ジャイーンの近況
人の良いジャイーンはその場で自分の端末からどこかに連絡を取り始めた。
話中に俺に聞いてくる。
「困っているのは新たな職員用の宿だよな。
何も、ホテルにこだわらなくても大丈夫か」
「ああ、むしろホテルじゃない方が良いかもしれない」
「なら手配が付いた。
契約はどうする。
この場で、お前がするか」
「もし急ぐのなら、ダイヤモンド星にいるマキ姉ちゃんと直接話をするか。
急ぎでなければ、明日にでもマキ姉ちゃんが来るそうだから……あ、でも宿は明日までに手配しないと。
数日ホテル暮らしかな。
数日なら大丈夫ですか」
「まあ待て。
分かった。
今ここでマキさんと連絡が付くのか。
もし、直接連絡が付くようなら少し相談したいのだが」
ジャイーンは俺に決定権の無いのを見越すと、じれったそうに直接決定権者との話を望んだ。
そういう部分が根っからの経営者なのだろう。
とにかく意思決定が早い。
早いのは良いのだけれど、その周りにも同じ能力を望む。
その辺りが若いのだろう。
きっと彼の若いが故の経験不足により、周りにも同じものを要求してしまう。
彼の近くで仕える人は楽では無いだろう。
てっちゃんも一緒に仕事をするのだろうから、苦労するのだろうと俺は思った。
彼女だと思っていた幼馴染を寝取られたというのに、今はもう昔のように思えて来る。
………
あれ!
もっと何か心の奥から来る何か感じる物があるかと思ったのだが、寝取られたことももう昔のように感じられる。
僅か数年前のはずなのに、この数年は俺にとって本当に色々と有った。
そういえば、寝取ったジャイーンにも、何か色々な感情があっても不思議がない筈なのに、普通に接していている自分が居るのがおかしいとすら思えた。
そのジャイーンだが、今俺の端末でマキ姉ちゃんと直接話している。
もう、こうなると俺をかますよりも話が早い。
ジャイーンもマキ姉ちゃんも知らない間柄ではない。
もう、昔のようにはいかないだろうが、それでも一応は先輩後輩の間柄で、孤児院の援助する側とされた側の間柄でもあった。
どうも話が付いたようで、俺の端末をジャイーンが返してきた。
「マキさんが、ナオと話がしたいそうだ」
「え、そうなの。
ありがとう」
俺はそういうと自分の端末を受け取った。
「ナオ君。
ありがとうね。
早速、仕事を片付けてくれて、本当にナオ君はできる子ね
それに比べて……」
え、ちょっと待て。
マキ姉ちゃんの部下って、今孤児院で奮闘している数人しかいないはずだが、彼女たちにあれ以上の仕事を要求するなんて、マキ姉ちゃんらしくない。
相当にストレスが溜まっているんだな。
いや、この場合、多分だけど、本部にいるあの人たちのことを指しているのだろうな。
少し話しただけだが、部長を筆頭に、あの人たちだけは正直お近づきになりたくはない。
同じ上流階級に属するはずなのに、フェルマンさんや、それ以上高貴の出の殿下には全く感じない感情だ。
確かに、あの人たちの傍にいるとそれだけでストレスは溜まるのだろうな。
俺は、この地にいるマキ姉ちゃんの部下のためにも、そして巡り巡って自分のためにも一応のフォローを入れておく。
「たまたまだよ。
それに、ほら、ジャイーンってあれでしょ。
もうすでに家の仕事もしているようだしね。
たまたまホテルで出会ったので、運が良かったんだね」
「ナオ君の強運って本当にすごいのね。
でも助かったわ。
明日一番で、みんなを連れて行くからよろしくね」
どうやら、無事に済んだようで俺はほっとした。
それを不思議そうにジャイーンが見ている。
「ああ、悪かったね。
でも助かったよ、ありがとうジャイーン。
………
でも、一つ聞いても良いかな」
「は?
何だ、何を聞きたいのか」
「ジャイーンの今の格好って、俺が間違っていなければバーテンダーだよな」
「ああ、それがどうした」
「なぜ?
