俺の副官
幸いに、この星にも軍ご用達企業はある。
このドックも一応軍ご用達で、軍やコーストガードから仕事を貰っている。
尤も貰う仕事は解体だけども、物の仕入れもできないことは無い。
当然、俺たちが求める物も問題なく仕入れられるが、社長から止められた。
「やめておけ。
あんちゃんなら直接キャスベル工廠から仕入れられるだろう。
うちもそこ経由で仕入れるから手数料が余分に取られる。
しかも、その手数料も一部はキャスベル工廠に持っていかれると云う訳だ。
そんなにつまらない仕事で親会社を儲けさせる必要などどこにある」
本当にこの社長は儲ける気が全くない。
まあそのおかげで俺の首が繋がった様なものだが、そこを紹介してくれたマークの父親には大変感謝するしかないな。
社長が云う通り、もう一度マークの父親に連絡を入れるか。
連絡先は前に会った時に交換しているし、門前払いされることもないだろう。
俺はすぐに自分の端末から教えられた連絡先に繋げた。
秘書などが出てきて対応されるかと思っていたから、いきなり本人が出て驚いた。
マークの父親として気安く接してもらってはいたが、あの人もこの星では重要人物の一人だ。
簡単に連絡が取れる人では無い筈だが、繋がった以上は用件を伝えないと、ただでさえ忙しい人の時間を無駄にしては申し訳ない。
するとすぐに返事を貰い、担当者を紹介するから会えないかとなって、俺は主計官2人を連れてすぐに訪ねることにした。
すぐに彼のオフィスに通されて、担当部署の人を紹介された。
連れて来た主計官と直ぐに商談になったようで、俺はマークの父親と世間話を始めた。
来月初旬にジャイーンの社長就任と一緒に宇宙港拡張プロジェクトが始まる。
そのキックオフに際して地元経済人を集めてパーティーが催されるが、プロジェクト事務局の方でマキ姉ちゃんは招待が決まっているという。
そこに俺にもぜひ参加してほしいと懇願された。
どうもキャスベル工廠としては殿下の組織とのつながりを示しておきたいとか。
マキ姉ちゃんの方はプロジェクト全体会議の方で招待が決まっているが、それ以外は未定だと言うので、キャスベル工廠が自身の客として俺を招待したいそうだ。
俺の方もここには借りもあるし、彼にも借りを感じているから二つ返事で了解した。
できるだけ多くの方とご一緒にと誘われたので、メーリカ姉さんとカリン先輩も連れて行くと言っておいた。
それからはよく覚えていないが、10日ばかり過ぎた頃に殿下が一度お見えになり、その際、俺の秘書として副官を連れて来た。
年齢23才、名前をイレーヌ・ホーンブロアといい、殿下付き護衛として長く働いているホーンブロア騎士爵家の次女だ。
彼女は首都星ダイヤモンドにあるエリート士官養成校ではなく、第二艦隊の本部が置かれているニームにある士官学校を出た後、そのまま第二艦隊本部で軍の事務をしていたところを先のごたごたの際にやり手のフェルマンさんが殿下の指示で連れて来た。
年令はカリン先輩の一つ上になるが、宇宙軍准尉で、そのカリン先輩の推薦だとか。
士官学校を卒業した人材で事務仕事に向いている人は居ない訳では無いが簡単に見つかるほど豊富には居ない。
事務スキルの高い人などはそれなりにいるが、一般的な野心があれば同じ事務仕事に属するが普通の事務仕事ではなく情報部などの一線で働きたいと望む者が多い。
また、そういう部署もそういう人材を求めているので、直ぐに囲い込まれてしまう。
何も軍人でなくともできる事務仕事をしたいと思って士官学校などに入る人はそれほど多くは居ない。
彼女の場合、出自が軍人の家系でその子弟の多くが軍人になることを選び、そういうこともあってそれほど軍人に向いているとは思えないが士官学校に進んでいったようだ。
だが、俺のように全く軍人として向いていない訳では無く、実務の面においても非凡な才能を見せているだけだ。
カリン先輩とは教育目的の輸送艦隊派遣当時に同じ艦に乗り合わせており、その際に能力を知り得たそうだ。
尤も、カリン先輩や殿下とは幼少の時に何度か会うことはあって、いわゆる顔見知りということもあり、同じ艦に乗艦した当時にかなり親しくなったそうだ。
