殿下の計略
「司令。
貴殿の言われるように計画の申請については、まあ良いでしょう。
計画後の報告書についてはどうにかならないですかね」
流石にこれを言われると、俺にはどうしようもない。
只々詫びるしかない。
「経理部長。
その件についても、これからお話ししようと思っていたのです。
なんでも宇宙軍では、艦船の端末で自動的に計算されたのが経理部門に送られる仕組みがあるそうな。
艦長は主計将校の作った報告書に承認するだけで一連の報告を終えると聞いております。
残念なことですが、私たちにはそこまでの仕組みはまだありません」
「ええ、コーストガードでも似たような仕組みがあると私も聞いたことがあります」
「本来ならば、本部にいる我々スタッフ部門がそのような仕組みを準備しないといけませんが、直ぐにできるようなものでもないでしょう」
「殿下、確かにそうですね。
仕組み造りはスタッフ部門の仕事ですが、今の我々には……」
あれ、ひょっとしてこの人、ここには珍しく仕事のできない人では……
「ええ、私もそれは理解しております。
しかし、今のままでは司令が率いる戦隊も直ぐに事務関係で破綻するでしょう。
『シュンミン』が事務仕事のため動けなくなるような本末転倒になることは避けなければなりません」
「……
殿下。
殿下には何かお考えがおありで」
経理部長は、ルーチンはできても仕組みを一から作り上げることは苦手のようだな。
だが、新たな組織が立ち上がる時なんて、仕事のほとんどが仕組み造りばかりだ。
殿下のような立場にいる人なら、普通面倒ごとは下に投げて終わりなんて珍しくも無い。
この場合でも、経理部長に『どうにかせい』の一言で終わらすこともできるのだが殿下はしないだろう。
だから余計に経理部長の要領の悪さが目立つ。
「ええ、ですから『シュンミン』に足りていない主計関係のお仕事をする人を手配しようかと。
経理部長、どなたか適当な人材に心当たりはありませんか?」
「え、急に言われても」
「ですよね。
ですが、事は急を要します。
急ぎ準備しないといけませんから対処しないといけませんね。
………
でも大丈夫です。
私の方で考えがありますから」
殿下がそう言った時に、経理部長の顔に『しまった』といった表情が浮かぶ。
こういったポストが発生した時に自派閥に取り込めるかが、その人の価値を上げる貴族社会において、せっかくのポストを先ほど自分から断った格好になってしまった。
殿下はその辺りに抜かりが無い。
既に目星をつけた人がいるのに、まず経理部長に声を掛けて義理だけは果たして彼から言質を取ったうえで、自分の意見を通す。
元を正せば、経理部長が俺の清算報告書で困っているのなら、彼から主計官を送り込むことを提案してきても良かった。
俺に対する当てこすりだけで会議に臨んだものだから、殿下に良いようにあしらわれたようなものだ。
「もともと、『シュンミン』のそう言ったこまごました仕事は地上オフィスの役割で、マキ部長の範疇になりますね。
マキ部長は既に『シュンミン』だけでなく、我々の艦隊に関する部門の部長となったために、マキ部長に命じる訳にも行きません。
ですので、マキ部長の方で人を探してきてもらいました。
また、司令の業務を補佐するための秘書官も探しております。
今後は、事務部門の人材もあのお船に載せて行きますので、報告書についてはもう少し良くはなるかと思います。
それで、しばらくは我慢していただけますか、経理部長」
「………
殿下のご配慮に敬服するばかりです」
「予算関係で話が出たところで、続けてまいりますが、先に挙げた戦力不足の件ですが、2番艦の準備を始めます。
できれば3番艦くらいまで準備ができればよいのですが、船は準備できても人の方が手配できそうにないために、とりあえず船の方だけでも2番艦の準備を始めます。
マキ部長。
説明してください」
続けて会議は僚艦改修計画について始まった。
マキ姉ちゃんが言うには、前に鹵獲した航宙駆逐艦を我々は2隻確保している。
この2隻を使って改修して『シュンミン』の僚艦とする計画を作っていたようだ。
改修は当然あの社長のところですることになる。
しかも、今回は俺たちの時のような無理な費用ではなく、俺たちと一緒に鹵獲し、月面のドック入りした航宙フリゲート艦の時と同額に近い500億ゴールドが確保されている。
あの社長にそのままこの金額を出したらそれこそ新造艦を作りかねない。
