隠れた人材
俺は自分の行動が発端だけに、いたたまれない気持ちでいっぱいになった。
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俺は院長や彼女から話を聞いていくうちに、職を解かれている人たちの中にはきちんと教育されている人も多くいることも知った。
そういえばそうだ。
ブルース孤児院でも奨学金しか使えないが、それでも高等教育機関に通えるように色々と便宜を図ってもらえるのだ。
かくいう俺自身がそういう境遇で士官学校へ通った。
俺の他にもマキ姉ちゃんも、地元だが奨学金を使って大学に通ってコーストガードの事務職を得たのだ。
これはブルース孤児院だけの話では無い筈。
ここ王立の孤児院でも同様の様で、目の前にいる彼女も大学を出て一般企業の事務職として働き始めた直後に首にされたという話だった。
何も彼女に瑕疵は無いという。
全ては、どこから湧いたか知らない上層階級の子弟やその縁者たちが急に彼女から仕事を奪っていったそうだ。
貴族から話があればいくら財閥と言えども無下にはできない。
数人なら問題なく抱えることもできても、その数が多くなればどうしても人員を整理しないと雇えないとかで、一番に割を食うのが、まだ実力を示していない彼女たちのような新人でしかも、他への影響の少ない下層階級出身者だとか。
彼女も、その友達の多くも仕事にあぶれて困っているので、何か仕事がないか俺にまで聞いてくる。
あれ、そういえば広域刑事警察機構って、著しい人手不足の最中のはずだが、何故だか一般への募集はしていない。
ある意味選び放題の人員が目の前にいることになる。
流石に彼女を『シュンミン』に直ぐに乗せることは難しいだろうが、それでも殿下の作る孤児院も圧倒的に人が足りない。
今ブルース孤児院から人を借りての営業中?のはずだ。
孤児院なら何も特別な資格もいらないし、何より孤児院出身なら状況などよくわかっているから申し分ない人材のように俺は思えて来た。
俺はその場でマキ姉ちゃんに連絡を取った。
本当にあの組織のフットワークの軽さには驚く。
確か会議中のはずだったのだが、30分と掛からずにマキ姉ちゃんが、驚くことにフェルマンさんを連れて孤児院にまで訪ねて来た。
マキ姉ちゃんが孤児院に着くとものすごい人気だ。
孤児たちに囲まれて大歓声の嵐の中にいる。
本当に、今のマキ姉ちゃんは孤児たちの希望の星となっているようだ。
そんな孤児たちを院長や先生方が落ち着かせて先ほどまで俺の居た応接室まで来た。
「あの~、フェルマンさん。
今会議中では……」
「ああ、あの会議ですか。
正直、意味の無いものですから、用があれば抜け出せます」
「へ??」
「あの会議は後から加わって要職に着いた人たちのためにやっているだけです。
殿下は、後仕官組の人たちを一切信頼しておりませんから、実害の出ない部署にだけ人を回しておりますし、その人たちに気づかれないように設けた会議でした。
実際に、いま議論している2番艦改修についても要求諸元は現場で決めることになっておりますし、予算も既に付いておりますから、後付けの会議ですよ。
ただ、政治にはそういうものは必要なんですね」
実際に、院長との話し合いができるまでもう少し時間がかかりそうだったので、俺はついでとばかりにその辺りをフェルマンさんに聞いてみた。
彼は俺のことも高く評価してくれているようで、一切歯に衣を着せずに俺にもわかりやすく説明してくれた。
事の発端は、俺がいきなり海賊船を沈めるなどの成果を出した頃から始まった。
あれは沈めるつもりが無かったので、俺にとっては失敗の作戦だったのだが、そのまま失敗と報告もできずにメーリカ姉さんがうまく成果として報告したので、王宮でも成果として扱ってくれたようだ。
その後も次々と海賊船に対して成果を出していると、王宮でも無視できなくなり始め、いよいよ本格的に殿下の目指す広域刑事警察機構を作らなければならないという雰囲気となったようだ。
もうこうなると、目端の利く貴族連中はすぐに人を送り込もうとしてくる。
それを殿下とフェルマンさんが頑張って排除してきたのだが、貴族を巻き込む大事件の解決により、陛下のご下命で期日が決められて政庁の発足が決まった。
それと同時にふんだんに予算が付いたことから、ついに貴族連中の排除も限界となり、ある程度妥協せざるを得ず、あの経理部長を始め経理にかなりの人を入れる羽目になった。
それで、その連中が使えるのならフェルマンさんも目をつぶるつもりだったが、自分から新しいことを始める才の無い連中ばかりで、殿下たちの足ばかりを引っ張っているのが現状のようだ。
それだからこそ殿下は未だに一般に対して人員の募集を掛けることができないでいる。
もし、この段階で一般募集を掛ければ目端の利かないぼんくら貴族連中も自身の持つ政治力を使って無理やりにでも人を送り込んでくることが自明の理だからだ。
そんなジレンマに悩んでいたところに俺からの連絡があったので急ぎここに来たと言われた。
「司令のお手柄ですよ。
ここは宝の山かもしれません。
何より一般募集でなく人を集めて選りすぐりもできますし、今なら孤児院の仕事をさせながら人柄能力を見極められますから、私たちからしたらこれ以上ない条件がそろっております」
「え??