同じ教育課程中に実務面では並み以上の成果を出した彼女だが、カリン先輩が高く買っていたのは彼女の事務処理能力の高さだ。
何度も言ってきたが、この王国では同じ士官学校出とはいっても首都にあるエリート養成校とそうでないところとでは卒業後の扱いに違いが生じる。
エリート養成校の卒業生は、卒業と同時に教育目的の輸送艦隊付きにされるが、それ以外の士官学校卒業生は、軍内部の地上勤務を1年から2年経験してから回される。
彼女はカリン先輩と同じ船に乗ったことから1年の地上勤務を経て回されてきたことになり、それなりに能力を周りに評価もされていたのだろう。
しかし、その後の進路では出身校の差は如何ともしがたく、彼女は第二艦隊付きの事務仕事に就く。
ここでも、エリート養成校の出身であれば本部のそれなりの部署に配属されることなのだが、彼女の配属先は軍属と言われる人たちに混ざっての事務仕事部署に回されていた。
彼女本人にもその待遇に不満は無かったようだが、広域刑事警察機構での事務処理能力の不足という現実の前に、彼女の能力はカリン先輩からするとどうしても欲しい物だったので、割と早くから殿下に引き抜きをお願いしていたようだ。
殿下の方でも、既にカリン先輩を軍から引き抜いた後では、なかなか別の引き抜きをするのは状況的にも難しかったのだが、幸いにも今回は第二艦隊が仕出かしたこともあって、簡単に連れてくることができた。
しかも、ごたごたに紛れてなのだから軍に対しては貸し借りが発生していないという離れ業をしてというから、どんだけフェルマンさんは凄いんだと言いたい。
しかし、今回連れて来た人もまた明らかに俺の上官としてなら素晴らしい人事だと思われるが、そんな人を部下にするなんて、これって『いじめ』だよねとすら思ってしまう。
正直勘弁してほしい所だが、組織人としては上司の決定には意見こそ言えても従わないといけない。
これから能力的にも俺以上で、しかも良い所の出の人に対して雑務をお願いすることになる。
確かに報告書などの雑務は溜まる一方なのだが、それにしたって、こんな人を持ってこなくても良いのではと思うのは俺だけだろうか。
俺の雑務なら、それこそ就学隊員たちの誰かにでも……あ、そうか。
それをすればもう少し楽できたんだ。
報告書位なら、それこそ賢い子が集まっているのだし、探せば簡単に見つかったのでは。
もう後の祭りだが、未来を考えると育てるのも有りか。
そろそろ預かっている就学隊員たちも専門教育に入っていくことだし、まだ今なら間に合う。
流石に俺の意図を素直に話せるわけには行かないが、後進の育成と、将来的な人材不足に対する措置として育てるように早速イレーヌさんにお願いしてみた。
彼女は、早速カリン先輩や副長と相談してすぐに仕事にかかる。
本当に仕事が早い。
俺は助かるが……あ、彼女の仕事場も用意しないとまずいか。
俺は現在準備中の事務室に向かいキャリーさんにこの部屋に副官の机も準備してもらうようにお願いしておいた。
専用端末のことを聞かれたが、副官ならそれこそ俺の端末と同じで問題ない。
これに関しては同じものをドックの社長に頼むことで話が済んだ。
これで懸案だった人材もそろって新生『シュンミン』はスタートできる。
本当は船医も手配したかったが、こればかりは誰に聞いても良い返事は貰えなかった。
それから、これと言って特筆することは無く、色々と忙しく過ごしていたら、気が付いたら、お呼ばれしている日になった。
この星の経済界ではかなり重要視されているイベントである宇宙港拡張プロジェクトのキックオフの集まりだ。
その後のパーティーに俺もマキ姉ちゃんも部下を連れて招待されているので、出かけることになるが、これも結構大変だった。
俺の方からは副長のメーリカ姉さんとカリン先輩の2人を連れてと思っていたが、新たに副官もできたので、その3人を連れて行くことにした。
マキ姉ちゃんも部下を連れて行くようで、その連れて行く部下に俺のところにいる主計官と主計補の2人も連れて行くそうだ。
今後何かと縁もあるだろうから顔つなぎも兼ねているとか。




