんて」
「それはそうよ。
いくらエリート養成校出身だと言っても卒業して一年もたたないうちに、特別なことでも無ければ船なんか任されませんよ。
その結果、自身で鹵獲した船の内、自身の乗艦になったあの船の艦長になったのよ。
詳しい事は言えないけど、それですら色々と有って大変だったけど、その叙勲で第三王女殿下の目に留まりナオ君がスカウトされたという訳」
「え、ナオ君だけ?」
「そうよ。
その後に、軍艦を運用するのに地上で管理する人が必要になり、直ぐに私たちが呼ばれて今のようになったというの」
「ナオさんってすごいんですね」
「ええそうよ、でもすごいのはそれからかもね」
「多分、私がナオに再会したのはそのころかもしれませんね。
第三王女殿下から『私の艦長』と言っておられましたから。
でも、先ほどキャスベル工廠さんは戦隊司令と呼んでいたような」
「ええ、うちには軍艦が1隻しかないから艦長も戦隊司令もあまり変わりはないかもしれないけど、他の組織と共同して作戦に当たる時に困るのよ」
「困ると言うのは」
「悪さをしている貴族連中に邪魔されないように、こちら側で主導権を握る必要があって、殿下が無理やりにその役職に就けたのよ。
尤も既に実績だけならコーストガード司令長官以上の物は挙げているけどね」
周りにいた皆には最後の物騒な感想は伝わっていないようだ。
それ以前の内容があまりにあまりだったので、一様に驚いている。
その後、キャスベル工廠との関係についても簡単に説明しておいた。
ジャイーンが今一番知りたい内容なのがこの件だからだ。
「今からうちが食い込むのは難しそうだな」
ジャイーンがボソッと零していた。
「そうよね。
殿下も、ここでの艦の運用サポートはキャスベル工廠というより、その下請けのあのドックに頼んでおりますから、新たにはちょっと難しいかも。
それに、孤児院の件でブルース孤児院とちょっとあったしね」
マキ姉の説明を聞いたジャイーンが酷く落ち込んでいた。
『社長になったら、少しはナオに追いつけるかと考えていたのに、この間に俺は何をしていたのだ。
足元にもたどり着けていない』
そんな感情が湧き上がってくるのを感じていた。
何も、特別な環境にあるナオと比べなくとも、少なくともこの王国内での同年代からすれば、頭一つどころ100や200は抜け出しているのだから。
だがジャイーンよりも暗い顔をしているのがテツリーヌだ。
彼女は、焦り、後悔、劣等感、それに何より最後に酷い言葉を浴びせて友人関係すら切ってしまったことへのすまなさと寂しさを感じていた。
そんな2人とは対照的なのが、他の女性たちだ。
王国での有名人とお近づきになれたと喜んでいた。
話もいち段落したところで、マキ姉は他の仲間たちと合流していった。
こういう時にはやはり頼りになるのは家柄というのか、貴族階級出の2人だ。
しっかり民間外交?に精を出している。
それにどうにかついて行こうとしている友人のキャリーさんがいる。
サツキはナオについて一緒にドックの社長とのバカ話を横で聞いている。
マキ姉ちゃんも彼女にはこういう雰囲気に慣れてもらう意味で連れて来ただけで、それ以上は望んではいなかった。
その後は、ジャイーンやテツリーヌだけは落ち込んだままだったが、残りは何事もなくパーティーを終えた。
ナオも、今回のパーティーはドック社長のおかげで最初こそ堅苦しかったが、楽しく酒を飲んで終えただけだったので、まだ精神的に余裕がある。
傍目でかわいそうなくらい消耗していたのは唯一キャリーさんだけだった。
「キャリーさん、お疲れのようだけど大丈夫ですか」
「大丈夫です。
ただ慣れない席だと、緊張して必要以上に神経を使いますね」
「あ、分かります。
私も殿下に最初に連れて行かれたパーティーがそんな感じでしたね。
端に逃げていたのに見つかって連れて行かれた時には殿下が鬼に見えた位です」
「そんな不敬なことを言ってはダメですよ」
「そうそう、そんなことより、頑張った私たちにご褒美はないの」
「それもそうね。
キャリー、大丈夫なら付き合いなさいよ。
戦隊司令殿がお疲れ様会をしてくれるから」
「え、何それ。
聞いてないよ、マキ姉ちゃん」
「ナオ君、こういう場では男を見せないと。
ナオ君は良い所知っていますか」