フェルマンさん、それってどういうことですか」
そこでまたフェルマンさんが丁寧に俺でもわかるように説明してくれた。
財産を持たない下層階級の失業問題で、殿下がその解決に当たり協力する格好を取れるということだった。
こうすると、対象は下層階級に限られるために貴族連中の息の掛かった連中は入りづらい。
また、一旦ニホニウムの孤児院で働かせることで、人柄も観察しやすいし、何よりあの孤児院の傍に作られている広域刑事警察機構の施設に人を順次回していける。
本部はあくまで首都星『ダイヤモンド』のあの合同庁舎に置かれるが、実働部隊などはニホニウムに建設中の建屋が中心になる計画で動いている話だった。
そう、殿下の構想では本部までは貴族連中の侵入を許しても実働部隊の有る『ニホニウム』に侵入させるつもりはないと言う。
下手をすると殿下のお考えでは本部は将来的に文書管理部門と経理や監査といった、スタッフ部門でも実際の運営から関係ない部署だけを残して、中心を『ニホニウム』にするようだと思える。
やっとマキ姉ちゃんが孤児たちから解放されて仕事に入れる。
仕事に入ると、やはり殿下の右腕と言われたフェルマンさんだ。
とにかく彼は裁量権を持っている。
また、最近ではフェルマンさんと両輪のように殿下を支えているとまで言われ始めたマキ姉ちゃんも決裁権を持っている。
特に『ニホニウム』についてはほぼ全権を委任されているのでは、と思えるくらいの権限を有しており、その場で孤児院関係の人の採用も決められる。
だから仕事の早いこと早い事。
彼女から一応の説明を聞いた後、直ぐに同様の人を集めてもらい、その場で募集の説明を始めた。
それから、直ぐに希望者と言っても、ここに集まった全員になったのだが、希望者に対して面接を始める。
また、彼女を始めその場で採用の決まった人に最初の仕事を割り振る。
3日後に同様の採用をするので、準備を命じたのだ。
とにかく彼女たちには同じような境遇の人を集めてもらった。
マキ姉ちゃんはマキ姉ちゃんで、直ぐに会場の手配に入る。
フェルマンさんの意見もあり、ファーレン宇宙港にあるコーストガードの事務所を借りることになった。
広域刑事警察機構の本部には既に敵の一部がいるので、その敵からの邪魔を嫌ったためだ。
今のコーストガードなら殿下と敵対はしないだろう。
もしここで敵対でもしようものなら、本格的にコーストガード解体まで殿下は考える。
それが分かっているので、コーストガードもマキ姉ちゃんからの依頼を二つ返事で引き受けて、採用の準備に入った。
この辺り、いくらコーストガードが軍の傀儡だったと言っても、その人員のほとんどは下層階級、特に孤児院の出が多いことも幸いして、偉く協力的だった。
何とここまでを俺の連絡を受けてから2時間で済ませてしまうとは驚き以外何も出ない。
それからはマキ姉ちゃんとフェルマンさんの独擅場だ。
もうこうなると俺に仕事は無い。
それに俺が居ても邪魔になるとかで、さっさと『シュンミン』をドックに持っていけとばかりに、その場から追い出された。
仕方なく俺は『シュンミン』に戻ると、ほどなくして会議に出ていたメーリカ姉さんとカリン先輩が戻ってきた。
2人とも偉く疲れた表情だったので、事情を聴いたら、全く意味の無い会議で、それも重箱の隅をつつくような話ばかりで疲れたと言われた。
そんな意味の無い会議に出た2人だが、それなりの成果も持って帰ってきた。
『シュンミン』のドック入りの命令書だ。
これがあれば、もうここに居る必要はない。
遊びに出ている乗員が戻るのを待って俺たちはニホニウムに向かった。
途中マキ姉ちゃんから無線が入り、『シュンミン』がドック入りしたら、手伝えとの命令を受け取る。
ニホニウムの宇宙港に到着したら、俺たちを降ろすことなく宇宙港の大型運搬機で『シュンミン』はそのまま宇宙港に隣接している敷地の中に運ばれた。
ここは現在広域刑事警察機構の施設を準備中で、近くに殿下は孤児院まで作っている。
孤児院は仮設であるために、この敷地の中に孤児院の建物まで現在建設中だ。
俺たちは、これまた現在建設中の宇宙船ドックの傍に運ばれてきた。
ここまで運んできた宇宙港職員の人から、今回の輸送経費の明細書を受け取り、確認のサインを求められた。




