本部での会議
早く行って病棟を変えてもらおう。
でも、しかし何故……、殿下のおかげだとしか言えないが、それでも殿下の常識が一般人とかけ離れている。
多分、ご自身の組織で初めての公傷者だったもので、最善の誠意を見せたつもりだろうが、ひょっとして殿下自ら手配など……ありえない話ではないから恐ろしい。
「あいつらがおかしくなる前に急ぐぞ」
「あ、やっぱり艦長もそう思う」
「それしかないだろう。
急ぐぞ。
でないとあいつら本当にここを辞めてしまうぞ」
俺たちが彼らの病室に入ると、三人は俺たちに向かって泣きながら飛び込んできた。
皆口々に「早く帰りたい」と泣いている。
俺は副長のメーリカ姉さんに彼らの引き取りのための手続きを依頼した。
こんなことになるのなら、ファーレン宇宙港傍の地元医院にでも連れて行けばよかった。
本来なら一泊して検査する予定だったのだが、最低限の検査は終えており、退院も問題なく許可された。
病院の方でもなぜ彼らがここに連れて来られる羽目になったが疑問に思っていたようだ。
なんでも王宮事務官から緊急で検査の必要のある子どもの手配をされたとか。
これ、絶対に殿下の仕業だ。
しかも詳細を何も伝えていない。
だから人間ドックのような検査をする計画がされたようだった。
メーリカ姉さんは病院事務官に、経緯を伝えて納得が得られたために退院の許可もスムーズに出されたのだが、今回の件は病院にも迷惑をかけた格好になった。
やっぱり自前で医者が欲しい。
明日にでも殿下に相談してみるか。
翌日、俺は副長のメーリカ姉さんとその次席となるカリン先輩を連れて、あの広域刑事警察機構設立準備室の本部の入る合同庁舎に向かった。
俺たちが合同庁舎に着くと既に会議室には殿下が待機していた。
会議の開始予定時間まではまだ10分と余裕があるのだが、殿下を待たせた格好となり、俺はすぐに殿下に詫びた。
主要メンバーがそろったところで時間前だが会議は始まる。
広域刑事警察機構設立準備室の主要メンバーといえば、集まった人たちのほかに捜査室長や機動隊長が居る筈なのだが、今回の議題が艦隊運営についてなので、と云うよりもその二人はあの小惑星での捜査中なためにここにはいない。
設立準備の段階のはずなのだが、皆例外なく忙しく飛び回っているのだ。
今ですらこの状態なのだから正式に組織として立ち上がった時にはどのようになっているか空恐ろしくなる。
会議は、まず一連の経緯の説明から始まる。
トムソンさんのある意味『勘』のようなことから始まったシシリーファミリーの本部発見と、その制圧までの経緯が簡単にカリン先輩から説明されている。
その後制圧作戦における被害と、武器燃料等の消耗についての説明がメーリカ姉さんからなされた。
「現段階では設立準備ですので、手が足りないことは初めから分かっておりましたが、根本問題として艦船の数の不足がどうしても我々の足枷になっております」
「一応、ナオ戦隊司令に現職についてもらったことから、我々は戦隊を持っていることになっており、かなり独自に動いております。
しかし、いざ制圧などでは手が足りずに応援を頼む格好になっております」
「軍などへの応援依頼はコーストガードでもあると聞いていますが」
「ええ、シシリーファミリーを始め、海賊と言われる連中には、軍に匹敵する規模を持つ菱山組などもおり、それに対する場合に応援を要請することはあります。
しかし我々は、そんな大海賊でなくとも、ちょっとした戦力を持つ海賊でも応援を依頼しないと対処は難しくなると危惧します」
カリン先輩は的確に今の『シュンミン』の置かれている状況を説明していた。
「ええ、我々のような小勢ですとコーストガードのように複数の敵の対処はできないでしょうね。
一つ一つ対処していかねばならないことは理解しております」
「その一つ一つの対処も、独自では無理が出るかと」
問題点を出して検討を加えることは何ら珍しくも無いが、流石に殿下に向かってはっきりと指摘できるのはカリン先輩しかいないようで、二人の激論がしばらく続いた。
多分、この組織を立ち上げる前にもこんな感じで、殿下は考えを巡らせていたのだろう。
暫く2人の間でああでもない、こうでもないと話し合いがもたれて、一応の結論を見たようだ。
「今までは、この組織は予算、人員、資材など無い無い尽くしでしたが、ナオ司令の働きにより、王宮でも大変に評価していただけました。
そのおかげで来年には計画よりも早くに正式に政庁として立ち上がることになりました。
それに付随するかのように、ふんだんに予算も頂くことができました。
ですので、予算だけですが、しばらくは心配しなくとも大丈夫です」
「ですが、その予算の執行にも問題があります」
そう声を掛けて来たのが経理を預かる責任者だ。
あいつは見たことがある。
俺の出した報告書を最後まで受理しなかったやつだ。
