それぞれの就職先
「確かにマキ姉ちゃんは凄いな。
孤児院時代から俺たち後輩たちの面倒をよく見てくれていたし、優しい性格なのだが、それでいて弱い訳では無いからね。
怒ると本当に怖いんだよ、マキ姉ちゃんは」
「え、そうなのか。
とてもそうは見えないけど」
「ああ、でもすごいよね。
大学を出てから数年でコーストガードにおいて、事務部門である程度の地位を得た位だから、そういう面でもできる人だったんだね。
だから殿下の目に留まったんだよ」
「それにしてもすごい。
今では、この辺りで完全に時の人だ。
地元が生んだ偉人と言われても不思議はないよ。
王国始まって以来の最年少女性部長だっけ。
どうすればあそこまで活躍できるのかな」
「ジャイーンだって、負けてはいないだろう。
財閥の子弟だと言っても、嫡男でもないのにいきなりの大役なんだろう、今度の社長就任というのは」
「ああ、ある意味この星の起爆剤となる大プロジェクトの一環だ。
宇宙港の拡張に伴い、この辺りの再開発をすることになっている。
俺は新空港ビルの社長としてそのプロジェクトに加わることになっている」
「凄いじゃないか。
ますます縁の遠い人になるな。
まあ、学生時代が異常であって、こんなに軽口を聞ける関係でも無いのが普通なのだから、当たり前か」
「何を言うか。
それを言うのならお前の方だ。
まだ殿下のお傍で働いているのだろう」
「ああ、ここに来る前は一緒に働いていたな。
殿下の指揮する艦隊にいたけど、それだけだぞ」
「それだけのはず無いだろう。
殿下に直接お言葉を頂ける位置に居るのだろう。
あのパーティーの時には本当に驚いたぞ。
ナオのおかげで、俺はあの時初めて殿下にお言葉を頂けたのだから。
父や兄だってそんな経験は無かったっていうぞ。
まあ、父は他の王室関係者とは何度かパーティーでお会いしていると聞くけどな。
それだって、あまり数は無いと言うし、まだ長兄なんかそんな経験すら無いという」
「え、そうなのか。
俺にとって上流階級についてはあまり知らないことが多くてそういう常識に関することは抜けているのは理解しているけど、まあ環境ってあるんじゃないかな。
軍人になると従卒としてお傍に付くこともあるようだし、こればかりは運のようなものだと俺は思うぞ」
「それは持っている奴のセリフだ」
え?何もかも持っているジャイーンが言うセリフじゃないだろう。
俺はそう思ったが、流石にそれは口にはしなかった。
俺も成長したのか、いらないことは言わない分別くらいは付いた。
この分別が無ければ先日の会議でもあの経理部長を完全に敵に回してしまったことだろうが、それだけは防げたのだ。
うん、俺も成長したな。
そう思いながらジャイーンが入れてくれた酒を一口飲んだ。
うん、酒だ。
いわゆるウイスキーというジャンルの酒だ。
俺にはこれくらいしか分からないが、正直俺にとってちょっとアルコールが強めかな。
俺も学校を卒業してからは酒を飲む機会もあったので、飲めるようにはなったが、好きになることは無かった。
俺が一口飲んだのを見たジャイーンが何か言いたそうにしている。
「ナオ、どうだ、その酒は。
うまいだろう」
どうも、この酒はジャイーンのおすすめの酒のようだ。
ということは、かなりお高い酒なのか。
だが俺は酒のうまいまずいを見分けるほど酒を飲んでいない。
俺に酒の味を聞かれても、それこそ猫に小判だ。
嘘を言ってもこの先自分が苦しくなるだけだし、元々見栄を張るほど自尊心なんかも持ち合わせていないので、俺はジャイーンに正直に話した。
「ごめん。
酒は初めてではないが、俺に酒の味を問わないでほしい」
「どういうことだ」
「俺は酒の味を評価できるほど、舌は肥えていない。
正直に言うと、うまいかまずいか俺には分からない。
唯一俺に言えるとすれば、飲みやすいかどうかだけだ」
「ならその評価ではどうなる」
「アルコールが強いな。
でも、強いけど俺でも飲めるって感じかな」
「え、それだけか。
本当に猫に小判だな。
ナオも今では高給取りになったのだろう。
何より殿下についてパーティーに出るくらいだから、それくらいは飲んでおけよ。
その酒は、殿下に出しても決して失礼に当たらない格の有るうまい酒だ」
「え、まあ、あの殿下だけが特別なのかもしれないが、殿下は悪意が無ければ何をお出ししても問題ないぞ。
流石に、まずいのは無いだろうが」
「そんなはずは無いだろう」
「いやいや、だって俺にも俺の作った料理を要求してきたくらいだ。
まあ宇宙船内という特別な環境にあった時だけどな」
………
………
俺の放った一言でちょっとだけ周りが固まった。
別に嘘を言ったわけではないが、確かにあの時は俺でも驚いたが。
復活したジャイーンが話題をそらして話しかけて来る。
「またゆっくりと話したいものだな。
暫くこの星にいるのか」
「ああ、そうだな。
今、乗艦がドックに入っているし、しばらくは地上勤務かな。
でも、ちょっとばかり忙しくてな。
ジャイーンだって暇な訳ないだろう。
機会があったらということで」
「それもそうだな」
「俺、バーに入ったこと無いから分からないんだ。
お会計ってどうするの。
伝票も無いようだけど」
「そうなのか!