何故その格好だ。
前に会った時には、キャスベル工廠の社長の秘書のようなことしていなかったっけ」
「そういえば、前に会ったのって殿下ご臨席のパーティー会場でだったな。
……
まだこの時間なら俺も時間が取れるから、ちょっと付き合え」
俺の返事も聞かずにジャイーンはホテル奥のバーに俺を連れて行く。
バーはまだ準備中のようにひっそりとして誰も居ないが、電気だけは付いている。
いや、奥にもう一人のバーテンダーが居た。
年配の落ち着いた雰囲気の有る人が一人、グラスを磨いている。
その人にジャイーンは声を掛けて奥に行く。
入り口から一番遠くのバーカウンターに座らされて、一杯の酒を出された。
そういえば俺はまだジャイーンのことを聞いていない。
誰も居ないことを良いことに、俺の前にジャイーンが立ち、自身の説明を始めた。
既に研修という名の派遣は終えているという。
後は1か月後の卒業式を待って無事卒業となるらしい。
今は、いわゆる長期休みという奴で、普通の卒業間近の学生はこの時間を利用して少しでも条件の良い職場を探して王国内を行き来するそうだ。
当然ジャイーンにはそんな必要もなく、家業に就くための準備期間となる。
なんでもジャイーンの実家である財閥の子弟は学校を卒業しても直ぐには仕事が無く、一定期間独特の修業があると言う。
今のジャイーンのようにバーテンダーとして人間観察をしながら人を見る目を養うのだそうだ。
ジャイーンの父親や長兄などは学校を出てから数年間その修行をして、初めて仕事を与えられたという話だ。
ジャイーンのもそうなるのかと思っていたら、話が少しばかり違い、卒業と同時に仕事に就くと言う。
なんでもこのホテルに隣接する宇宙港の拡張に伴い、新たな空港ビルの建設が始まる。
その新たな空港ビルの社長に就任が決まっているというのだ。
本来ならばゆっくりと長期休みを楽しんだのちに修行に入るのが、ストロング・アーム家の習わしなのだそうだが、そう言った事情もあり、少し早めにキャスベル工廠での研修を終えて、直ぐにバーテンダーとしてこのホテルで働いているらしい。
そんなんでジャイーンの修業は大丈夫なのかと少しばかり疑問に思ったが俺は口にしなかった。
でもジャイーンの方から恥ずかしそうに、その理由まで教えてくれた。
修業時代に、将来の伴侶を見つけたり、女で身を滅ぼさないように、その方面でも鍛える時間だそうなのだ。
ジャイーンはというと、既に高校時代に複数の女性を囲っており、その全員がストロング・アームにも認められているから、その方面での修業は必要なしと言われて、直ぐに仕事を与えられたという。
だが、少しでも人を見る目を養うための努力くらいはしておけと言われて現在に至る。
俺から言わせれば羨ましいの一言だが、自分の彼女選びにも家の都合が入るのも何だな~って感じなくもない。
え、ということはてっちゃんもストロング・アーム家から認められているという訳で、無事に彼女の目標?目的?の愛人になれるという訳だ。
これには、ちょっと思うところがない訳でもないが、遊ばれて捨てられないということで、正直ほっとした気持ちもある。
まあ、ジャイーンが女を簡単に捨てるような奴ではないことは分かっていたが、それでも高校時代から名うてのプレイボーイなのは衆目の一致するところだ。
正直、俺はジャイーンと生い立ちが違い過ぎるので、嫉妬すら覚えないが、それでも羨ましいという感情くらいはある。
「それにしても、凄いな。
社会に出るのに、いきなりの社長デビューか。
まあ、それだけのものを持っているから周りも任せるのだろうが、羨ましい話だな。
下世話な表現になるが地位と女か。
俺なんか逆立ちしても敵わない世界の話だ。
近くで友人として接してくれるから信じられるが、普通ならおとぎ話の中だけの話だ」
「な、何を言う。
俺の方が焦っているくらいだ。
ナオが第三王女殿下と知り合いであることを知った時にも感じた話だが、マキ先輩の話には驚いた。
ナオといいマキ先輩といいどうして……」




