事務室の準備
翌日には、予定通り、マキ姉ちゃんがフェルマンさんと一緒に、しかも、これも予定通りだが、30人の仮職員を連れてダイヤモンド星からやってきた。
職員として暫く孤児院で働く予定の人たちだが、今の孤児院には出迎えるだけの余裕が全くない。
それも分かっていたことなので、俺が『シュンミン』から就学隊員を連れて宇宙港まで出迎えに来ている。
とりあえず、宇宙港に隣接するホテルに会場を借りて、説明をしたあと、ジャイーンを通して民間バスをチャーターし、借り受けたマンスリーマンションまでみんなを連れて行く。
仮職員たちの予定は、今日のところはここまでで、明日朝から孤児院での仕事をしてもらうことになるので、ここで解散となった。
で、俺らも解散かというと、そんなホワイトな職場ではない。
俺は連れて来た就学隊員たちを『シュンミン』に戻した後、マキ姉ちゃんに連れられて孤児院まで行く。
そこで、予てからのお約束だった主計官を紹介された。
地元ニホニウムの大学をマキ姉ちゃんと一緒に卒業して、先日まで地元の宇宙港にあるコーストガード事務所で働いていたキャリー・マークスさんというそうだ。
実直な性格で、割と物静かなイメージの有る女性だ。
多分大人しめの性格が影響したのか、実力はあるのだそうだが、コーストガードではあまり良い評価をされていなかったとか。
しかも、例の上流階級出の子弟の大移動の影響で、コーストガード地上事務所での仕事も危なくなっていたとも聞いた。
本当に最後までろくなことをしない貴族たちだ。
子弟達は処罰された貴族たちと一緒に働いていたというだけでも処分されてしかるべきと、庶民としては思うのだが、そこは人脈という奴か。
公的機関では民間企業のようには無理はできないだろうが、それでも居辛くさせるくらいはいくらでもできるという奴だ。
そんな状況を後から聞かされたマキ姉ちゃんは酷く怒っていた。
俺が聞いていたのは主計官1人のはずだったようだが、その彼女が珍しくマキ姉ちゃんにお願いまでしてきたと言うので、面接後に一緒に採用となった女性がいた。
それがテツリーヌと同じ大学出身のサツキだ。
彼女は孤児院出身という訳では無いが、それでも奨学金で大学まで行った苦労人だ。
それだけに就職に失敗した時には酷く困り、先輩であるキャリーを頼った縁でこうなった。
当面は主計補として『シュンミン』に乗務することになる。
どうもマキ姉ちゃんの考えでは『シュンミン』地上事務所が機能していない現状を変えるために友人であるキャリーさんには将来的に地上事務所を任せたい気持ちもあるようだ。
まあ、人事などいろんな人の思惑のある話にはかかわりたくも無いので、紹介された2人について明日、副長たちに合わせると言って今日のところは済ませた。
本来ならば彼女たちも俺もここで解散となる筈なのに、それができない一番の理由が人手不足だ。
それに何より、紹介された人がマキ姉ちゃんの友人であることもあってか、良いように使われる羽目になった。
明日以降の孤児院に入って来る人たちの受け入れ準備にその後忙殺された。
翌日には流石に孤児院からは解放されたが、それでも俺にはやる事がある。
とにかく忙しく、それはマキ姉ちゃんも同じで、忙しく飛び回っているようだ。
俺はというと、まずは俺たち『シュンミン』の仲間に新たな乗員を紹介することから始まった。
その後に、2人には早速仕事の分担を一緒に考えている。
流石にドックの応援も頼める環境だと外壁修理くらいはあっという間に終わる。
穴の開いたボディーはすっかり新品のようにまで修理は済んでいた。
現状マリアたちは、例の病院船から住居スペースを取り外しており、俺たち専用の地上住居を準備し始めた。
無断で予算も無いのに作業して大丈夫かと心配になったが、ドックの専務からアルバイト料の代わりに金は要らないと言われた。
しかしいくら無料だとは言え、勝手に作業などしても問題ないかと心配になったが、就学隊員たちに作業をさせており、表面上就学隊員たちの実地訓練のように見える。
どこでこんな悪知恵を得たのか分からないが、多分就学隊員たちへの訓練実習といえば問題は出ないだろう。
しかも地元経済界からの応援もあっての実地訓練だということになっているそうだ。
まあその辺の根回しはあの専務さんが抜かりなくやっている。
あの会社は技術力こそぴか一だが、あの社長では経営が立ちいかないだろうと思っていたが、あの専務さんの経営手腕で持っている会社だとこの時に初めて分かった。
一通りのことは済ませたので、2人をマキ姉ちゃんのところに連れて行く。
2人の職場環境を整えるためだ。
マキ姉ちゃんは本当に忙しく働いているが、自分の友人だけあって無理にでも時間を取ってくれた。
そこで俺は2人の事務所について話を始める。
「あの艦には事務室なんかないんだけど」
「え?