あ、別に他意は無い。
ナオは忙しそうだしな。
でも、軍人同士で飲まないのか」
「俺、ボッチなんだ。
同期と飲んだことあるけど基地内だけだ」
「悪かった。
俺が無理やりナオのことを連れて来たんだ。
俺に奢らせてくれ」
「え、い、良いのか」
「ああ、これでナオに対しての借りは無くなったとは思わないから、借りはいずれ」
「え、何、その借りって?」
「え、前に殿下にお言葉を頂けただろう。
あれだけで俺にとってかなり箔が付いた。
あれはナオが居なければあり得なかったし、ナオに対しての借りだ」
「え、そんなの良いよ。
あの時は、俺の方が場違いな場所に連れて来られて、逃げ出す算段を考えていた時に、殿下にその考えを見破られただけだから。
まあ良いか、お互い忙しい身だ。
そのうちゆっくりと」
「ああ、そのうちにな」
そう言って俺たちは別れた。
俺としては、マキ姉ちゃんからの依頼も無事に済ませることができたので、アルコールが入っていたが、報告のために一度孤児院に戻ってから『シュンミン』に戻った。
この時期、ナオと同じ年頃の人は皆、新社会人としての準備に当たる。
もう、このころになると条件の上積みを狙わない限り、やる事が無い。
そうなると、自然に学生時代の友人たちと集まって最後の学生時代を楽しむことが多くなる。
時間をほんの少し戻して、この日の昼間に、ナオの良く知る幼馴染も学生時代の友人たちと集まってこじゃれたカフェで会話を楽しんでいた。
惑星ニホニウムで、一番の歓楽街にある大きなカフェに大学時代の友人たちが集まって卒業祝いと称して他愛もない会話を楽しんでいる。
「サツキ、就職先決まったって」
「そうなの、テツ。
本当に良かったよ。
しかも希望通り公務員だよ」
そう、今話しているのはナオの幼馴染であり、今の王国の騒動の元を作ったと言うか元凶を作ったてっちゃんことテツリーヌだ。
彼女と同じ大学に通う友人たちと話しているのが、殿下が用意すると言っていた主計官になる人だ。
正確にいうと、主計官としてマキ姉ちゃんは、自分の友人で一緒にコーストガードに入ったキャリーをスカウトした際に、彼女に強く薦められて一緒にスカウトしたサツキだ。
この2人は正式に準備室でなく、まだ発足前だが政庁職員として雇用される。
この時期、首都星では例の事件の煽りで、普通の大学生でも就職は難しくなっているが、ここニホニウムでは宇宙港周辺の再開発のおかげでそこまでではない。
また、財閥を中心に地元企業の採用は早くから始めていたために、首都星から流れて来るものもそれほど多くなく、ここに集まった者たちは無事就職先も決まっており、余裕がある。
でも公務員を目指す者たちにはいつの時代でも狭き門で、先の女性であるサツキも地元役所への就職には失敗していた。
それだけに、今一番人気の出ている広域刑事警察機構へ就職が決まったと聞けば周りも騒ぎだす。
「え、そうなの。
おめでとう。
でもどうして。
だって、あそこって採用についても全く情報が無かったじゃない。
私は、ジャイーンさんのところに行くから就職についてあまり調べもしなかったけど、結構周りの人たちも狙っていたと聞いたよ」
「デへへ、実は……」
そう言って一緒に就職することになったキャリーさんについて説明していた。
そんな彼女も、明日ここに来るマキ姉ちゃんとの部下として初めて辞令を貰うそうだ。
そんなことを聞いたてっちゃんは羨ましそうに零していた。
「私は、ジャイーンさんの所で働く以外考えなかったけど、マキ姉と一緒の仕事か。
正直羨ましくもあるかもね」
そんな彼女たちのほほえましい会話はまだ続いていた。
惑星の片隅でのほんのひと時の出来事だった。