ニコイチサンコイチで、戦艦を作り上げても俺は驚かない。
まあ、その辺りはしっかりとマキ姉ちゃんが見張っているだろうが、そんな話も出た。
「細かな諸元等については現地で社長と話し合いながらということになりますが、我が戦隊に加わる僚艦ですからナオ司令もこの僚艦改修については協力してもらいます。
そういうことでよろしいでしょうね、殿下」
「ええ、そのように頼みます」
その後の会議は本当に事務方の確認事項ばかりで、いったん休憩後に俺は解放された。
とにかく俺にとっては疲れる会議だった。
途中で開放してくれて正直助かったが、いよいよ本格的な戦隊を持つなら、正式に司令を持ってきてくれればいいのだけれど、その辺りどうなっているかマキ姉ちゃんに今度聞いてみよう。
俺は久しぶりに時間ができたので、街中を散策することにした。
町は相変わらずの賑わいだ、なんだかとても懐かしく感じる………ごめん、見栄を張った。
俺は首都とは名ばかりとは言わないが、ここでは無くお隣の惑星『ニホニウム』のしかも孤児院の傍しか知らない。
まあ学生時代はここで3年間も生活をしたが、それでもほとんど外出することなく過ごしたから首都の街中なんか知らない。
でも、良いものだ。
どの国でもそうだが、首都のある町はとにもかくにもその国一番の魅力を持つものだ。
町を歩く人たちも綺麗に着飾り、それを見ているだけでも楽しくなる。
だが光あれば影ありの喩えじゃないが、この町にもスラムはある。
ここにも孤児院はあるようだが、それでもスラムは無くならない。
まあ、スラムにたむろする連中のほとんどが子供ではないから、いくら子供を保護してもスラムは無くならないのが道理だ。
腕に自信のない俺は、そんな危険のある場所には近づかないつもりだったが、どうも道に迷ったようで気が付いたらスラム傍の孤児院の前にいた。
俺も孤児院で育った身だ。
自分を育ててくれたブルース孤児院以外の孤児院に興味が無い筈がない。
覗きではないが、どうしても孤児院の中に目が行く。
すると後ろから声を掛けられた。
まあ、今の俺ってどう見ても不審者だよな。
『ここです、事案発生です。
お巡りさん、捕まえてください』
と言われても言い訳できそうにない。
流石に制服を着た身で逃げ出すわけにもいかず、恐る恐る振り向いたら、若い女性が一人立っていた。
オイオイ、ここはスラムの傍だぞ。
一人でいる若い女性ってどれほど不用心なんだ。
あ、これってあれか、いわゆる美人局って奴か。
俺がひょいひょいついていくと、怖いお兄さんが沢山出てくるやつかな。
流石に、ここでそんなのに捕まると殿下に迷惑をかける。
情報番組などで、『今一番勢いのある組織で不祥事が発生』って報じられる奴だ。
適当に挨拶をしてここを去ろうとしたら、彼女に呼び止められた。
「ここに御用ですよね。
私、ここの出身で、今事情があって戻っております。
中でお話でも……」
そう言われて孤児院の中に連れて行かれた。
あれ、美人局って、孤児院でやっているのかと思ったら、違った。
良かった良かった。
俺は孤児院の応接に案内されて、院長と面談している。
俺は自分の身元を明かして、ここに来た理由も正直に答えた。
そこから俺のことを色々と聞かれたが、何より殿下の作っている広域刑事警察機構に非常に興味があるようだった。
聞くところによると、殿下の組織は孤児たちの希望の星だとか。
孤児院出身の女性が、王国最年少で本庁の部長職に着くことなど、この王国始まって以来の快挙だとか。
しかもマキ姉ちゃんはエリートの登竜門であるコースに乗っていない。
それに、殿下がニホニウムで孤児院を造って将来の職員の養成までしていると知れば、興味がない訳ないと、かなり食いつき気味に話を聞かれた。
そんな会話の中で俺は一つ気になることを聞いた。
かなりの孤児院出身者が職を解かれているという話だ。
理由は簡単で、俺たちの始めた海賊殲滅の煽りだそうだ。
あのスペースコロニー制圧で、かなりの貴族が処分された。
そのために貴族屋敷に勤めたものはほぼ全員職を解かれた。
そのために、そこからあぶれたが良い所の子弟は他に仕事を求めて、彼女たちが勤めていたところに人脈や権力を使って紛れ込んでくる。
そのため、ところてん式に押しだされたのが彼女だという。
どうも、今回一連の事件で一番煽りを受けているのは彼女のような下層に属する人達で、その人たちが上層に属する人達の理不尽極まりない行動により職を解かれているようだと聞かされた。