自分が知らなかったからと言って、タイムセールまでケチを付けるって何だよ。
何が『不合理』だというのだ。
ただ自分が知らなかっただけだろう。
………
いかん、少し頭に血が上った。
「経理部長、それはどういうことですか」
「予算の執行には決まりがあります。
これはどの組織でもいえることですが、使う前に申請があり、使った後に報告がなされることは、当たり前以前ですが、誠に言いにくい事ですがナオ司令から上がって来る報告書には問題が多すぎます。
事前の報告は上がることなく、事後報告ばかり。
しかも、事後の報告そのものにも問題が多く、こちらとしても少々危惧を抱いております」
「その件につきましては、私の方でご説明したはずですが」
すかさずマキ姉ちゃんがフォローしてくれた。
海賊相手で、いつ海賊を見つけ、いつ殲滅できるかなんて予定が付くはずがない。
しかし、この経理部長はそれすらも要求している。
これは、あのタイムセールの件で恥かいたことに報復しているんじゃないかと疑いたくもなる。
「ええ、報告書については私も理解しております。
この件は、この組織を立ち上げる時に準備ができなかった我々の問題でもあります」
「殿下……
そのようなことをおっしゃられても」
「私も司令のお船に乗った時に、司令のお仕事を拝見しました。
とてもではありませんが、経理部長の要求を満たすようなことは無理ですね。
事前の予算申請は、ある程度はできるでしょうが海賊相手の作戦は突発的に起こります。
逆に、その突発的に起こる事態に我々が付いて行かなければと考えております。
そうですよね、司令」
え、そこで俺に振る。
殿下の応援には感謝するが、逆に俺に司令を任せたからこんな不満が起こるのではとも思う。
「ええ、確かに経理部長の言われるように、大規模作戦にはそれなりに準備が要るのでしょうし、コーストガードも事前に準備して事に当たるようでもあります。
しかし、それはあくまで事前に海賊の行動が読めれば可能ですが、我々には無理があるかと。
そもそも、今までの成果も果断に行動したことで得られたもので、運が良かっただけですし、何より、直ぐに対処したからこそ海賊を逃がすことなく拠点も抑えることができたと考えております」
「他で出来て、ここでできないとはどういう……」
「いえ、他で出来ていなかったから我々ができただけです。
正直ここで話すことが妥当かどうか悩んではおりますが……」
「司令、ここだけの話ですから、遠慮なく申してください」
「では……
あの、これは貴族の方を誹謗する訳ではありませんが、スペースコロニー制圧で、かなりの貴族の方の関与が判明しました。
また、軍上層部にもかなりの人がかかわっておられたようです」
「司令は何を言いたいのですか」
「ですから、あそこで迅速に動いていたからこそ捕まえることができた人たちばかりだったと。
以前に捜査室長も愚痴のように申しておりましたが、ここに来るまでは宇宙関係、特に海賊関係の捜査は上からの圧力で出来なかったようです。
もし、あの時も私が上に計画を申請したのなら、計画段階で申請は却下されることもあったかもしれません。
殿下やこの組織にいる人たちからの妨害などは考えられませんが、軍やほかの組織からの妨害は十分に考えられました。
それだけの力を持った人が実際に敵側にいた訳ですから」
ここまで話してやっと俺の意図が伝わったようだ。
だが、俺の話は面白くないと聞いているようだ。
そもそも俺のような若造が同列にいることに我慢できなかったので、俺に対して色々として来ているのだ。
また、マキ姉ちゃんのように孤児出身が偉くなることについても面白く思っていない人もこの組織には少なからずいるようでもあった。
なんか俺がここに出向してきた時とは違い、今の雰囲気は良くないように感じられる。
まあ、本部にいる人のほとんどが貴族階級であり、どうしても俺のような孤児出身には風当たりが強い。
普通に話しても庶民が貴族などの上流階級に対して突っかかっていると捉えられかねない。
殿下にはそういった感情は一切ないようで、俺たちを引き上げてくれたのだろうが、ここに集まった全員が同じ考えとは言えない。
準備室も、まだこじんまりしていた当時では、皆殿下のお考えの様に庶民がどうとか言った感じは無かったが、組織が大きくなるにつれ、どうしても風当たりが強くなっている。
俺は宇宙に逃げ出せばいいが、マキ姉ちゃんはそうもいかないようだ。
それでも、殿下の全幅の信頼を得ていることが組織全員に伝わっているので、直接の攻撃は無い。
その代わりに俺に対して色々と有ったりする。
マキ姉ちゃんへの間接的な攻撃として。
殿下は純粋に王国の将来を危惧してこの組織を立ち上げたのだが、殿下のお考えと同じではないそんな連中も使わないといけないだけ人員の不足が最大の問題だ。