普通軍艦にはあると聞いていたわよ」
「あの艦が普通の軍艦だと……」
「ごめん、失言でした。
すぐにでも準備しないと。
……
あ、予算取らないとね。
まあ幸いに予算だけは余裕があるから今度殿下が来る時にでも決済は下りるわね。
あ、私でも決済出来るの忘れてたわ。
それで、事務室に改装していい部屋は在るの?」
「部屋だけは無駄にあるからね。
士官用の部屋を一つ潰すよ。
既に治療室のために潰すつもりもあったし、ついでだね」
「分かったわ、後はこっちでするから部屋だけは確保しておいてね」
そう言われたので俺は2人を置いてドックに戻った。
ドックで社長とメーリカ姉さんに相談する。
「事務室なら安全な所がいいわね」
「ああ、そうだな。
まああの艦ならどこでもそう変わらんが」
「小さな船ですからね」
「バカ言え。
どこも頑丈な造りで安全だと言っているんだ」
そんな軽口をたたいているが誰もが仕事はきちんとしている。
「作戦中は非戦闘員はまとまっていた方が良いわね。
艦長室から近くなら、下の階のここかしらね。
ここなら食堂にも近いし、その隣に治療室を作る予定でしたから問題無いわね」
「誰も使ってないのか」
「ああ、大丈夫。
マリアの部屋だけど、退かすから。
あいつは自分で作ったくせにほとんど使っていないしね」
「え?
どうして」
「豪華すぎて居心地が悪いんだって」
何をかいわんや。
まあ、そんなことはいいか。
早速、準備を始める。
といっても、特別な改造など必要ない。
ベッドを片付けて、事務机を入れる場所を用意すればいいだけだ。
プライベートスペースからパブリックスペースになるから、緊急時の非戦闘員待避所としての役割も果たすように、その準備もしておく。
大規模作戦時における多数の怪我人も隣の治療室と合わせて対処できるように隣との続き扉を作るくらいか。
それ以外としては事務用通信設備も用意しておく。
そんな工事もここならあっという間だ。
マリアをどかす作業が一番時間を取ったくらいだ。
あいつ、部屋をあまり使わなかったくせに人一倍汚すことはしていた。
マリアをしかりつけ掃除をさせてからの作業だったが、掃除が終わってから30分と掛からずに準備完了。
ついでにその隣数室を確保して、新たな仲間用に準備していく。
夕方、マキ姉ちゃんが2人を連れて『シュンミン』にやってきた。
彼女たちの受け入れのために部屋を割り当ててくれと依頼された。
俺が事務室と合わせて部屋を紹介したら、ドン引きされた。
まあ慣れっこになっているが、今度は簡単に譲る訳にはいかず、艦長命令で部屋を割り当てた。
2人はしきりに恐縮していたが、マキ姉ちゃんから説明を受けてどうにか受け入れを決心している。
簡単な艦内案内をマキ姉ちゃんと一緒にしてみる。
マキ姉ちゃんも一番最初に来ただけで、その後全く艦内に入っていない。
マキ姉ちゃんも喜んで艦内探索を行うことになった。
マキ姉ちゃんまでもが驚きの連続だったそうだ。
慣れている筈のマキ姉ちゃんがそうだったから2人にとってはショックの連続だったようだ。
「私テレビでしか見たことないですが、豪華客船の中の様ですね」
コーストガードの艦隊司令室も見たことある筈のキャリー主計官がそんな感想を述べて来る。
当然大学を卒業したばかり?いや、もうじき卒業のサツキは何も言えない。
俺の部屋を案内した後に殿下の部屋も案内しておいた。
この艦に乗務するなら、殿下との接点も出て来る。
部外者には案内できないがきちんと案内しておいた。
ちなみに、事務室には殿下付きの女官控室も兼ねるようになる。
それも併せて説明をしてある。
翌日から、2人はマキ姉ちゃんの指示に従い、事務室整備に取り掛かる。
事務用品は比較的容易にどこでも入手できるが、端末類はそうもいかない。
本部と接続できる会計システムを入れられる端末なんか簡単に入手されたらそれこそ大変だ。
軍指定企業に連絡を入れ、購入を決めた。




